最終話 必ず、また出会いに行くから
―佐野凌太視点―
2026年8月1日
澄晴が退院することになった。
健康状態は良好。精神的にも安定していて、外の生活に戻っても問題ないとのこと。
メンタルが安定しているのは皆さんのおかげですと、担当医から感謝されたが、俺たちは大したことなんてしていない。
澄晴の隣にいたくていただけだ。俺たちには、異能力も病気を治す知識もない。そこにいたって無意味に近い存在だが、澄晴が笑ってくれる。それだけで、俺たちがいる意味が生まれたのだ。
その日、澄晴は20歳の誕生日に渡したTシャツを着てやってきた。胸元には、4人の似顔絵がプリントされている。
「おまたせ!」
その笑顔を見た瞬間、俺は自然と声が出た。
「……退院、おめでと」
「ありがとう!」
「……それじゃ、行きますか」
「凌太、運転よろしくー」
そうして、俺たちは車に乗り込んだ。
澄晴にとっては、人生で初めての"外の世界"。
「そういえば、ずっと聞いてみたかったんだけど」
シートベルトを締め終わった恭弥が、手をあげて澄晴の方を見た。
「目覚めた時、どういう気持ちだったの?」
唐突で率直な質問に、澄晴はうーんと腕を組んで考えた。
「……嬉しかった、かな?たぶん。ずっと、何もない深い海に潜ってる感覚だったから」
澄晴は、何もない世界を彷徨っていた。
でも、ある時から声が聞こえるようになったらしい。
「誰かが呼んでるから行かないとって思ってたら、急に視界がぱっと明るくなって、そこには___目を見開いて驚いてる恭弥がいた」
そこで、恭弥に名前を呼ばれた。
澄晴、と。
「あの時は自分の名前だって知らなかったけど、嬉しかった。俺が笑ったら、恭弥も嬉しそうだったから」
澄晴が俺たちを見回してから、
「呼んでくれて、ありがとう」
と言った。
「それはこっちのセリフだっつーの……また起きてくれて、ありがと」
俺が澄晴に伝えると、それに続いて2人も感謝を伝えた。
その返事に、澄晴は歯を見せて笑った。
最初は初めての外出に、少し緊張してるようにも見えたが、車が動き出した途端、澄晴はぽつりとつぶやいた。
「なんか……落ち着く。眠くなるわ」
“落ち着く”なんて言われて、嬉しくないわけがない。ましてや、澄晴は4人でいる記憶がこの1ヶ月とちょっとしかない。
それでも、この空間が“安心できる場所”だと感じてくれたことが、たまらなく嬉しかった。
「へぇ。じゃあ俺が運転してる間はぐっすり寝るつもりなんだ」
「いやいや違うって!眠くなるくらい安心できるってことだから!」
「はいはい、そうですか!どうぞ寝てください〜」
「寝ないよ!?まだ寝ないから!」
そのやりとりに、後部座席のふたりも笑っていた。
「ちょっと〜、イチャイチャしてないで早く帰ろうよ〜」
「イチャイチャしてねえし!」
「凌ちゃん、強がんないの」
「は?強がってねぇし!」
くだらないけど、心地よい。
この何気ない会話のひとつひとつが、確かに戻ってきた時間だった。
記憶の有無は関係なく、ただただ楽しい。大好きな時間が。
澄晴のアパートは、入院中にすでに解約されていた。
だから、当面は唯一1人暮らしをしている和樹のマンションに居候することになった。観葉植物の多い、あたたかな部屋。
ここに、また“4人”が揃った。
その瞬間、澄晴が思い出したように言った。
「あ、そういえば先生がこれ、3人に渡してって言ってたんだった」
澄晴の手には、3つの封筒があった。
それぞれに、俺たちの名前が書かれている。
「なにこれ? 何で先生から?」
「わかんないけど……俺が頼んだらしいよ」
封を開けると、中にはたくさんの写真が入っていた。
「……これ、宛名に意味あんの?」
「確かに。全部4人で写ってるやつばっかだ」
「いつの間に、こんなに撮られてたんだね」
「てか……俺たち若くない?」
「いや、そこまで時間経ってないでしょ」
1枚、また1枚と写真をめくるたびに、忘れかけてた思い出が蘇ってくる。
恭弥がモテすぎて、大量のバレンタインのチョコを俺たちにお裾分けしてる写真。
赤点取った俺が、澄晴と一緒に補習の宿題やってる写真。
和樹が四葉のクローバーを見つけて興奮している写真。
全部何気ない日常を切り取ったものだった。
ただ、笑って、ふざけて、泣いて、笑って。俺たちが確かにそこにいた証が形になって残っていた。それが不思議で、嬉しかった。
澄晴は、知らないはずの出来事を、まるで宝物を眺めるように聴いてくれた。
相槌をうちながら、澄晴はその時言ったことと全く同じ事を言うこともあって、考えてることは今も昔も一緒なんだなと感じた。
最後に、俺は写真を見ながらぽつりと呟いた。
「……またいっぱい、写真撮ろうな」
澄晴は、俺の方をまっすぐ見てにこっと笑った。
「うん!」
その笑顔は、すべてを失っても、失われなかったもの。
この場所に、ちゃんと残っていた。
その笑顔につられて、俺の口角も上がる。
俺たちのもとにまた、太陽が昇った瞬間だった。
これから、また新しい日々が始まる。
だがまた、20年後に澄晴を失ってしまう。それが神様に決められた運命だ。
でも、記憶がなくてもいい。五感がなくなってもいい。
もし、俺たちのことをさっぱり忘れて、今の澄晴が消えてしまっても。
俺たちは、何度でも____澄晴と出会い直す。
何があっても、こんなに素敵な親友を手放したくないから。
だから、これからも一緒に。




