第24話: 『分業制の確立と教育の始動』
ひとつの危機が過ぎ去っても、平穏はまだ遠い――。
今回は、領地が本当の意味で「形」を持ち始めるお話です。
人が学び、分かち合い、守り合う。
その小さな一歩が、未来への最大の反撃になるのかもしれません。
瘴煙の呪い師団による陰湿な攻撃は、オルターナ領に深い傷痕を残した。隔離区域は黒く焼け焦げ、領民の心には魔術という目に見えぬ敵に対する不安がくすぶり続けていた。しかし、ミレーヌとゴドウィンは、この危機を単なる災難で終わらせず、領地を強固に再編成する契機へと変えようと決意した。
「もはや、場当たり的な対応では限界です」ミレーヌは、ガルム、リナ、エイランら主要なメンバーを集めて会議を開いた。「あの魔術師たちは、私たちの弱点を突いてきます。効率的に領地を守り、発展させるためには、皆がバラバラに動くのではなく、役割を明確にし、連携する必要があります」
彼女は、ゴドウィンと共に練り上げた新しい組織図を簡素な木の板に描いて示した。
1. 研究開発班（班長：ミレーヌ＆ゴドウィン）
· メンバー： ミレーヌ、ゴドウィン、および最も理解の早い数名の領民。
· 役割： 魔導農法の改良、新たな脅威への対抗策（例：抗魔術キノコ）の研究、魔術的侵害の検知システムの開発。
· 具体的活動： Laboratory での実験の継続、隔離区域の監視とデータ収集、新しい魔導キノコ株の交配・選抜。
「まず、私とゴドウィンは、あの呪いを検知し、無力化する方法を見つけ出さなければなりません」ミレーヌの口調は真剣そのものだった。「次の攻撃をただ待っているわけにはいきませんから」
2. 農業生産班（班長：リナ）
· メンバー： かつての耕作班を発展させた女性を中心としたグループ。
· 役割： 健全な区域での作物の栽培・管理の効率化、新しい作物（薬用植物、高価な香辛料など）の試験栽培、収穫物の品質管理。
· 具体的活動： 作付計画の立案、収穫量の詳細な記録、次期作に向けた準備。
リナは、かつては虚ろだった目をしっかりと見開き、力強くうなずいた。「任せてください、ミレーヌ様。食べ物を安定して育てることが、何よりの安心材料ですから」
3. 防衛施設班（班長：ガルム）
· メンバー： かつての警備班を発展させた男たち。
· 役割： 柵、見張り台の強化と新設、魔術的トラップの設置（ゴドウィンの設計に基づく）、領内の見回り。
· 具体的活動： 木材の調達と加工、ゴドウィンから魔術の基礎を学びながらのトラップ設置、24時間体制の見張り日程の組み立て。
ガルムは杖をつきながらも、胸を張った。「ふん、目に見えぬ敵か……だがな、足は不自由でも、目と頭はまだ使える。油断せずにやるぞ」
4. 教育・記録班（班長：ゴドウィン（兼任））
· メンバー： 子どもたち全員と、学び直したいと志願する大人たち。サブリーダーとして、字の読める数名の領民。
· 役割： 子どもたちへの読み書き・算数の教育、魔導農法のマニュアルの作成と伝承、領地の出来事の記録（日誌の作成）。
· 具体的活動： 毎朝2時間の授業（子どもたち）、夜間の夜学（大人たち）、ミレーヌのスケッチや観察記録の清書と保管。
この「教育」の提案が、最も大きな驚きを持って迎えられた。
“字の読み書き？”ある農夫が首をかしげた。“俺たち農民に、そんなものが必要なのか？”
“必要です”ミレーヌはきっぱりと言った。“この魔導農法を、ただの『言い伝え』で終わらせてはいけません。正確な記録として残し、次の世代に伝えなければ。そして、誰かが数字を誤って記録するだけで、大きな損失が出るかもしれません。知識は力です。この領地を本当に強くするのは、鍬や剣と同じくらい、学ぶ力なのです”
ゴドウィンが頷いた。“かつて、私は……学ぶ機会を奪われた者たちを多く見てまいりました。だからこそ、この機会は貴重です”
こうして、オルターナ領は静かなる変革を始めた。
・教育の場の誕生: 邸宅の空き部屋が教室となった。ゴドウィンが教師となり、子どもたちに文字や数字を教える。最初は落ち着きのない子どもたちも、やがて知識を得る楽しさに目を輝かせ始める。夜学には、リナやガルムも参加し、真剣な面持ちでノートを取った。
・効率化の進展: 分業により、それぞれの専門性が磨かれた。農業生産班は作物の成長記録を詳細に取り、より効率的な栽培方法を編み出し始めた。防衛施設班は、ゴドウィンの指導のもと、魔導キノコの菌糸を利用した侵入感知の結界の試作に成功する。
・記録の重要性: ミレーヌの観察記録は、教育・記録班の手で美しく清書され、『オルターナ魔導農法 第一巻』としてまとめられ始めた。そこには失敗の記録も包み隠さず記され、未来の担い手たちへの貴重な教訓となった。
ある夕方、ミレーヌが教室の様子を覗くと、テオが得意げに小さな石板に字を書いて見せてくれた。
“お姉さん、見て！僕、自分の名前が書けるようになったよ！ 『テオ・オブ・オルターナ』って！”
その横で、エイラン老婆が老眼鏡をかけ、必死に数字の書き方を練習している。
ミレーヌの胸が熱くなった。作物が実る以上の豊かさが、この領地に芽生え始めているのを感じた。
“よし……これで、少しはあの魔術師たちにも対抗できる基盤ができた……”
彼女はゴドウィンと共に Laboratory へ向かった。次の戦い――知恵と技術による戦いの準備は、すでに始まっているのだから。
最後までお読みいただきありがとうございます！
領地再建の裏で少しずつ根付いていく“教育”と“連携”――こういう地味な積み重ねが、一番好きな場面です。
今回の豆知識：「菌糸ネットワーク」
実際のキノコも、地中でお互いに繋がって情報を伝えることがあるそうです。「森のインターネット」と呼ばれることもあるんですよ。
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