表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第9話 この世界が終わるまで

 ―小鳥遊澄晴(たかなしすばる)視点―


  2026年6月13日


 大学も辞めて、ベッドの上で過ごす毎日。

 やっぱり、両親は来ない。

 俺の病気を恐れ、未来に絶望したから。

 この病気が分かったのは、乳児検診の時だった。

 生まれて間もない俺に、”20年周期型人生リセット症候群”という現実味のない病気があることを知った時、両親はきっとこう思っただろう。

 まるで、何度も”死ね”と言ってるみたいじゃないか。

 五感が消えること、つまり、ひとりで生きられなくなるということ。

 記憶が消えること、つまり、これまでに形成された人格を消すこと。

 命をかけて産んだ子にこんな残酷なことを言われて、苦しくないわけがない。それくらい、ふたりは優しい人たちだから。

 俺は物心ついた時には言われていた。

「高校を卒業したら大人だから、もうここには帰ってこないでね」

 そう言ったのがこの病気のせいだったって気がついたのは、つい最近だ。両親は俺のこんな姿を見たくなかったから、追い出したのだと。

 俺がふたりの立場だとしても、同じように考えると思う。だって、介護が必要な上に、大切な人に忘れられてしまうのだ。跡形無く。そんな悲しいこと、他にない。

 だから、俺もふたりに会いたくない。


 こんな状況だけど、3人は毎日のように会いに来てくれる。

 俺はただ寝てるだけ。

 でも、彼らの声がするだけで、安心する。

「凌ちゃん昨日バイト嫌がってたんだよね。澄晴と会う時間が減っちゃうよ……って」

「おま、それは言うなって言っただろ!」

「またまた〜ほんとは言ってほしかったくせに〜」

「ああ、うるせぇ……おい、澄晴も何か言えよ!」

凌太(りょうた)は寂しがり屋さんだもんなぁ」

「は?違うし!」

 何も見えない。

 何も触れられない。

 何も匂わない。

 何も味がしない。

 でも、音だけが、俺のすべてだった。

 誰がどこで笑ったのか。

 誰が今、何を考えてるか。

 そんなことまで聞こえてきそうなくらい、耳だけが異様に冴えていた。

 でも、それももうすぐ終わる。そう思うと、眠るのが怖かった。

 目を閉じて、朝を迎えて、何も聞こえなかったらどうしようって。

 耳元に少しでも音がすると、「まだ大丈夫だ」って思える。

 音が、今を生きている証だった。


「小鳥遊さん、目閉じますね」

 夜の静かな部屋に、男性看護師の落ち着いた低い声が、今日も耳に届いた。

「ありがとうございます……あの」

「はい。どうしましたか?」

「明日って……14日ですよね」

「そうですよ」

「……1つ、お願いがあるんですけど」

 俺は、1人ではできないことを看護師さんに頼んでから眠りについた。


 2026年6月14日


 衣擦れの音。

 カートの車輪が床を転がる音。

 誰かが微かに咳払いする音。

 心拍計のリズム、看護師さんの呼吸。

 誰かの心音。

 今日はいつも以上に耳が冴えている。その音の全てで、朝が来たんだなって分かった。

「小鳥遊さん、おはようございます!」

「おはようございます」

 声がかすれていたけど、ちゃんと返せた。

「じゃあ、着替えましょうか。体、起こしますね」

 看護師さんに支えてもらって、去年3人からもらったTシャツを着せてもらった。

 一番大事にしてた服。

 今日が、着るタイミングだと思った。

 そう、今日は___。

 看護師さんが病室を出て行った直後、遠くの方から、聞きなれた3人の声が聞こえてきた。

 歩く足音、笑い声、少し息を切らしたような声。何も見えなくても分かる。あの3人が今日も来てくれた。

 病室の前で、誰かがノックした。

「どうぞ!」

 ドアが開く音。ドアノブの微かなきしみ。足音がこちらに向かってくる。そして、

「これ誕生日にあげたやつじゃん!」

 和樹(かずき)の元気な声。

「やっぱ似合うな」

 恭弥(きょうや)の穏やかな声。

「それ着てるのあんまり見たことなかったから捨てたのかと思った」

 凌太のちょっと拗ねたような声。今日は素直に言ってくれる日のようだ。

 俺は、病室で出せる最大の声で返した。

「捨てるわけないでしょ? ただ、汚したくないなって思って、なかなか着れなかったの!」

 すると、凌太が笑いながら返す。

「じゃ、今日は汚したい気分なんだ」

「違う違う! そういうことじゃないから!」

 みんな、笑った。

 ……いつもの、あの空気だった。

 くだらない小競り合い。

 心の中では、出会ったばかりの頃みたいに笑い合っている4人のシルエットが見えた。

 本当にしょうもないけど、俺にとって、大切な時間。大事な思い出。

 今朝、担当医には「おそらく、20歳になった”瞬間”に聴覚もなくなるでしょう」と言われた。

 こうして、“終わりの日”が始まった。

 神様、あと少し、少しでいいから、俺に時間をください。

 この尊い世界の音を体中に響かせたいから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