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第13話: 『新たな敵意 – ラントフ男爵の本格的介入』

収穫の喜びに包まれたオルターナ領。

けれど、その余韻を踏みにじるかのように、新たな脅威が姿を現します。

ラントフ男爵の血族、バルドゥス。彼の要求はただ一つ――“すべてを差し出せ”。

ミレーヌは領民の未来を守るため、決して譲れぬ選択を突きつけられることに……。


収穫の祝宴の余韻が、まだ領地の空気に甘く温かい残響を留めていた。人々の顔には笑みが浮かび、背筋には少しばかりの誇りが宿り、日々の労働にもかつてない張り合いが感じられた。共有地では、第二、第三の作付けの準備が着々と進められ、魔導キノコの菌床はさらに領地の奥へと着実に拡大しつつあった。


しかし、そのような希望に満ちた空気は、脆くも打ち破られることとなる。


ある午後、地平線の彼方から、轟音と共に騎馬団の姿が現れた。その数、五騎。しかし、その威容はそれ以上の压迫感を放っていた。先頭の男は、ラントフ男爵の紋章をあしらった重厚な鎧をまとい、その顔には領主の使者というよりは、征服者のような傲慢な笑みを浮かべていた。彼らは、オルターナ領の貧弱な柵など無視するようにして、共有地の真ん前まで馬を進め、がらりと隊列を止めた。


作業中だった領民たちは、その威圧的な気配に凍りついた。子どもたちは母親の陰に隠れ、ガルムは無意識に手近な鍬を握りしめた。


「おい、聞けえー!」鎧の騎士が雷のような声を張り上げた。「オルターナの小娘はおらんかーっ! ラントフ男爵様の名代、副騎士団長、バルドゥス・ラントフ・ジュニア、直々のご意向を伝えるために来たぜえ!」


その名前に、ゴドウィンの眉がピクリと動いた。ラントフ男爵の又甥であり、その粗暴さと残忍さで知られる男だ。


ミレーヌは Laboratory から駆けつけ、ゴドウィンと共に前に出た。彼女の心臓は早鐘のように打ち鳴らしていたが、顔には平静を装った。背後には、領民たちが固唾を飲んで見守っている。

「ラントフ男爵のご意向とやらを。どうぞ」


バルドゥスは馬の上からミレーヌを嘲笑うように見下ろした。

“ほう、それが噂の没落令嬢か。まあ、顔だけはどうやら捨てたもんじゃないなぁ?ハハハ!”

彼の部下たちも卑猥な笑い声を上げる。

“で、だ。本題だ。男爵様はな、お前さんのここの奇妙な農業技術に、大いなる興味を持たれたそうだ”


ミレーヌの背筋に冷たいものが走った。

「……それは光栄です。しかし、これはオルターナ家の――」

“黙れ!小娘のくせに口を挟むな!”バルドゥスは一喝した。“男爵様のご意向はこうだ。お前さんが編み出したという魔導農法なるものの全てのノウハウ――図面、培養方法、育て方、全部だ。そして、その元になるキノコの原菌を、そっくりそのまま男爵様に献上しろ、と”


ミレーヌは息を呑んだ。それは、あまりに厚かましい要求だった。

「……そんなことを、なぜわたしが?」

“ふん、当然の報酬は払うさええ?”バルドゥスは嗤った。“見返りとしてな、お前さんの抱える借金の帳消しと、お前さんの身の安全の保証をやろうってんだ。いい話だろ?これ以上ない慈悲だぜえ?”


ミレーヌは言葉を失った。それは「取引」などではなく、明らかな強奪の宣言だった。彼らは、この技術の価値を正確に見抜き、それを武力を背景にたやすく手に入れようとしている。


“……断ります”

ミレーヌの声は、わずかに震えていたが、意志は揺るぎなかった。

“この農法は、オルターナ家のものですが、それ以上に、この地に残り、共に苦労し、共に再生を信じて働く領民全員の希望の結晶です。たとえ借金の帳消しと引き換えでも、彼らの未来を売り渡すつもりはありません”


