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5・強襲~口論と契約

なんとかかんとか、第5回目ですよ。

今回も書き始めたら、あっという間でしたが、書くための時間がなかなか確保できず、大変でした。

書いてる最中は楽しいんですが、後からの誤字脱字の修正とか大変で……今回もお楽しみ頂ければ幸いです。


※(改)とある場合のほとんどは、誤字脱字、読み難さ部分の修正です。内容に影響のある変更が行われた場合は、ここに加えて、活動記録などでも報告します。投稿後、一週間ほどは、誤字脱字、読みやすさ等の修正が多く発生しますが、内容の変更はほぼありませんので、ご安心下さい。

神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)ッ!」

断界空(セテラ=オムニ)双掌壁(ア=エキスタ)ッ!」

 瞬間、周囲の全てが突き刺さるような閃光せんこうに包まれた。

 

 ぶっきー(あるじ)の声に集中して耳を傾けるおーちゃん(災厄)。今日は、ここしばらく週に1~2回のペースで「読み聞かせ」していた小説の内容が、いよいよ佳境クライマックスを迎えつつあった。

 大きく深呼吸したぶっきー(あるじ)は、ページをめくって、朗読ろうどくを続ける。

 

 激突した魔力が、地面を沸騰ふっとうさせ、幾重いくえにも同心円状どうしんえんじょうに連なる衝撃波しょうげきはを巻き起こす。

 エーゲルナル平原の木々の半分は最初の熱線を浴びて瞬時に燃え尽き、次の衝撃波しょうげきはで平原にあるもの全てが燃え吹き飛ぶ。

 地面がめくれ、はなたれた熱で残された木々も燃え上がって消え、岩も地も、飴細工あめざいくのようにける。

 けた地面が衝撃波しょうげきはに乗り、地津波じつなみとなって周囲を襲う。

 フィーティアも、デルガきょうも、レップを抱えたメイナも、二人の戦いの生み出す、熱や衝撃波しょうげきはから身を守るために、全力を尽くさねばならなかった。

 手出しどころか、二人の戦いをまともに見る事すら難しい。

 周囲に無数に居たゲルン兵は、消え果てている。

 あまりの熱で焼尽やきつくされたか、衝撃波しょうげきはでどこかに吹き飛ばされたか、地津波じつなみに飲まれたかしたのだろう。

「ぬううううううぅ!!」

「うおおおおおおぉ!!」

 双方の術が拮抗きっこうする。

 気を許せば、一瞬で消し飛ぶ状況の中で、ナイトは、この魔力の激突に勝機しょうきを見出し、不敵ふてきに微笑む。

 が、しかし、そこから前に出ようとはせず、断界空(セテラ=オムニ)双掌壁(ア=エキスタ)を維持する。

 もはや音ではない、破壊的な圧力が周囲を満たし、遥か彼方の王都レファンに至るまで、戦鼓せんこの如く、二人の戦いを告げる音撃ソニックブームとなってひびきわたる。

 激突からしょうじる光は、熱となって、周囲を焼き尽くすだけではき足らず、平原の北にひかえるエンダーの山頂いただきにあった氷河を溶かした。

 溶けたそれは、土石流となり、ゲルンのとりでに襲い掛かる。

 二人の魔力の激突が、フィーティアら三人と一匹以外の全てを焼き尽くし、かし、容赦なく吹き飛ばしていく。

 エーゲルナル平原を丸くえぐり、その中にあったもの、ほぼ全てを煉獄れんごくに叩き落とした頃、ついにグラファガンが放つ神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)の勢いがおとろえ始めた。

「ぬううううう!!」

 グラファガンは、歯を食いしばりながらも、暴龍ゲファルガスタをおのれの前に進ませる。

 これで己の術の破れたときも、ゲルファガスタが盾となる。そうすれば…

 …だが、ナイトの断界空(セテラ=オムニ)双掌壁(ア=エキスタ)は、神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)を押し潰すことも…その先に立つゲルファガスタを、焼き尽くす事はなかった。

 ただ、極大魔術の生み出す破壊力を、その双掌そうしょう…両の手のひらに受け止め、受け流し、消し去っているだけなのだ。

「……な!?」

 グラファガンは、ナイトが何かを企んでいる事に気がついたが、ここで神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)を止めるわけには行かない。

