第1話 舌に残る苦さ
—佐野凌太視点—
2025年9月27日
昼過ぎのキャンパスは、夏の名残をかすかに引きずったまま、少しだけ秋の匂いが混ざっていた。
講義が終わって、自然と4人で連れ立って歩く。他愛もない話をしながら、駅へと続く坂道をのんびり下っていく。
佐野凌太。黒髪標準体型の、平凡でかわいくなくて地味なやつ。それが俺だ。
でも、こんな俺にも個性的な親友が3人いる。
宮部恭弥。この中で1番モテてるやつ。俺と同じ黒髪だが、高身長。さらに、文武両道で、気遣いの鬼で、非の打ちどころがない。
峰原和樹。頭が良くて無邪気なやつ。低身長だし小動物っぽいと言われがちだが、普通の男だ。
そして、小鳥遊澄晴。バカでアホだが、顔は男でも2度見するくらい綺麗なやつ。高校時代はこいつのファンクラブがあったくらいだ。まあ、本人は全く気がついていないようだけど。
俺たちは、高校2年生の時にクラスが同じになった。通っていた高校の生徒数は女子のほうが多かった。しかも、男子は理系のほうが多くて、文系を選択したのは俺たち4人だけだったから、1クラス40人に対して男子が4人という、地獄のようなクラスが出来てしまったのだ。
だが、だからこそ、俺たちはよく話したのだと思う。仲良くなれたのだと思う。クラス内では肩身が狭かったけど、4人なら何でも乗り越えられたから。
まあ、そういうことがあって、大学生になってもなお、仲良く並んで歩いている。
「……あれ、新しく出来たチョコレート屋さんじゃない?」
突然、和樹が指をさして言った。
視線を向けると、ガラス張りの小さな店舗。チョコレートの香りがすでに外まで漂ってきている。
「ああ……凌太がめっちゃ気になるって言って――ふぐっ」
澄晴の言葉を、無言でその頬をむにゅっとつまんで遮る。
「なに照れてんの〜」
「凌ちゃん、八つ当たりしないの」
「ほんと、澄晴と凌太ってカップルみたいだよね。そうやってすぐイチャイチャする」
「は? イチャイチャしてねぇし」
そう言い返しながらも、澄晴の頬から手を離すと、彼はいつものように、にこにこと笑っていた。
「いいじゃん!俺とイチャイチャしたいんだろ?」
「マジうるせぇ…」
なんというか、澄晴って、やっぱり太陽みたいだ。
気づけばみんなを照らしてて、まぶしすぎて、ちょっと見つめてるのがくすぐったくなる。
結局、「暇だし寄ってみるか」という話になって、俺たちはそのチョコレート屋に入った。
店内に入った途端、濃厚な甘さが鼻をくすぐる。ガラスケースの中に並べられた色とりどりのチョコレートは、宝石みたいに見えて、ちょっとだけ背筋が伸びた。
すると、明るい声が聞こえてきた。
「新作です! 試食いかがですか?」
トレーを差し出してくれた店員さんに礼を言って、4人で一口サイズのチョコを摘んで口に入れる。とろけるような甘さと、わずかな酸味がふわっと広がって、誰からともなく「うまっ」と声が漏れた。
……と、そのときだった。
「アーモンドミルクが効いてるな……」
ぽつりと呟いた澄晴の声に、俺たちは一瞬、時が止まった。
「牛乳とアーモンドミルクの比率が5:1ですよね?ちょうどいいバランス。あと、カカオの酸味がほどよくておいしいです」
突然、やけに細かく、しかも的確に語り出す澄晴。
その様子に、俺たち3人だけじゃない、トレーを持ってた店員さんまで固まっていた。
「……すごい。ほんとにその比率なんです」
店員さんの言葉に、和樹と恭弥と俺は目を見合わせた。
澄晴、いきなりグルメ評論家にでもなったのか?
いや、違う。今までそんなの聞いたことなかった。確かに、舌がバカってわけじゃないけど、あいつがこんなに細かく味を語るなんて初めてで、俺はちょっとだけ、背中にひやりとしたものを感じた。
でも、その“異変”はその日だけだった。
次の日からまた、澄晴はいつもの澄晴で、試食チョコのグルメモードも一度きりのことだった。
ただ、また別の“妙なこと”が起きた。
2025年10月30日
コンビニで買った激辛カップ焼きそば。
この中では辛さに耐性を誇る恭弥ですら「これは無理」と言って半分で箸を置いた代物を、澄晴は汗をかきながらも、笑顔で完食した。
「……これは、普通に麺だな」
額に玉のような汗を浮かべながら、澄晴はそう呟いて、もぐもぐと食べていた。
「ちょ、バケモンかよ」
「嘘だろ……」
「澄晴、舌の感覚おかしくなったんじゃない?」
すると、一瞬の妙な間を空けてから、澄晴はニコッと笑う。
「……そうかもな!」
俺たちは笑いながらも、少しだけ、心のどこかで引っかかる。
澄晴は笑っているけど、目の奥はそうじゃない気がした。
チョコレートのパンを食べながら、ほんのりカカオの苦みを感じる。
もしかして___って。
でも、そんな予感は、まだただの冗談として笑い飛ばせる範囲だった。この時までは。




