第3話 ラスト・クリスマス
ー小鳥遊澄晴視点ー
2025年12月25日
俺にとって、最後のクリスマス。
今夜は、駅の近くに堂々と立ったキラキラ光るクリスマスツリーを目に焼き付けていた。
現時点でなくなったのは、味覚と嗅覚の2つだ。
どちらもあんなに冴え渡っていたのに、今はもう何を食べても無味無臭になった。
最初の数週間はショックだったけど、それも時間の経過とともに淘汰されていく。そして、感情の一部が抜け落ちた。
それが、普通に変わった。
「今年も4人だね」
和樹がぽつりと呟いた。
「恭弥はモテるけど、誰とも付き合わねえもんな」
豪華な装飾が施された大きなクリスマスツリーを男子大学生4人で見上げながら、そのうちの1人である凌太が嫉妬を織り交ぜて言った。
「俺は恋人作るよりも、親友との思い出を作りたいからさ」
「うわ、しれっとかっこいいこと言いやがって」
そう、恭弥はモテる。学校の女子たちからしたらこの4人は”恭弥とそれ以外のまとまり”に見えているのだろう。優しくて、俺ですら王子様に見えることがあるのだから。
対して俺は、女子から話しかけられない高校時代を過ごした。他の3人に対しては普通に話しかけるのに、俺にはいつも緊張した面持ちで近づき、会話のラリーも妙に少なくなる。
一体どういう違いがあるのだろうか。
「澄晴も影でモテてたよね」
突然モテトークに俺の名前が出て、驚きのあまり和樹を無言で見てしまった。
その数秒後、静かに目が合う。同時に和樹がくすっと笑った。
「ほんとだから」
いくら記憶を掘り起こしても、そういう感じになった覚えが全くない。
「え……いつのこと?」
純粋に気になって聞いてみると、凌太がぼそっと言った。
「お前は顔が良いんだよ。高校時代は実質アイドル扱い。ファンクラブあったし」
「あ、アイドル!?俺が!?」
「いきなり叫ぶなよ。クリスマスの雰囲気壊すな」
「ごめん」
アイドルという、俺とは程遠い言葉で表されてつい大声が出てしまったが、恭弥も和樹もニヤニヤしているから本当にそうだったのだと思う。
それにしても、ファンクラブまで作られていたなんて……俺は何で気が付かなかったんだ?
「ほんと、澄晴って鈍感だよな。まあ、皆そういうところに惚れ込んだんだろうけどさ」
「それ恭弥が言う?お前も告白されるまでは気づかないくせに」
「でも、澄晴は告白されてんのに気づいてなかったでしょ?」
「ああ、たしかに……そんなこともあったね」
3人は知っているのに、俺は知らないこと。しかも、俺自身のことなのに。
告白されたことも全く覚えていない。
考えていることが顔に出ていたのか、皆一斉に笑い始めた。
「お前、マジで何も分かってねぇじゃん」
凌太に関してはお腹を抱えて爆笑している。
2023年9月1日
非日常を感じる装飾と活気で賑わう学校。
今日は文化祭2日目だ。
俺たちのクラスはカジノを出店していた。
クラスリーダーが機転を利かせて、俺と凌太と恭弥と和樹を同じシフトに入れてくれたおかげで、落ち着いて仕事ができた。
クラスリーダーの子は、姿勢が良くて生徒会に入っている女の子。まっすぐで高めのポニーテールが歩くたびにふわふわ動く子だ。彼女も一緒の時間に働いていた。
でも、ちょうどシフト終わりに景品のお菓子が足りなくなったらしく、俺はその子と倉庫まで歩くことになった。
「…ねえ!」
無言で進んでいたが、彼女が突然足を止めた。
そして、両手を背の後ろに隠して、瞬きをしながら俺を見ている。その頬はかすかに赤い。
「何?」
「えっと……その」
緊張気味に言葉を濁して、
「付き合ってくれませんか?」
とやや小声で言った。
「ああ、倉庫?もともと行くつもりだけど」
そう答えると、彼女はぽかんとした顔で、え……と声を漏らした。
「お客さん待ってるだろうし、早く行こう!」
俺がそう言うと、彼女はちょっと切ない笑みを浮かべて頷いた。
2025年12月25日
「えぇ?あれって告白だったの?」
文化祭の日のことを指摘されて、顔が熱くなる。
「あれ3人で見に行ったんだよ。澄晴はなんて答えるかなって」
「そしたら、”ああ、倉庫?もともと行くつもりだけど”って、何だよそれ」
「凌ちゃん笑いすぎ」
彼女に申し訳ないことをしてしまったという罪悪感と、鈍すぎる自分の感覚に対する羞恥心が湧いてきた。
「やっぱ、日本語って難しい……」
そう頭を抱えて言うと、凌太はまた爆笑し始めた。それにつられるように、恭弥と和樹も笑う。
この幸せな光景を見ていると、俺も笑いたくなった。
だから、今日は好きなだけ笑うことにした。