 今、自分を流れている魔力の激流を、急に止める事は出来ないのだ…おとろええ始めたとは言え、その膨大な魔力を止めることなど不可能だ。

 もし可能だ(できた)としても、その瞬間、体内に逆流した魔力で、自分の体は破裂し四散してしまうだろう。

 やがて、グラファガンの両手から放たれていた光の奔流ほんりゅうが尽き、最後の光の粒が、エーゲルナル平原であった焦土しょうどの空にシャボンのように飛び、にじんで消える。

 ナイトは歯を剥いて笑う。

「このまま、ゲルファガスタを殺して欲しかったところだろう…だが、そうは行かねえ!」

 ナイトは、何かを振りほどくように腕を振って、続ける。

「貴様の筋書き(シナリオ)通りには、行かねえんだよ!!。」

「き…きさ…」

 貴様、と言い放つ前に、グラファガンは、よろめいて膝をついた。苦悶くもんの声もえに。

 夏の犬のごとく、短く浅い呼吸を繰り返す。

 時々、深呼吸しようとするものの、胸に激痛が走り、うまく呼吸が出来ない。

「うぐ…」

 あまりに膨大な魔力を体に受け、それを神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)として放ったため、一時的に、とはいえ、魔力臓器(マギカ=オルガ)が焼き付いたのだ。

 体のダメージが大きすぎる。治癒魔法コラティオが追いついていない。

 ナイトは、ゲルファガスタと、その頭上に立つグラファガンを指差す。

「お前の力の源…暴竜…ゲルファガスタの秘密は、俺が暴いてやったぜ!?、嬉しいだろう!?」

 二つの術の衝突を耐え抜いたフィーティアら三人が、ナイトのところにび集まってきた。

 今のナイトの言葉を聞いて驚く。

「ど、どういう事?!」

「ナイト様、それって?!」

 ナイトは三人の方を振り向く。

「無事か…まあ、お前らなら当然だな」

「…心配してた素振りくらい、見せてくれてもいいじゃん!」

 デルガきょうが身を乗り出し、不満げなフィーティアや、黙ってふくれっ面でレップを抱えたままのメイナを押しのけて、ナイトに問いかける。

「な、ナイト殿…ゲルファガスタの秘密を暴いたとは…一体?!」

「ああ!」

 ナイトは再度、グラファガンに向き直る。

「グラファガン!、お前の、無限の力の源『暴龍ゲルファガスタ』の正体は、転移者たちの集積体しゅうせきたい

 飛剛竜アルムドゥーゴン魔力臓器(マギカ=オルガ)に、転移者たちを詰め込んで、元の世界に戻るための次元力じげんりょくを吸収する…

 転移者たちから力を奪い取り続ける術を施した、次元力収奪装置ディメンジョナルパワーユニットだ!」

 それを聞いたデルガきょうは、ナイトとゲルファガスタの両方をわるがわる見て、愕然とする。

「そ!…あれは…そんな…まさか…!」

 一方、それを聞いたグラファガンは、立ち上がれぬままに、歯を食いしばり、浅い息を繰り返しながらも、目を向いてナイトをめつけ、憤怒ふんぬ苦悶くもんの声を上げた。

「うう…ぬ…ぬうううぁッ!」

 ナイトは、グラファガンを改めて指差して、歯を剥いて笑い、そして叫ぶ。

「俺の誓いは、天の上にも地の底にも届かねえ…だから俺は…俺に誓って、お前を、倒すッ!」


 ぶっきー(あるじ)は、ここまで読むと、大きく深呼吸をする。

「ぷひー」

 大きく息をついて、本をテーブルに伏せた。

「今日は…ここまででいい?」

 おーちゃん(災厄)が、ちょっと残念そうにだが、首を縦に振る。

「うん!、うん!、ナイトの決め台詞出たし、クライマックスだから、もうちょっと聞きたいけど、全部聞いたら…終わっちゃうし!!」

 今日、ぶっきー(あるじ)おーちゃん(災厄)に読み聞かせていたのは、おーちゃん(災厄)自身が、読んで欲しいと買ってきた、ラノベの中の一冊。『転移者が次々行方不明になる世界で、俺ひとりだけが勇者になった!』だ。

