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第8話 声しか届かなくても

 ー佐野凌太(さのりょうた)視点ー


 2026年5月20日


 澄晴(すばる)が入院し始めて、もう1ヶ月経っていた。

 一緒にいる時間は格段に短くなっているけど、毎日3人でお見舞いに行くようにしている。

 だからか、俺たちは担当医や看護師に顔と名前を覚えられた。もうちょっとした知り合いレベルになってきている。

 そう、ちょっとした知り合いだから、色々な情報が耳に入ってしまう。

 例えば……澄晴に会いに来ているのは、”俺たち3人だけ”ということ。

 澄晴には家族がいる。高校時代に1度だけ、澄晴の両親に文化祭で会ったことがあった。

 お母さんはほわほわとした雰囲気のきれいな人で、お父さんは顔が濃くてキリッとしているけど話しやすい人だった。2人を見ていると、澄晴はいいとこ取りして生まれてきたのだなと感じるほど、どちらにも似ていた。

 しかし、今その2人は、澄晴に会いに来ていないのだ。

 不仲だということも聞いたことがないし、むしろ仲が良すぎるくらいに見えた。まあ、最近家族の話を聞かないなとは思っていたが。

 澄晴のいる個室では、4人でいつも通りのテンポの会話が飛び交っている。だけど、両親が1度も会いに来ていないという不自然さに誰も触れようとしなかった。

凌太(りょうた)?何かぼーっとしてない?」

 ついに聴覚だけになってしまった澄晴だけど、変わらず周りの変化には敏感だ。

 俺がちょっと喋ってないだけで、こうやって話しかけてくる。何も見えてないくせに。

「もしかして眠いの?」

 冗談半分でそう聞いてくるけど、声のトーンで”聞きたいことあるなら言ってよ”という圧を感じた。

 恭弥(きょうや)和樹(かずき)もちょっと心配そうな目で俺を見ている。

「違う……ちょっと考え事」

「ふーん」

 俺はまだ、直接的に言っていない。何も口に出していなかったのに。

「もしかして、”何で澄晴の家族は来ないんだろう”とか思ってる?」

 目の前のベッドで寝たきりの澄晴は、俺の考えていることを見事に当ててしまった。

 ほんと、こういうところがずるい。勝手に心を読まれた気分だ。

 澄晴がそう言うと、さっきまで穏やかだった空気が張り詰めた。恭弥と和樹もやはり気になっていたようで、黙り込む。

 ___少しの間が空いて、澄晴も確信に変わる。

「だよな…気になるよな…」

 ふっと笑って、少し声の明度が下がった気がした。

 言いたくないなら言わなくてもいいのに、澄晴は言葉を続けた。

「俺の親、来ないと思う。っていうか、もう一生会えない」

 なぜか、澄晴は笑顔を作っていた。

 あんなに大切にしていた家族が来ないというのに、平気なフリをして笑っている。

 そういう表情が、寂しそうで、苦しそうだった。

 でも、半分くらいは諦めているようにも見えて、心が痛くなる。

 何で澄晴の両親は会いに来ないんだよ。最後くらい、親の声を聞かせてあげろよ。

 そう思った。

 だが、その考えを見透かしたかのように、澄晴が言った。

「3人にお願いがある。____俺の親には、絶対に会わせないで。19歳の間も、20歳になってからも、絶対に」

 いつもの澄晴とは違う、強くて重い言葉だった。

 理由は分からないけど、教えてくれないけど、絶対に守らなければいけないということは理解した。

「……分かった。約束する」

 それに恭弥と和樹も頷いた。

 親友は、言葉がなくとも伝わることは伝わるみたいだ。

 俺は、なんとなくだが、澄晴が寝たきりになっているのを家族に見せたくないのかもしれないと思った。

 床ずれしないために、2時間おきぐらいに体位を変えなきゃいけないし、体を拭いてあげなきゃいけない。飲食の時にも、声をかけて支えなければいけない。歯磨きもしてあげなければいけない。

 今の澄晴には、そういう介護が必要だった。

 これを自分の親にしてもらうなんて、胸をえぐられるように痛いんだと思う。

 自分の無力さを感じて、俺は今、何もできないんだなって苦しいから。

 そういうことを考えている間に、澄晴の表情が再び緩んだ。

「ありがとう。何か、頼ってばっかでごめんな」

「謝らないでよ。俺らは澄晴のそばにいたくて”いる”だけだから」

「そうだよ!凌太もそうでしょ?」

 唐突に話を振られて驚くが、

「……おう」

 珍しく、普通に素直に答えることができた。

「あれ?凌ちゃんが素直だなんて珍しいね」

「明日は雪が降るかもね」

 恭弥と和樹に茶化されて頭の血が沸騰しそうになる。

「あ?正直に言って何か悪いことでもあんのか?」

 ちょっと悪っぽく言ってみると、

「いやいや、凌太怖いって!」

 と澄晴がツッコんだ。

 平和な一時。だが、ここには永遠なんてない。

 それでも、今この4人で笑っていられるなら、この時間は永遠になると思えた。

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