背後で、領民たちが息を詰まらせているのが感じられた。


バルドゥスの顔から嘲笑が消え、険しい怒気がみなぎった。

“……な……だと……?こ、この小娘が……ラントフ男爵様の慈悲を……拒むだと……?」

彼はゆっくりと馬から降り、ミレーヌのすぐ目前まで詰め寄った。その巨体は、ミレーヌのそれを完全に覆い尽くすほどだった。

“よくも……よくもそんな口答えができるな……?てめえは、俺様がどこの誰だかわかって言ってるのか? 俺様は、てめえ如きが逆らえるような……”


“お止まりください”

静かだが、鋭い刃のような声音が響いた。ゴドウィンが、微かにミレーヌの前に立ちはだかるようにして発した一言だった。

“お嬢様は、明確にお答えになりました。交渉は成立せず、です”


バルドゥスはゴドウィンを獣のような目で睨みつけた。

“老いぼれ執事が……また口を挟むか。いいだろう…………”

彼は腰の剣に手をかけた。その瞬間、空気が張り詰めた。


“ならば……話は違ってくる!”

バルドゥスは咆哮した。

“借金取りの権利を盾に、この領地全体を差し押さえてやる!土地も、作物も、お前の奇妙なキノコも、全ては男爵様のものだ! てめえは路頭に迷うがいい! そしてお前の愛すべき領民どもは、男爵領の奴隷としてこき使ってやるわ!”


その言葉に、背後にいたガルムが「っ!」と怒りの声を上げ、一歩前に出ようとしたが、ゴドウィンの微かな手信号で止められた。


ミレーヌは顔色を失いながらも、決して視線をそらさなかった。恐怖で膝が震えていたが、彼女の心には、むしろ静かな怒りが沸き上がっていた。

「……どうやら、お話にならない方のようですわね。ラントフ男爵のご意向など最初からなく、ただ我々から奪う口実が欲しかっただけなのでしょう」

彼女の声は冷たくなっていた。

“お引き取りください。オルターナ領は、あなた方を歓迎していません”


バルドゥスの額に、太い血管が浮き出た。彼は明らかに逆上している。

“……ふん……ふんふん……そうか……そういうことか……”

彼はゆっくりと馬に戻ると、部下たちに合図した。

“……よーし、わかった。……では、後悔することになろうな、小娘”

彼の声は低く、毒を含んでいた。

“次に俺様が来る時は……騎士団全体を引き連れて来るぜえ?その時までに、よくよく覚悟を決めておけよ……? てめえの可愛い領民どもの運命と一緒にな!”


そう言い残すと、彼は馬に鞭打ち、轟音と砂煙を上げて去っていった。部下たちも、嘲るような笑い声を残して後を追う。


重い沈黙が残された。祝宴の温かい空気は完全に消え失せ、代わりに冷たい現実の重圧が、皆の肩にのしかかっていた。


ミレーヌは、ようやく緊張から解き放たれ、わずかに震える自分の手を見つめた。

「……騎士団……全体……?」


ゴドウィンがそばに寄り添い、厳しい表情で呟いた。

“……ついに、ここまで来ましたか。もはや、嫌がらせや脅しの段階ではありません。本格的な武力による制圧をほのめかす最後通告です”


背後で、ガルムが呻くように言った。

“ちっ……奴らめ……結局、力ずくか……!”

リナは恐怖で顔を青ざめさせ、子どもたちをぎゅっと抱きしめている。


ミレーヌは深く息を吸った。震えを止め、顔を上げる。そこには、祝宴の時の優しい笑顔ではなく、領主としての決意に満ちた険しい表情が浮かんでいた。

「……ゴドウィン」

“はい”

“防衛策の本格的な検討を始めましょう。今まで以上に。彼らが来るまでに、この領地を誰にも奪うことのできない砦に変えてみせます”


高揚感は、確かな危機感と戦う意志へと変容した。希望の灯は、決して消えることなく、しかしより激しく、より強く燃え上がろうとしていた。次の戦いは、もはや農作業ではなく、文字通りの生存をかけた戦いとなることを、誰もが悟ったのだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

祝宴から一転、敵意があからさまに姿を現しました。

「借金」という枷と「武力」という圧力――二重の縛りに対して、ミレーヌは領主としての覚悟を決めます。

ここから先は、単なる農業改革ではなく、生存を賭けた戦いになっていきます。


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――ブックマークや感想をいただけると、本当に励みになります。

次回もぜひ読んでください!

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