 身も蓋もない、しかも長い題名だな、と、コウガは思ったが、ラノベ=ソシャゲと呼ばれる物語の分野の一つで、全盛期に出た作品は、だいたい、そういうものらしい。

「うーん、次が楽しみー!!、どうなっちゃうんだろう!?、あーん!、気になるー!」

 おーちゃん(災厄)は、自分が座っている専用の座布団を掴んだまま、興奮で体を前後に揺すっている。

 自分で本を読むのは嫌いだが、本の読み聞かせ…朗読ろうどくを聞くのは、大好きらしい。特にぶっきー(あるじ)のそれを聞くのが。

 一方のぶっきー(あるじ)は、朗読でよほどの体力を使ったのか、そのまま横たわって、ぐたっと伸びている。

「ぶっきー、疲れた?、大丈夫?」

「んんー、クライマックスは読むの疲れるー、たいへんー」

 おーちゃん(災厄)は、テーブルの上のマグカップを取ると、ぶっきー(あるじ)の方に置き直す。

 読み聞かせが始まる前には熱かったコーヒー牛乳は、今はもうすっかり冷めていた。

たいぎ(大義)であったぞー!、よはまんぞくじゃー」

 それから、今度は体を横にゆすりだす。

「ホント、ぶっきーのコレ(朗読)が無かったら、もう、世の中の楽しみの半分くらいがなくなっちゃうんだからー。ありがとー!」

 ぶっきー(あるじ)がノロノロと体を起こす。

大袈裟おおげさだなぁ」

大袈裟おおげさじゃないよー、部活でも、この時期、全然泳げなくて、つまんないし、ゾンビも、でろでろも、相変わらずだし、家に帰ってもやる事って言ったら、宿題くらいしかないし。

 ほんと、お小遣いの日と、ぶっきーに読んでもらう小説だけが楽しみなんだから!」

「…やっぱ、お小遣いの日は大事?」

 ぶっきー(あるじ)が笑う。

「もっちろん!、大事だよぉ!!、すッごい大事!!」

 二人は声を合わせて笑う。

 笑いの一段落ついた後、コウガは少し神妙しんみょうな面持ちで口を開いた。

「ところでぶっきー(あるじ)よ……」

「ん?、何、コーちゃん?」

 振り返ったぶっきー(あるじ)は、真面目な顔で問いかけてきたコウガに驚く。

「?、どうしたの?」

「この物語で出てくる、おそらくじゅを操るための、言葉は、これは一体なんなのだ?」

 ぶっきー(あるじ)おーちゃん(災厄)は顔を見合わせた。

「言葉?」

 少し考え込んでいたぶっきー(あるじ)は、気がついた様にコウガを見る。

「ああ、呪文じゅもんのこと?」

「じゅもん?」

 ぶっきー(あるじ)は、伏せてあった本をひっくり返して指差す。

「そう、呪文。小説の中とかの登場人物キャラが、魔法とか使う時に、唱えなきゃならないのが呪文。

 本の中には、コーちゃんみたいに呪文を唱えなくても、魔法が使える登場人物キャラも居るけど、だいたい唱えてるよね。

 どんな呪文を使ったか、分かりやすいし!」

「ふぅむ…その本を見せては頂けぬか?」

「読むの?、はい」

 コウガは、ぶっきー(あるじ)が差し出してくれた本を手に取り、呪文の部分を抜き出して読む。

「ふむ…神魔煌輝(マギア=サクラ)鵬壊撃(=フォルテシマ)治癒魔法コラティオ浮遊魔法フルタンス炎雷撃フルグリニアム…ふむぅ…」

 ぶっきー(あるじ)おーちゃん(災厄)は顔を見合わせる。

「コーちゃん、どうしちゃったんだろう…?」

 おーちゃん(災厄)が、小声で話す。

「私も、あんな真剣な顔のコーちゃん、初めて見たかも」」

 ぶっきー(あるじ)もまた、驚いたような顔で見つめる。

 その後、二人は、いつもどおり色々な本を引っ張り出して感想を話したり、今日の事を笑いながら話したりしたが、コウガはその間もずっと、小説の中の呪文に掛かりきりだった。


