第11話: 『拡大と分業 – 役割の発生』
腐蝕の雨と魔物の襲撃を乗り越えたオルターナ領は、ただ生き延びただけではありませんでした。
痛みの中から芽生えたものは「結束」であり、そこから自然発生的に役割と秩序が生まれます。
今回の物語では、領民が班を作り、それぞれの能力を活かしながら新たな共同体を形作っていく姿を描きました。
老兵ガルムは再び剣ではなく知恵で人を導き、未亡人リナは記録と観察を通して未来を見据え、少年テオや子どもたちは知識という宝を学び始めます!
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腐蝕の雨と魔物の襲撃という試練は、領地に深い傷痕を残した。しかし、それは同時に、オルターナ領に残る者たちの心を、結束という強力な接着剤で固く結びつけた。もはや、ミレーヌとゴドウィンだけの実験ではなく、生き残りをかけた共同体のプロジェクトへとその性格を変え始めた。
被害を受けた実験区画の修復作業は、自然と役割分担を生み出した。老兵ガルムは、かつての警備隊長としての経験を活かし、魔物の襲撃に備えた見張り台の設置と、簡易的な柵の建設を自ら指揮し始めた。彼の足は不自由でも、その頭脳と威厳は衰えていなかった。
「てめえ、そこはもっとしっかりと柱を埋め込まないと、次の襲撃で吹き飛ばされるぞ!」
「は、はい!」
「おい、小僧!周囲の見える範囲の雑草は刈っておけ! 魔物の隠れ蓑になるからな!」
彼の叱咤を受けて、数名の男たちが動く。その中には、最初は消極的だった者も含まれている。
一方、未亡人のリナは、魔導キノコの世話と、育った作物の管理という、細やかな作業にその能力を発揮した。彼女は、ミレーヌから渡された『オルターナ式魔導農法・第一巻』(絵入りメモ)を懸命に読み解き、時折ミレーヌやゴドウィンに質問しながら、作物の状態を逐一記録していった。
「ミレーヌ様、この葉の黄色い斑点は……?」
「ああ、それは魔力的養分が少し足りていないサインだ。そこの菌糸ブロックを少し追加してみよう」
「はい……わかりました」
彼女の真剣な姿は、かつての虚ろな面影を消し去り、未来を見据える生きる意味を取り戻しつつあった。
テオは、その足の速さと小さな体を活かして、伝令役や細かい道具運びを買って出た。そして、作業の合間には、ゴドウィンのところへ通った。
ゴドウィンは、 Laboratory の片隅で、驚くべき光景を作り出していた。地面に棒切れを持ち、文字や数字を書き、子どもたち数人に教え始めていたのだ。
「これは、『一』という字だ。そして、これが『一』個のジャガイモを表す数字だ」
「えーっと、じゃあ、『二』個は……こう?」
“ふむ、良いぞ。では、『一』たす『一』は……?”
「わかった! 『二』だ!」
「正解である」
ミレーヌがその光景を目にし、驚いて尋ねた。
「ゴドウィン……?それは?」
ゴドウィンは静かに答えた。
“ミレーヌ様。農法を発展させ、領地を維持するには、単なる労働力ではなく、知識を理解し、記録し、伝えることのできる人材が必要です。……しかも、時間をかけて育てるのではなく、今からです。これらの子どもたちは、この領地の、そして貴女の農法の未来そのものです”
ミレーヌは胸が熱くなった。ゴドウィンは、単に現在の問題を解決するだけでなく、十年先、二十年先の未来までを見据えていた。
こうして、自然発生的に各班が形成されていった。
·菌糸培養班: Laboratory を中心に、魔導キノコの培養と品質管理を担当。(実質的にミレーヌとゴドウィン)
·耕作・管理班: リナを中心とした女性陣が、作物の栽培と記録を担当。
·警備・施設班: ガルムを中心とした男たちが、防衛と設備の補強を担当。
·教育班: ゴドウィンが子どもたちに読み書きと算数を教える。
ミレーヌは、それぞれの班のリーダーを明確に任命した。
「ガルムさん、警備と施設のことは、一切任せます」
「リナさん、作物の管理はあなたの目を信頼しています」
「ゴドウィン、未来のことはあなたに」
それは、彼女なりの信頼の表明であり、リーダーとしての決断だった。彼らは、それぞれの役割を与えられ、責任を負うことで、より強くプロジェクトにコミットするようになっていった。
そして、この組織化が進む様子を、遠くの丘の上から一人の男が双眼鏡でのぞき込んでいた。ラントフ男爵の密偵である。彼は、メモを走り書きすると、すぐにその場を後にする。領地が単に農作物を育てている以上の組織的な動きを始めていること――それは、男爵にとっては、単なる没落領地の最後のあがきではなく、潜在的な脅威として映ったに違いない。
オルターナ領は、静かなる変革の時を迎えていた。それは、土地の浄化だけでなく、そこに住む人々の心と社会の仕組みそのものを再生する、静かなる革命の始まりでもあった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
物語の舞台であるオルターナ領は、まだ再生の途上にあります。
しかし、領民たちがそれぞれの役割を得て協力し始めたことで、ようやく「ただの実験」から「未来を築く共同体」へと歩みを進めることができました。
次回以降は、彼らの営みがさらに広がり、外部からの脅威とも交わりながら進んでいきます。
静かなる革命の行方を、ぜひ見届けていただければ幸いです。
そして、もうひとつの豆知識を。
きのこの地下の菌糸は「木どうしをつなぐネットワーク」になっていて、栄養や情報を交換していることが近年の研究で分かっています。
森の木々は孤立して生えているようで、実はきのこの糸を通して「助け合って」いるんですね。
まるで、オルターナ領の人々の絆そのものです。
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次回もぜひ楽しみにしていてください




