表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第6話 君が照らすから

 ー峰原和樹(みねはらかずき)視点—


  2026年3月28日


『20年周期人生リセット症候群』

 その病名を初めて聞いた日、信じられなかった。

 ありえない、と思った。フィクションの中だけにある言葉みたいだった。

 それでも、スマホで何度も検索した。

 だけど、詳しい情報なんてどこにも載っていない。見つけられたのは、医学書の片隅に載っていたような、たった数行の記述だけ。

 それだけ、症例の少ない病気。

 こんなに、幸せを奪う病気が本当にあるなんて、知らなかった。

 澄晴(すばる)はすでに、「味覚」「嗅覚」「触覚」を失っている。

 思い返せば、あのチョコレート屋での出来事も、電車で突然苦しみだした日も、澄晴の冷蔵庫にあった“水と栄養ドリンク”だけの風景も。全部、澄晴が苦しんでいる証拠だった。

 あの時、俺たちは気づけなかった。というより、気づこうとしなかったのかもしれない。

 澄晴なら大丈夫って、根拠のない言葉で、自分を守ってた。

 春の風が吹く中、4人で公園を歩いていた。澄晴は今、杖をついて歩いている。ゆっくり、ゆっくり。それに合わせて、俺たち3人も歩幅を合わせていた。でも、その一歩一歩が、胸に刺さるように苦しかった。

 ずっと一緒にいたい。そばにいたい。

 なのに、「一緒にいるのが怖い」と思ってしまう自分がいた。

 ……澄晴が、澄晴じゃなくなる。20歳になったら、五感も、記憶も、全部消えてしまう。

 それが現実だなんて、まだ信じたくなかった。

「飲み物買ってくる!凌ちゃんも一緒に行こ!」

 飲み物がなくなった恭弥(きょうや)がそう言って立ち上がった。凌太(りょうた)も立ち上がり、「お前、何買う気だよ」とつぶやきながら後を追う。

 そして残されたのは、澄晴と俺。2人きりの芝生の上。

 並んで座っていた。何も話してなかった。

 ただ、澄晴の手に俺の指先が軽く触れても、やっぱり反応はなかった。

 少しして、澄晴がぽつりと口を開いた。

和樹(かずき)

「ん?」

「……無理すんなよ?」

 その一言に、思わず澄晴の顔を見た。

 いつもの、柔らかい笑み。

 だけど、その瞳の奥は、すべてを見透かしていた。

「それは、こっちのセリフでしょ……」

「はは、そうだな」

 澄晴は、やっぱり無駄に勘がいい。

 俺が心の中で抱えてることを、誰よりも早く見抜いてくる。隠すのも見破るのもできるなんてずるい。

 この世の中は、不公平だ。

「でも、無理に俺といる必要はないから。……苦しかったら、3人で逃げて」

 そう言って、澄晴は俺に笑いかけた。

 まるで太陽のような、まぶしくて真っ直ぐであたたかい笑顔だった。

「俺は大丈夫だから」

 その瞬間、心の中にずっと溜め込んでいた何かが一気に溢れ出した。

 本当は大丈夫じゃないくせに、全部なくなるのが嫌なくせに、澄晴は俺たちがいなくなっても仕方がないっていう言い訳を作ろうとしている。

 こんな時でも周りを優先して、俺たちに気を使わせないようにしている。

 どうして、そんなことができるのだろうか。

「澄晴は……なんでそんなに優しいの……?味覚も、嗅覚も、触覚も奪われて……これからもっと、いろんなものを失っていくのに……どうして、そんなに笑ってられるんだよ……。意味、わかんないよ……!大丈夫じゃ、ないだろ……!」

 言葉が震えて、涙がぼろぼろと零れた。

 何度手の甲で拭っても、止まってくれない。

 泣きたいのは、本当に苦しいのは澄晴のほうなのに、俺だけが泣いていた。

 情けない。辛い。

 何より、澄晴が消えるなんて嫌だ。絶対に嫌だ。

 そんな俺の涙を、澄晴は両手でそっと拭ってくれた。

 何も感じていないはずなのに、すごく、優しかった。

「バカ……澄晴はもっと、わがままになればいいのに……!何で優しくすんの……」

 澄晴の両手をそっと掴んで、しゃくりあげながら主張した。

 理不尽な現実に抗おうとしないで、そのまま受け入れようとしている。

 俺はすごく苛ついた。好きなチョコレートケーキもおいしく食べられないのに、そんな顔するなって。

 そんな俺とは違って、澄晴は冷静だった。

「……俺、皆のおかげでめっちゃ幸せだから。リセットされたって、また幸せになれるって信じてる。全部なくなるのは、そりゃ怖いけど……でも、思い出って、体のどっかに残ると思うんだ。……だって、こんなに幸せだったんだよ? それって、きっとどこかに残るでしょ」

 澄晴の声が、まっすぐ胸に届いた。

 なんで、こんなにまぶしいんだろう。

 どうして、こんなにきれいなんだろう。

 眩しすぎて、俺はもう、前が見えない。

 でも、俺はそんな澄晴と最後まで一緒に過ごしたいと強く思った。

 目をゴシゴシこすって、彼のように真っ直ぐ前を見て。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