 おーちゃん(災厄)が家路につき、夕食の終わったあとも、コウガは、小説の中の呪文をずっと調べ続けてた。

 宙に浮きながら、時にフローリングに寝転び、時にテーブルの上に乗って、注意深く読み進め、時に深呼吸してまた読み進める。

 寝る前のひととき、宿題も復習も一段落したぶっきー(あるじ)は、机の椅子に座ったまま、衣装棚の上のモニタでアニメを見ている。

 パジャマに着替える前のこの時間は、だいたいピンクのスウェットと、灰色のドルフィンパンツ。色は日によって変わるが、暑くも寒くもないこの時期は、だいたいこの格好だ。

「コーちゃんさ、なんで小説の呪文のところだけ、ずーっと見てるの?」

 ぶっきー(あるじ)が、コウガの方を見て尋ねる。

 コウガは、テーブルの上に置いて読んでいた小説から目をはなし、ぶっきー(あるじ)の方を見た。

「…うむ、この、彼ら…作中人物キャラクターじゅを扱うに当たってもちいる、呪文じゅもんと呼ばれるもの…

 これは、非常に興味深い…我のじゅすにも、大いに参考になる」

「ええ?!、コーちゃん、あんなにすごい事できるのに!?」

 椅子から少し身を乗り出して驚くぶっきー(あるじ)

「…ぶっきー(あるじ)よ、我にとって、じゅを操ることは、耳目じもくで周囲を見聞みききし、手足をって動くのと同じ。

 我のる中で、自然な事であって、そこに何の苦労もない。」

 コウガは、手にしていた小説を指差す。

「しかし、これら物語の、作中の登場人物キャラクターたち…ほとんどの登場人物キャラクターは、そうではない。

 じゅを学び、呪文じゅもんという形で扱う事を知る。

 そして、使いこなせるように、修練しゅうれんしていく…これは、非常に興味深いことだ。それに…」

「それに?」

われの、現界うつしよでのじゅの扱いに、役立つやもしれぬ。」

 ぶっきー(あるじ)小首こくびかしげる。

「コーちゃん、今、呪文じゅもんとなえなくても、魔法…じゃなくて『自由にじゅが使える』って、言ってたじゃない?

 私も凄い魔ほ……じゅを使うの、何度も見てるし。

 なのに、なん呪文じゅもんが役に立つの?」

 コウガは、ぶっきー(あるじ)の机の上に降り立つ。

「ハッキリ言えば、ぶっきー(あるじ)よ、契約けいやくの…ぶっきー(あるじ)との契約けいやくもたらした、過大かだいな力のためだ。」

 ぶっきー(あるじ)は驚いて、コウガを見る。

契約けいやくって?、コーちゃんと私の?!」

然様さよう契約けいやくによって、われもたらされた力が、あまりに強すぎるのだ。」

「強すぎる?、の?」

「いささか……それに、今も、この力は増大ぞうだいし続けている……」

 コウガは、少しうつむく。

「我の力は、この現界うつしよにあっては、あつかいに困るほど強い。

 げんに、以前、駅前の公園で外界獣げかいじゅう相対あいたいした時も、我自身われじしんじゅの強さに驚いたほどだ…」

「…そうだったんだ…」

 ぶっきー(あるじ)の方を振り向いて続ける。

われに必要なのは、我がじゅの力を適切に制御する…おさえる手段。」

「それで、呪文じゅもんが必要なの?」

 コウガは、うなずいた後、しゃがんで本を手に取る。

ぶっきー(あるじ)の読む本…ラノベ=ソシャゲに、よく見られるこれら呪文じゅもんが、果たして、我の役に立つかは分からぬが、しかし、試す価値はある。

 そも、今のままでは、用に対して、現界うつしよに与える、余計な影響が大きすぎる…そうだな『隣の家を尋ねるのに、月ロケットを使うようなもの』なのだ…」

 ぶっきー(あるじ)は、椅子から降りて絨毯の上に座ると、コウガの立つテーブルの上に身を乗り出した。

「ふぅん…でさ、でさ、呪文って、どんな呪文にするの!?」

 『コウガは、どんな呪文じゅもんを使うんだろう?』。そんな期待からか、ぶっきー(あるじ)は目を輝かせている。

 ぶっきー(あるじ)の姿を見て、コウガは、はにかんで微笑む。

「ふむ、例えば…」

 縫いぐるみの様な両腕を前に出し、手のひらを広げる。その手のひらで、何かを包むようにして、コウガは呪文じゅもんを試す。

輝光源ライトボール

 小さな破裂音と共に、コウガの手のひらの間に閃光が走り、部屋中が強力な投光器とうこうきに照らし出されたような、部屋の中に太陽が出てきたような…そんな強烈な光で満たされる。

