第20話: 『返済の成就 - 領民の決意』
今回はついに――オルターナ領、反撃の時です。
借金取りに立ち向かう領民たち、そしてミレーヌの決意。
今までの苦労が少しだけ報われる回ですが、同時に「本当の戦い」の幕開けでもあります。
物語の節目として、ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
借金取りたちが不貞腐れたように去り、重い木のドアが閉ざされたその瞬間、応接間には、一瞬の虚脱感のようなものが流れた。緊張の糸がぷつりと切れ、誰もが我に返ったように周囲を見渡す。そして、次に押し寄せてきたのは、爆発的な安堵と歓喜の感情だった。
“や……やった……のか……?”
老兵ガルムが、杖にすがりながらも、震える声で呟いた。彼のごつごつした顔には、信じられないという表情と、じわりと滲み出る涙が光っていた。
“あの……ラントフの手下どもを……追い返した……?俺たちが……?”
その言葉を合図に、堰を切ったように領民たちの声が上がった。
“おおおおっ!!!”
“勝った!俺たちの勝ちだ!”
“ミレーヌ様!ゴドウィンさん! やったぞ!”
それは、収穫祭の時の喜びとはまた違う、困難を乗り越えたという充実感と誇りに満ちた叫びだった。男たちは拳を握りしめて雄叫びを上げ、女性たちは互いに抱き合って泣き笑いした。子どもたちも、大人たちの熱狂に影響され、意味もわからずはしゃぎ回っている。
そして、その熱狂の中心には、やはりミレーヌがいた。彼女はただ茫然と立ち尽くし、目の前で起こっていることが信じられないといった様子だった。彼女の作戦ではなく、ゴドウィンの知略と、領民たちの団結力がもたらした勝利だった。
“ミレーヌ様……!”
リナがすすり泣きながらも、最高の笑顔でミレーヌに駆け寄った。“見ましたか……!あの人たち……追い返しました……! あなたが……あなたがいてくれたからです……!”
“いえ……これは……”ミレーヌはようやく口を開いた。“これは、ゴドウィンのおかげです。そして……皆さんが……怖がらずに立ち向かってくれたおかげです。私なんて……”
“何をぼやぼやしておる、小娘!”
ガルムの雷のような声が響いた。彼は足を引きずりながらも、ミレーヌの真ん前に立ちはだかる。
“てめえが、あの奇妙なキノコの力を見つけ出さなきゃ、始まらなかったんだぞ!てめえが、俺たちに『やってみろ』って言わなきゃ、俺たちはまだ諦めてたんだ!”
彼の目尻には、明確な涙の跡があった。
“誇れ!胸を張れ! お前は……立派な領主だ!”
その言葉に、周囲の領民たちも同調する。
“そうです!ミレーヌ様は私たちの領主様です!”
“オルターナ家に栄光あれ!”
次の瞬間、ミレーヌはその場を浮き上がった。ガルムの合図で、男たちが彼女を胴上げし始めたのである。
“わわっ!?”
“ミレーヌ様万歳!万歳!”
“お、下ろして……! そんな……!”
ミレーヌは慌てたが、その表情には困惑とともに、抑えきれない喜びと感動があふれていた。彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それは、恐怖や悔しさの涙ではなく、認められ、祝福されることへの純粋な感激の涙だった。
(ああ……これが……)
(杉本大輔としても……ミレーヌ・オルターナとしても……)
(初めて味わう……達成感……)
(ひとりじゃなかった……!)
彼女は上空から、ゴドウィンを見た。老執事は、人知れず涙をぬぐいながら、しかし誇らしげな微笑を浮かべて彼女を見つめていた。そして、微かに、こっくりと頷いた。
やがてミレーヌは下ろされ、皆の祝福の声に包まれた。彼女は涙をぬぐい、深く息を吸ってから、皆に向き直った。その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、瞳はしっかりと輝いていた。
“皆さん……!”
彼女の声は少し震えていたが、はっきりと響いた。
“ありがとう……ございます……!今日……私たちは、ただ借金の一部を返しただけではありません……!”
彼女は拳を胸に当て、熱を込めて語りかける。
“私たちは……ラントフ男爵の不当な要求を、はねのけました!私たちの誇りと団結の力で……!”
“おーっ!!”領民たちの歓声が上がる。
“ですが……! これは終わりではありません……! むしろ……始まりです!”
ミレーヌの声はさらに力強くなった。
“男爵は、きっとまた来ます!もっと強引な手で……! だから……私たちは、もっと強くならなければなりません! この結束を……さらに固くして……! 領地を……もっと豊かにして……! そして……必ずや、あの借金を全額返済し、完全に自由になってみせます!”
“おおおおーっ!!!”
領民たちの熱狂は最高潮に達した。彼らはミレーヌの周りに集まり、握手を求め、肩を叩き、祝福の言葉を次々にかけていった。
ミレーヌは、エイラン老婆と目が合った。老婆は無言だったが、深く深くうなずき、そして、こぶしをぎゅっと握りしめてみせた。それは、最大級の賛辞だった。
その夜、オルターナ領では三度目の祝宴が開かれた。今回は、収穫の喜びでも、借金返済の安堵でもない、自分たちの力を確認し合うための宴だった。皆が笑い、語り、未来を夢見た。
ミレーヌは少し離れた場所から、その光景を静かに見守った。ゴドウィンがそばに立つ。
“……お疲れ様でした、ミレーヌ様”
“……ええ。でも……これからですよね、ゴドウィン”
“然り。ラントフ男爵の次の手は、間違いなく……より陰湿で、より危険なものとなるでしょう”
ミレーヌは頷いた。彼女の心は高揚しているが、頭は冷めていた。
“……王都への販路……それを開拓し、もっと強い経済基盤を作らなければ。そして……領地の防衛……魔導キノコの力を、戦うためにも応用できないか……研究を急がなければ”
彼女はもはや、絶望する少女でも、理想だけの研究者でもなかった。現実と向き合い、戦うことを決意した領主として、次の一手を考え始めていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
領民たちの勝利は、一見ハッピーエンドに見えますが……実は、これが“嵐の前の静けさ”です。
次回からは、王都・ラントフ・そして未知の魔導キノコ――物語が一気に動き出します。
それにしても、今回のキノコは「結束」を象徴する存在として描いてみました。
ちなみに豆知識ですが、現実のキノコも地下で菌糸を張り巡らせ、森中の木々を“情報ネットワーク”のように繋いでいるんです。
森の中では木が倒れると、周囲の木が栄養を送って助けることもあるそうですよ。
――まるで今回のオルターナ領民たちのように。




