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第14話: 『結束と決意 – 守るべきもののために』

バルドゥスの脅威に打ちのめされたオルターナ領。

恐怖と絶望に沈みかけた人々を、再び立ち上がらせたのは――ガルムの怒りと、仲間たちの意志でした。

ミレーヌは涙と共に覚悟を固め、領主として「守る」決意を宣言します。

ここから、領地の物語は「改革」から「砦」へ。新たな章の幕開けです。

ラントフ男爵の使者、バルドゥスが去った後の共有地は、祝宴の熱気が嘘のように冷え切り、重く淀んだ空気に包まれた。領民たちは、地面に転がる収穫物や、せっかく育てた作物を茫然と見つめ、あるいは恐怖に打ち震える子供たちを必死になだめていた。未来への希望は、再び巨大な武力という現実の壁にぶち当たり、粉々に砕け散ったように思えた。


ミレーヌはその光景を見つめ、自分自身の無力さと、彼らをこの危機に巻き込んでしまったという罪悪感に胸を締め付けられた。彼女はうつむき、拳を握りしめる。指の爪が、自身の掌に食い込みそうだった。

(……私のせいだ。成功したからこそ、あのような目に遭わせて……)


その時、足を引きずる音が近づいてきた。老兵ガルムだった。彼はミレーヌの前に立ち、深く息を吸うと、雷のような大声を張り上げた。


「おい! 皆の者、集まれっ!」


その威嚇するような声に、凍りついていた領民たちがはっとしたように顔を上げる。


ガルムは皆を見渡し、そしてミレーヌを見つめた。その目は、恐怖ではなく、沸き立つような怒りで輝いていた。

“ふざけやがって……ラントフの餓鬼め……力ずくで奪い取るだと?我々を奴隷にすると? ……聞いて呆れるわっ!”


彼は唾を吐き捨てると、共有地の豊かな土壌を鍬でガシリと掻き鳴らした。

“だがな……小娘……いや、ミレーヌ様!もう俺たちは、数ヶ月前の俺たちじゃねえ! ただ飢えと絶望にじっと耐えるだけの哀れな落ちぶれ者じゃねえ!”


彼の言葉に、他の領民たちも少しずつ集まり始めた。その表情には、まだ恐怖の色は残っているものの、ガルムの怒りに呼応するように、少しずつ力が戻りつつあった。


“見ろ! この土を! この作物を!”ガルムは叫ぶ。“これはな! 俺たちの汗と、希望で育てたものだ! ミレーヌ様の知恵と、ゴドウィン爺さんの知識と、そして……俺たち全員の手で作り上げたものだっ! それを……力ずくで奪い取れると……本気で思っているのかあの野郎どもはっ!」


リナが一歩前に出た。彼女はまだ顔色が悪かったが、その目はしっかりとミレーヌを見据えている。

“……ガルムさんの言う通りです。……私は、もうあの何も信じられない暗闇の中には戻りたくありません。たとえ……戦いになろうとも……この希望を守りたい”


“僕も!”テオが母親の手を振りほどいて前に飛び出した。“あのキノコも、野菜も、僕らが守る! 悪い騎士なんか、やっつけちゃえ!”


その言葉をきっかけに、他の領民たちも次々と声を上げ始めた。

“そうです!もう逃げるのはごめんです!”

“ここでまた追い出されるくらいなら、戦った方がましだ!”

“ミレーヌ様、お願いします!俺たちを導いてください!”


ミレーヌは、彼らの熱い眼差しに圧倒され、言葉を失った。彼らは恐怖している。しかし、それ以上に、自分たちの手で掴み取ったものを守りたいという強い意志が、恐怖を凌駕していた。


彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。これは、祝宴の時の嬉し涙とも、恐怖の涙とも違う、感動と責任感に満ちた熱い涙だった。


“皆さん……!”

彼女は涙をぬぐい、顔を上げた。その碧い瞳は、涙で潤んでいたが、揺るぎない決意の光を宿していた。

“……ありがとう……!お言葉……ありがたく……受けさせていただきます……!”


彼女は一呼吸置くと、声を張り上げた。それは、これまでになく力強く、領主としての威厳と覚悟に満ちた声だった。

“では、聞いてください!これからは、ただ農法を広めるだけではありません! このオルターナ領そのものを、ラントフ男爵のような傲慢な者たちの欲望から、誰にも奪われることのない強い場所にしていくのです!”


彼女は指を立て、具体的な指示を始めた。

“ガルムさん!防衛班を正式に結成してください! 見張りを強化し、魔物対策と併せて、人の敵からも守れる体制を!”

“了解した!”

“リナさん!耕作班は、食料の確保と保存に全力を挙げてください! 戦うには体力が必要です!”

“はい!”

“ゴドウィン!あなたには……魔導キノコの新たな可能性を探ってください。守るための力として、応用できないかを!”

“かしこまりました。……面白い課題ですな”

“その他、動ける者は全員、何かしらの役割を見つけ、力を貸してください!これは、私たち全員の戦いです!”


彼女の言葉一つ一つに、領民たちは熱烈にうなずき、それぞれの任務へと散っていった。もはや、命令されるというよりも、自らの意志で動き始めた。


ミレーヌは、荒れ果てた領地を見渡した。そこには、まだ借金という重圧と、武力による脅威という暗雲が垂れ込めている。しかし、彼女の心は軽かった。


(そうだ……私は一人じゃない)

(杉本大輔の知識と、ミレーヌ・オルターナの立場と、そして……この素晴らしい人々の意志がある)

(これが、私の守るべきもの――)


彼女はゴドウィンに言った。

“ゴドウィン、『魔導農法』は第二巻を書きましょう”

“では、そのタイトルは?”

“……『魔導農法 第二巻―― 希望の砦の築き方』……そういうタイトルは、どうでしょうか?”


老執事の口元に、深い、そして誇らしげな微笑が浮かんだ。

“ふむ……実に良いタイトルです。では、早速、第一章『魔導キノコを用いた簡易防壁の設計理論』から執筆を開始いたしましょう”


ここまでお読みいただきありがとうございます!

今回は一度は折れかけた領民たちが、ガルムの言葉をきっかけに立ち上がり、ミレーヌもまた領主として「共に戦う」覚悟を決める回でした。

もはや農業改革の話ではなく、「農業を礎にした砦作り」へと進んでいきます。

タイトルに出てきた『希望の砦』が、これから少しずつ形になっていく――そんな物語にしていきたいです。


✦ きのこの豆知識 ✦

「エリンギ」は日本ではスーパーで当たり前に売っていますが、実は90年代になってから本格的に栽培が始まった、比較的新しい食用キノコなんです。

しかも天然ではあまり見かけられず、日本人の味覚に合わせて改良されてきた「育てられたキノコ」だったりします。


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