「わ!?」

 ぶっきー(あるじ)は、あわてて手で目をおおい、顔をせる。

「コーちゃんまぶしい!、まぶしいって!!」

 コウガはじゅくと、ため息を付いた。

「び、びっくりしたー…コーちゃん、今の、うまく行ったの?」

いや、残念ながら…やはり…難しいな。じゅを…ふむ、じゅ簡略化かんりゃくかし、現界うつしよの言葉に移し、練り込み…」

 そんなコウガを見て、ぶっきー(あるじ)が声をかけようとした瞬間…突然コウガは、窓の方を振り向く。

 数瞬すうしゅん遅れて、駅前の方で何かが、雷が落ちたかのように光る。

 何が光ったのかは、建物の影でわからない。

 それに数秒遅れて、窓が一瞬だけ空圧くうあつさぶられ、ついで地震のような揺れで、部屋が一瞬だけ上下する。

 ぶっきー(あるじ)は、窓の方を振り向く。

「今の何?!、何?!…すごい変な!!、変な感じ!!」

 コウガはぶっきー(あるじ)の言葉に違和感を感じたが、今は突然現れた危険な『存在モノ』の気配の方が重要だ。

外界獣げかいじゅう…か、それに近いものが、駅の近くに現れたようだ…かなり強い。」

「行くの?」

無論むろん。」

 ぶっきー(あるじ)は、着ているスウェットの裾を引っ張った。

「でも私、コーちゃん、私こんなだよ?、それにもう夜遅いし!、勝手に外に出たら、私叱られちゃう!」

 当然、コウガに付いていくつもりのぶっきー(あるじ)に、コウガは心の中で頭を抱えた。危険に近づけたくはないのだが。

「致し方あるまい…」

 コウガは、ぶっきー(あるじ)の額に、自分の額で触れる。シロの…南口第三公園の時も施した、お互いの声を届けるじゅだ。

 それから眉間に左手の指を当て、わずかに考えてから、ぶっきー(あるじ)の方にぐように指を振った。

隠身セラーレ

 そして、もう一回指をぐ。

 ぶっきー(あるじ)の右の下腕が、突然光り始めると、スウェットを通り抜けて、青緑の幾何学模様きかがくもようを編み込んだ、光る帯のようなものが現れる。

 コウガの契約()体を包む、帯のようなそれと同じだ。

「え!?、うわ?!」

「以前、箱の中の世界におもむいた時にけた、緊急脱出…む…守護結界呪?、そのようなものだ。

 これでぶっきー(あるじ)浮遊させ(浮かべて)連れて行く。」

 その光の帯は幅と数を増し、ぶっきー(あるじ)を囲むような…回転する三つの帯となった。

 昔の図鑑に載っていた、電子の軌道みたい…ぶっきー(あるじ)は、頭の中で一瞬そんな事を考えたが、それは次の瞬間の驚きで、あっという間に流れ去った。

 体が浮いたまま、窓の外に引っ張られていく。

「わぁ!?」

 窓の外に飛び出すと、そのままコウガとともに夜の街を飛びだす。

ねんためだ。」

 コウガは振り返ると、指にじゅを込める。

 そしてやはり少し考えてから、振り返って部屋に向かって指をいだ。

偽装体シムラティオ

 部屋の中には、コウガとぶっきー(あるじ)が現れた。

「あれ?!、私とコーちゃん?!」

 驚くぶっきー(あるじ)

「帰ってくるまで、我らの代わりを務めてもらう。簡単な応対もできる。見破られ(バレ)ることはない。」

 コウガにとっては、以前《審美眼》と相対あいたいしたときに、封呪界の中でデコイを作り出した時のじゅの応用だが、ぶっきー(あるじ)は、初めて見るのだから、驚くのも当然だろう。

 それから二人は、空高く舞い上がる。

 ぶっきー(あるじ)は、こんな街は見たことがなかった。

 空から見る夜の街は、今まで見たどんな夜景やイルミネーションよりも幻想的で、信じられない光景だった。

「わぁ…」

 自分が空を飛んでいるという興奮すら忘れ去るような、街の夜景の美しさに飲まれる。

 両親との旅先で見たイルミネーションや、観光地の夜景に比べれば、地味でさみしい光景だ。

 でも、普段見慣れているはず街が、見る場所と時間が違うだけで、ここまで綺麗きれいに見えるものなんだろうか…?

