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第12話: 『決定的成功 - 普通の作物の収穫』

魔物の襲撃を乗り越えたオルターナ領。

そして訪れたのは、領民たちにとって“ありふれているはずなのに、奇跡のような光景”――普通の野菜の収穫です。

荒廃した大地から芽吹いた「日常」を取り戻す瞬間を、ぜひお楽しみください。


魔物の襲撃から数週間が経った。防衛施設は強化され、魔導キノコのネットワークは以前よりも強固に、そして広範囲に広がっていた。共有地は、地中で蒼く光る菌糸の網の目に覆われ、その上ではかつては想像もできなかった光景が広がっていた。


それは、無数の、ごく普通の野菜が、力強く、そして驚くほど豊かに実っている光景だった。


大根は白くてまっすぐに土から顔を出し、ジャガイモの葉は青々と茂り、玉ねぎはきれいな茶色の皮に包まれて並んでいた。それらは、ほのかな蒼い輝きを帯こそびているものの、その形状、色、そして何より健全さは、どこででも見かける「普通の野菜」そのものだった。魔性的な歪みや変色は、そこには微塵もなかった。


収穫の日がやってきた。


ミレーヌが最初の一株のジャガイモの葉を掴み、ゆっくりと引き抜く。その根元から、大小さまざまな、しかしどれもふっくらとした無傷のジャガイモが、土の粒をはじきながら現れた。


「……っ!」


その瞬間、見守っていた領民たちから、どよめきというよりも、息をのむような沈黙が起こった。長い間、荒廃と飢えしか知らなかった彼らにとって、この「普通の豊かさ」は、むしろ「非日常」の、あまりにも眩しい光景だった。


次の瞬間、老兵ガルムが、よろけるような足取りで一歩前に出た。彼の手が震えながら、そのジャガイモの一つを掴む。冷たい土の感触、ずっしりとした重み――。


「……ふ……ふぅ……」

彼は深く、震える息を吐くと、そのジャガイモをぎゅっと胸に抱きしめた。そして、ごつごつした顔を上げ、目尻をわずかに光らせながらミレーヌを見つめた。

“……でかした……お嬢様……。本当に……でかした……”


その言葉を合図に、堰を切ったように領民たちの動きが始まった。それぞれが野菜を引き抜き、その健全な実りを自分の手で、自分の目で確かめた。


“わあ! でっかい大根!”

“こ、これは……玉ねぎだ!ちゃんと形のいい玉ねぎが!”


驚嘆と、そして沸き上がる歓喜の声が、共有地にこだました。子どもたちが収穫物の周りを走り回り、笑い声を上げる。


その中心に、無言で立つ老婆エイランがいた。彼女は、一つのかぶを両手で包むように持ち、じっとそれを見つめている。そして、ゆっくりと顔を上げると、ミレーヌの元へ歩み寄った。


「……お嬢様」

彼女は深々と頭を下げた。かつては猜疑心に満ちていたその声には、静かな確信と感謝しかなかった。

“……わしは……誤っていたようだ。この目で見た。この手で触れた。……これは、紛れもない……希望だ」


ミレーヌは、こみ上げてくる感情を必死にこらえ、うなずいた。

「……ええ。これは、皆さんと一緒に作り上げた、希望の証です」


その日の夕方は、オルターナ領で久しく忘れられていた光景が蘇った。収穫を祝う宴である。


広場に簡素なテーブルが並べられ、採れたての野菜がふんだんに使われたスープやシチューが振る舞われた。その味は、決して豪華ではないが、土地の力そのものを感じさせる、深くて力強い味わいだった。


“うまい! これが……普通の野菜の味か……!”

“温かい……体の芯から温まるよ……”


皆が笑顔で食卓を囲んだ。ガルムは少しだけ酒を口にし、闊達に昔話をし始めた。リナは我が子に温かいスープを食べさせながら、隣の女性と笑い合っている。テオは友達と取り合いをしながらジャガイモを頬張る。


ミレーヌは、少し離れた場所からその光景を見つめた。ゴドウィンがそばに立っている。

「見てください、ゴドウィン……。あの笑顔が……」

彼女の頬を、一筋の涙がつたった。それは、苦労の末の達成感の涙であり、領主としての喜びの涙だった。


“おめでとうございます、ミレーヌ様”ゴドウィンは静かに、しかし心から祝福の言葉を述べた。“貴女は、理論を……現実のものとされました”


その時である、エイランが杯を掲げ、か細いながらもよく通る声で言った。

“皆の者!静まれ! この杯を……我らが領主、ミレーヌ・オルターナ様に捧げる!”

場が静まり返る。

“かつてない苦難の中、己の知恵と意志で、この地に再び命の灯をともしてくださったお方に!オルターナ家に栄光あれ!”


“オルターナ家に栄光あれ!!!”

領民たちの声が一つになって響いた。


ミレーヌは、ただただ涙を流しながら、皆の祝福にうなずくことしかできなかった。杉本大輔としての知識が、ミレーヌ・オルターナとしての立場と重なり、初めて一つの確かな形となって現れた瞬間だった。


この日、オルターナ領では、野菜と共に、失われていた誇りと結束という、より貴重な実りが収穫されたのである。

最後までお読みいただきありがとうございます!

今回のシーンは、派手な魔法でも戦闘でもなく、「普通の野菜の収穫」を大きなクライマックスのように書きました。

なぜなら、この世界で最も尊いのは“当たり前の暮らし”だからです。

領民たちの喜びが、少しでも読んでくださった方の心にも届けば嬉しいです。


✦ ちなみにきのこの豆知識 ✦

マツタケは日本では高級食材ですが、実は北欧やカナダではそこまで珍しくなく、地元の人はあまり食べないそうです。逆に日本からの需要で輸出され、高値がつく「逆輸入きのこ」になっています。食文化の違いって面白いですね。


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