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第10話 まだその声を聞きたかった

 ―佐野凌太(さのりょうた)視点―


  2026年6月14日


 澄晴(すばる)の病室で、誕生日を祝った。

 部屋には風船もケーキもないけど、澄晴は笑ってた。“今日が最後”みたいな顔をして。

 ……そんなの、認められるわけないだろ。

 だから、俺たちは3人で決めたん。絶対に”今日が最後”なんかにさせないって。

 その決意を込めて、またTシャツをプレゼントした。

 今度は、和樹(かずき)が描いた俺たち4人の似顔絵がプリントされたやつ。

「また見えるようになったら、着てもらうために」

 そう言った和樹の声が、少し震えていた。

 ……言ってる本人が、一番信じたかったんだと思う。

 その声に対して澄晴は、ちゃんと笑ってくれた。

「ありがとうな! 元気出るわ!」

 もう、目が合うこともない。

 手が触れても、何も感じない。

 でも、声だけで、あいつはちゃんと笑ってた。

 俺たちが大好きな澄晴の笑顔だった。

「なあ、今何時?」

 急に澄晴が尋ねる。

「9時38分」

 恭弥(きょうや)が答えた。

「おっけー! ありがと」

 なんで時間なんか気にしてんだよ。

 でも、澄晴は微笑んでいた。

 まるで、何かを悟ったような、覚悟を決めた人の顔だった。

「突然ですが、クイズです! 俺は何時何分に生まれたでしょうか!」

 唐突なクイズに、俺たちは苦笑いしながら答えていく。

「えっと…夜の7時とか?」

「違いまーす。もっと早いし細かい」

「早いし細かい!?……じゃあ、14時50分」

「ああ、うん。違う」

「今の間何だよ。ヒントは?」

「うーんとね……午前中だよ!」

「午前中?……6時49分」

「それはちょっと早すぎるな」

 この後も何個か答えた。でも、この難問に対する正解は出なかった。

「もう分かんないから正解教えてよ」

「仕方ないなぁ。正解は……9時58分でした!」

 すると、恭弥が壁掛け時計を見た。

「え、もうすぐじゃん」

 恭弥がそう言った瞬間、空気が変わった。

 澄晴の声が、少しだけ震えた。

「そう、もうすぐ……今、何時だっけ?」

「えっと、9時……56分」

 和樹の声が、か細くなっていた。

「じゃあ、あと2分か」

 誰も何も言えなくなった。

 空気が、音が、呼吸が___全部、張り詰めていた。

 あと2分で、澄晴は音を失う。

 視覚も、触覚も、味覚も、嗅覚も、全部もう失ってる。最後の聴覚までもが、この世界から消えてしまう。

「俺、皆と出会えて良かった。今日まで一緒にいられて、良かった」

 澄晴が、静かに涙を流していた。見えないはずの世界で、俺たちの顔を思い出すように。

「楽しかった。全部、大切な……俺の一部で____本当は、忘れたくない。消したくないよ」

 その言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。

 ……なんで、あいつがそんなこと言わなきゃいけないんだよ。

 9時57分。

 時計の秒針が、カウントダウンを始める。

 俺は、心の中で叫んでた。

 止まれ。止まってくれ。お願いだから。終わらないでくれ。消えないでくれ。

 だけど、時間は無情だった。

「澄晴、俺らはずっと覚えてるから。ちゃんと澄晴のこと忘れないから。消してやらねえから」

 やっとの思いで、声を絞り出した。

「……嬉しいな。生きてて良かった」

 その表情はとても穏やかで、後悔なんてないという澄み切った顔だった。

 それが、澄晴の最後の言葉だった。

 後悔さえあれば、まだ澄晴は”声を聞きたい”って思ったかもしれない。

 まだ、俺たちの声が聞こえたかもしれない。

 しかし、時刻は9時58分になった。

 次の瞬間、涙が止まった澄晴は、そのまま静かになった。

「……澄晴。ねえ、澄晴?」

 和樹が呼びかける。

 ____だけど、澄晴はもう何も聞こえていない。

 心臓は動いている。呼吸もしている。目も開いている。

 ……でも、澄晴は、もういないみたいだった。

「澄晴、何か言ってよ……澄晴……」

 恭弥の声が震えていた。

 俺も、もう限界だった。

 どんな言葉も、どんな感情も、この喪失には敵わない。

 大粒の涙が頬を伝って流れてきた。

 俺たちは、声を押し殺して泣いた。

 3人で、崩れるように、澄晴のそばで泣き続けた。

 俺たちの太陽が沈んだ。

 一緒に美味しいものを食べとけばよかった。

 それをいい匂いだって言いながら、食べればよかった。

 お化け屋敷に入った時みたいに、澄晴にもっと触れておけばよかった。

 その時は、くすぐったい、暑苦しいって言われたけど、それが言えるうちに「怖いの無理だから」って言ってくっつけばよかった。

 4人で絶景でも見に行って、記念写真を撮ればよかった。

 それを動画に残して、きれいな思い出にすればよかった。

 もっと話せばよかった。

 俺はもっと、澄晴と、この4人で喋っていたかった。

 俺たちは、「ありがとう」も、「さよなら」も、ちゃんと伝えられなかった。

 それでも、澄晴が最後に笑ってくれたことだけが、せめてもの救いだった。

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