 ぶっきー(あるじ)は、コウガに引っ張られるように夜の街を飛びながら、そう思った。

 再び光が走り、一瞬遅れて衝撃が訪れる。空気の壁のようなものを突き抜ける。視線をコウガの行く先…駅前の方に向ける。

 断続的だんぞくてきに聞こえてくる、重いものがぶつかり合う、鈍い音。

 近づくに連れて、大きくなる。

 駅前から伸びる南中央通り、南口商店街(アーケード)から、少し離れたあたりに、騒ぎの中心があった。

 周囲は人だかりができているが、地震で出来たような地割れやめくれ上がった舗装、ひしゃげたガードレールや電柱もあり、野次馬も、そこそこの距離にしか近づけていない。

 その中で人間?…男?と巨大な何かがあらそっていた。

「…まったく」

 コウガはあきれて、溜息ためいきをつくようにつぶやく。

ぶっきー(あるじ)よ、降りるぞ」

 そう言うと、二人は、ゆっくりと地上に降りていく。

「空から突然降りて大丈夫なの?!、見られたら大変じゃない?!」

 あわてたぶっきー(あるじ)が、そう言うと、コウガは事も無げに答える。

「問題ない。我らの姿は、余人よにんには見えぬ。少なくとも現界うつしよの、ほとんどの者には。

 無論、『映像えいぞう』とやらにも、映らぬ、残らぬ。」

 そしてぶっきー(あるじ)は地上に降り、コウガもいつもの高さまで降りてきた。

 確かに、人混みの目の前に降り立ったのに、誰も気がつく様子はない。

 それでもぶっきー(あるじ)は、ドルフィンパンツのヘリをつかんでシワを伸ばし、スウェットのすそつかんで伸ばして、恥ずかしくない程度に…見えたら困るところが、なるべく見えないようにする。

 路上では一人の人間…男と、その数倍…3~4メートルはありそうなヒグマのような、毛のない筋肉質のバケモノが組み合っている。シロと違って上半身らしき部分には巨大な腕、下半身には短く筋肉質の足があり、尾はない。

 首は太すぎて頭と区別できず、円錐えんすい形に近く、目鼻の代わりに、オレンジの光を放つ切れ込みが何箇所なんかしょか入っている。体にもだ。

 その姿は、どう見ても現界うつしよの動物ではない。

 アニメやマンガで登場するような、現実離れした怪物。

 それは、ぶっきー(あるじ)にも、この世のものではない存在、外界獣げかいじゅう…あのシロと同じ…だろうと感じさせた。

ぶっきー(あるじ)よ…良いか?」

「え!?、あ、うん!!、良いよ!!全開フルアクセルで!!」

 突然コウガに言われて、少し慌てたものの、ぶっきー(あるじ)は、コウガが全力を出す事に、同意する。

「御意!」

 光輪が現れ、コウガは縫いぐるみのような体…拘束こうそく体から、契約()体に戻る。

 そのまま地面に降りたコウガは、男と外界獣げかいじゅうの戦いに目を向ける。

「もう少し、静かにできんのか…?」

 片膝をついたコウガは、右の拳でアスファルトの地面に触れる。

 と、周囲の野次馬が消え失せる。

 コウガとぶっきー(あるじ)、そして路上で争う一人と一体以外の全ての色が、青と白と黒のモノトーンに変わる。

 これ以上被害を広げないため…騒ぎを大きくしないために、封呪界を展開したのだ。

「まったくって…暴れるにしても、相応の気遣いが必要だ」

 外界獣げかいじゅうと組み合っていた男は、おのれの数倍はあろうかという、その青白い巨体をつかみ持ち上げると横殴りに投げ飛ばす。

 爆発音のような音と、衝撃が響く。外界獣げかいじゅうを叩きつけられた封呪界の地面が砕け、飛び散る。

 散った大小の破片の幾つかがぶっきー(あるじ)にも向かう。

「きゃ!!」

 が、ぶっきー(あるじ)を囲む光の帯が即座に反応し、太さと明るさ、回転速かいてんそくを増し、全て弾き飛ばす。

 外界獣は、太い咆哮ほうこうとともに立ち上がり、ゴリラをさらに極端にしたような、アンバランスな上半身の左手を付いて、右手を振り上げる。

 目のない頭を男の方に向け、そのまま腕を振り下ろす。

 肘を曲げ両腕を前に出し、少し腰を落とし気味にした、ボクシングのブロッキングの様な姿勢をとった男は、けもせず、外界獣の振り下ろした腕の直撃を受ける。

 男は路面に沿って真横に吹き飛ぶが、姿勢は変わららない。足を踏ん張って、体を止め、身をよじって、再び外界獣げかいじゅうを正面に捉え、足を蹴り出す。

 男の体も、よく見れば、人間離れしてアンバランスだ。

 ぶっきー(あるじ)の腰ほどもある腕、その先についた巨大な拳、腕を支える肩は巨大で太く、それが、何故なぜやぶれも千切ちぎれもしない、古風こふうなダブルのスーツの中に収まっている。

