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第15話: 『希望の実り – 高付加価値作物の収穫』

前回までの苦難を乗り越え、ついにオルターナ領では「ただの収穫」ではなく「希望の実り」と呼べる成果が生まれます。

しかし、その豊かさは同時に、ラントフ男爵の欲望をさらに呼び寄せるものでもありました。

本日は――領地を支える全員参加の大収穫、そして未来への誓いの物語です。


ラントフ男爵の脅威は、領地に緊張感という名の肥やしをもたらしたのか、魔導キノコのネットワークは以前よりも活性化し、共有地はかつてないほどの生命力に満ちあふれていた。菌糸の蒼い光は地中深く広がり、それはもはや単なる浄化の証ではなく、領地そのものが力強く脈打つ血管のようでもあった。


そして、ついに第二陣、第三陣の作物が収穫の時を迎えた。


それは、第一陣の「普通の作物が育った!」という驚きをはるかに超える、圧倒的な豊かさの顕現だった。


・魔力を帯びた野菜たち: 大根は真っ白でずっしりと重く、包丁を入れるとみずみずしい果汁が滴った。にんじんは濃い橙色に輝き、驚くほど甘い香りを放つ。キャベツの葉は分厚く、瑞々しく、その巻きは見事に緊密だった。そして、それらすべての葉脈や皮の部分に、かすかだが確かな蒼い輝きが走っていた。それは、魔導キノコが供給する純度の高い魔力が、植物の細胞一つ一つにまで行き渡っている証だった。


・驚異の香りと味わい: 作業の合間にかじったきゅうりの味は、かつてないほどのみずみずしさと香り高さで、食べた者を唸らせた。トマトは酸味と甘みのバランスが絶妙で、そのままでも立派なご馳走となった。

“う、うまい……!これが……野菜の味か……?”老兵ガルムが、もぐもぐとトマトを頬張り、唖然とした表情で呟く。

“ばあちゃん!このにんじん、甘いよ! お菓子みたい!”テオが興奮してエイランに報告する。


・薬効の可能性: ハーブ類は、特にその効能が強化されているようだった。ミントは清涼感が強く、ラベンダーは驚くほど芳醇で安眠効果が期待できそうだ。リナが調合したハーブティーは、子どもたちの体調を良好に保つのに一役買っていた。


収穫作業は、まさに総力戦となった。かつては少数で細々と行っていた作業が、今では領民ほぼ全員が参加する大事業へと変貌していた。


· 収穫班: 男たちが鍬や鎌を使って作物を丁寧に引き抜き、収穫する。

· 選別班: 女性たちが収穫された作物をサイズや品質で選別し、傷つかないように藁で包んでいく。リナが指揮を執り、その目は真剣そのものだった。

· 運搬班: 子どもたちも含め、選別された作物を指定の場所へとリレー方式で運んでいく。

· 警備班: ガルム指揮下の男たちが、周囲の見張りを強化する。ラントフ男爵の報復や魔物の襲来に備え、鍬や棍棒を手放さない。


しかし、その緊張感の中にも、笑い声と活気が溢れていた。

“おい、そこのはまだ小さいぞ!もう少し置いておけ!”

“リナさん、これはサイズが規格外です!どうしましょう?”

“それは……ミレーヌ様に献上だな!ハハハ!”

“わーい!また運ぶぞー!”


ミレーヌ自身も、泥だらけになりながら収穫に参加した。彼女は、一個一個の野菜を手に取り、その出来栄えを観察し、生物学教師としての顔を覗かせては「なるほど、細胞の密度が違う……」などと呟いていた。そして、そのあまりの品質の高さに、内心驚きを隠せなかった。

(これは……現代の品種改良された野菜にも引けを取らない……いや、魔力という付加価値を考えれば、それを上回る可能性さえある……!)


そして、収穫が一段落した夕暮れ時――。彼女は皆を集めた。


“皆さん……! 今日一日、本当にお疲れ様でした!”

彼女の声に、疲れながらも充実した顔をした領民たちが集まる。

“見てください……この豊かな実りを!これは、紛れもなく、皆さん一人一人の努力の結晶です!”


彼女は、特に大きく育った大根一本を高々と掲げた。

“この大根は、ガルムさんが柵を作り、守ってくれたからこそ、無事に育ちました!”

“このハーブは、リナさんが毎日記録を取り、大切に世話をしたからこそ、こんなに香り高いのです!”

“そして――この全ての土台は、ゴドウィンと私が研究を重ね、皆さんに伝えた魔導農法があってこそです!”


彼女は言葉を続けた。

“ラントフ男爵は、これを力ずくで奪おうとしています。しかし……!この喜びを、この充実感を、そしてこの皆の笑顔を、私は誰にも渡しません! この実りを、私たちの未来を切り開く資金に変えましょう!”


“おーっ!!!”領民たちの歓声が上がる。


その夜、オルターナ領では第二次収穫祭が開かれた。前回よりもはるかに豊かな食材が並び、スープやシチュー、オーブンで焼かれた野菜の盛り合わせなどが振る舞われた。その味は格別で、食べる者の体を内側から温め、力づけてくれるようだった。


“ああ……これが……俺たちが作ったものか……”

ガルムが杯を傾け、涙ながらに笑った。

“……死ぬまでに、こんな日が来るとはな……”


エイランは、隣に座るミレーヌにそっと話しかけた。

“……お嬢様。この野菜……並のものじゃない。市場に出せば、きっと……驚かれるよ”

彼女の目は、商人としての勘がわずかに甦っているようだった。


ミレーヌはうなずいた。

“ええ……でもまずは、あの借金取りたちを驚かせなくてはなりませんからね”


宴は深夜まで続き、領地中が希望と自信に満ちあふれた。彼らは、自分たちの手で生み出した確かな価値を手にしたのだ。それは、どんな武力や脅しよりも強力な、自信という鎧を彼らに与えたのだった。


そして、ミレーヌは静かに誓った。

(この笑顔を守るためには、生物学の知識だけでは足りない……次は、戦うための知恵と売るための駆け引きを学ばなければ)

ここまで読んでいただきありがとうございます!

ついに「高付加価値作物」という形で、領民たちの努力が目に見える成果となりました。ラントフ男爵との衝突も迫る中、この「実り」が彼らの希望となっていきます。


それでは恒例の《きのこ豆知識》を一つ。

シイタケは、伐採した原木に菌を植え込んで育てる「原木栽培」と、おがくずを固めたブロックで育てる「菌床栽培」があります。

原木栽培は風味が強く、菌床栽培は効率が良い――つまり、目的によって選ばれているんですね。


面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークや感想で応援していただけると嬉しいです!


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