 足腰も相応に太く、その巨大な上半身をささえるのに十分な重心を感じさせる。

 真正面から突っ込んだ男は、その一歩一歩の加速で、外界獣げかいじゅうの再び腕を振り上げるより速く、そのふところに潜り込むと、左足だけで跳躍し、自分の背丈ほどの位置にある外界獣げかいじゅうの腹を深くり上げる。

 にぶつぶれるような音。

 外界獣げかいじゅうは、口から破裂するような咆哮ほうこうと、白い何かを撒き散らす。

 しかし、すぐさま体制を立て直し、男をつかみ上げると、そのまま地面に叩きつけた。

 さらに、叩きつけようと男を掴んだまま腕を振り上げる。

 男は、自分を掴んだ外界獣げかいじゅうの指…二本の親指の間に腕をねじ込んで、無理やり引きはががす。

 それでも、叩きつける動作を止めない外界獣の腕にしがみつき…いや、両手両足で挟み込む。

 外界獣が、その拳を地面に叩きつけても離れない。

「ぬおおおお!!!」

 歯の間から苦悶くもんに近い叫びを上げながら、男は全身の筋肉をしぼり上げ、外界獣の左肘を全身で逆関節にひねる。

 外界獣も咆哮ほうこうを上げながら、男を二度三度と地面に叩きつけるが、それでも男は全身ではさみ込んだ肘をひねり続ける。

「があ!」

 肺から飛び出したような叫びとともに、不気味な低い音が響き、外界獣の左の腕があらぬ向きにじれ曲がる。

 激痛に耐えかねた、外界獣げかいじゅう咆哮ほうこう絶叫ぜっきょうの様な叫びが続く。

「うおおおおおお!」

 動きの鈍った外界獣げかいじゅうを、男はその両手両足で、上に、下に、右に、左にと、なぐり、たたき、る。

 男の打撃のたびに、だんだんと動きの鈍くなっていく外界獣げかいじゅう

 やがて、自分の体すら支えられなくなったのか、よろめいて地面に両膝を着いた。

 前屈まえかがみとなって、倒れす寸前だ。

 男は、その、首と区別のつかぬ先丸円錐さきまるえんすいの様な頭の上に、組んだ手を振り上げ、それをなたのように渾身の力で振り下ろす。

「ぬぅああ!」

 爆発のような音と衝撃。

 外界獣げかいじゅうの上半身が深く地面にめり込む。その、先丸円錐さきまるえんすいような頭の後頭部こうとうぶは、男の組んだ手の大きさでへこんでいる。

 ……だが、それでもまだ、自由になる右腕で体をささえ、立ち上がろうとする。

 とぎれ途切とぎれの。低いうなり。

 男は、大きく上半身をひねり、両足を踏ん張って力をめると、外界獣げかいじゅうの頭に、真正面から右の拳を打ち込んだ。

 外界獣げかいじゅうの頭がひしゃげる。頭の、とうの光を放つ切れ込みが一つ、大きく割れて、中の光が消える。

 今度は、声一つ上げることなく、たおした。

 そして、その巨体は、風呂の底の栓が抜けたように、ズルズルと地面のどこかに吸い込まれ…そして消え失せた。

「おおおおおおお!」

 男は勝利の雄叫びを上げる。

「すっごい…」

 ずっと息を呑んで見つめていたぶっきー(あるじ)は、深呼吸とともに、ため息のような感嘆かんたんの声を漏らす。

 男は、肩で息をしつつ呼吸を整えて、振り返ると、コウガとぶっきー(あるじ)の方を見る。

小賢こざか…」

 振り乱れた乱れた髪の毛もそのままに、拳を強く握り、左腕を大きく振り上げる。

「しいわッ!」

 雄叫びの様な声とともに、そのまま巨大な拳を地面を叩きつける。

 ガラスが砕け散るような音。青と黒、白のモノトーンの世界が割れ、一瞬にして風景が色を取り戻す。

 周囲には人だかりと救急車両が集まっている。突然男が再び現れたためか、野次馬たちはどよめき、何歩か後に下がる。

 警察官たちは、危険だと避難をそくしているが、聞くものは多くなさそうだ。

「ほう!」

 コウガは、自分の封呪界を力任ちからまかせに破砕はさいされたことに、控え目ながら驚きの声を出す。

 ぶっきー(あるじ)は、突然元の世界に戻されたこと、野次馬たちが周囲を取り囲んでいる事に驚き、周囲を見回した。

「だ、大丈夫なの、コーちゃん!?、これ大変じゃない?!」

 すでに指先にじゅめ、腕を前に突き出したコウガは、溜息をつくように答える。

「大丈夫、ではないな…多少大袈裟(おおげさ)だが、今回は仕方あるまい」

 呪文抜きで、そのままじゅを込めた指を振る。

 指先から、幾何学的きかがくてきで回路図にも見える、数多あまたの平行線、角張かくばった文様もんようのような象形文字しょうけいもじのようなものが、帯のように流れる。

 指先から放たれた帯が、コウガを軸にして円を描き、まぶしいほどの輝きを放ちながら一瞬にして広がる。

 コウガは、拍手するようにして、一回だけ手を叩く。その音は奇妙なほど遠くにまで響き渡った。

 それから、叩いた両手を広げて、外の野次馬たちに向かって呼びかける。

「ここは危険です、今すぐ、急いでお帰りください。くれぐれも気をつけて。

 このそばに、仕事や家のある皆さんも、今すぐ避難してください。」

 拍手の音と同様に、その声は、不思議なほどよく響き渡り、遠くにまでハッキリと聞こえ届く。

 すると野次馬たちは、一斉に帰り支度を始めた。

 口々に「ここは危ない」「離れないとダメなんだ」などと話し、小走りに離れていくものも居る。

 警察官や消防隊員も、距離を置き始める。

「とりあえず、これでよか…」

 コウガがそう言いかけたところで、男が叫んだ。

「貴様ラァ!!、何者かァ!?」

 ドカドカと近づいてくる。

「コーちゃん、あの人、私達が見えてるの?!」

「そのようだ。やはり、現界うつしよの者ではないな。」

 ぶっきー(あるじ)は改めて男を見る

 確かに人に近い…が、人にしては腕も足も太過ぎる。背も高く、2メートルほどはあるだろう。肩幅は極端に広い。

 年の頃としては、ぶっきー(あるじ)の父親と同じくらいに見えなくもない。

 顔には、目尻のさらに横まで覆い隠すような、フルカバーのサングラスを掛けていて、その目を見ることが出来ない。

 男は、引き続き二人に怒号どごうを投げつけてくる。

「さっきから、我を封じようなどと、小賢おざかしい!」

 それからコウガら二人の前に立ち、拳を突き出して見せつける。

「覚悟せい!、貴様らも、この拳のもとに調伏ちょうぶくしてくれるわ!!」

 拳を開いてコウガを指差す。

「私と…戦えッ!」

 コウガがそれに答える前に、視界の脇に何かが動いた。

 何かが動いた方…ぶっきー(あるじ)の方を見る…と、男の方に一歩前に出ている。

 さすがのコウガも、一瞬動揺する。

 ぶっきー(あるじ)は男に向かって、大声を出す」

「ちょっと待って!、待って!」

 男は、コウガの方に顔を向けたまま…おそらくはサングラスの下に隠れた目だけでぶっきー(あるじ)を見ている。

「何か、貴様は!?」

 怒号どごうで一瞬たじろいだものの、ぶっきー(あるじ)は男に向かって背を伸ばす。

「突然、勝手なこと、言わないでください!、なんで私達が、おじさんと戦わなきゃならないんです?!」

「うぬぅ!?…お、おじ…ッ?!、おい!、小娘!、退け!、私は、お前などに用はない!

 私が用があるのは、お前の横にいる、その者だ!」

 ぶっきー(あるじ)は、もう、たじろがなかった。背筋を伸ばしたまま、男を見据みすええる。

「突然、そんな事言われても…困ります!、おじさん、一体誰なんです?!、どうして戦わなきゃならないんです!?」

「おじ…ッ!、二回も…ッ!…おい、小娘!。名を問うのであれば、まず、自らが名乗りを上げるのが、礼儀であろう!?」

 ぶっきー(あるじ)に手を出そうなら、即応そくおうできる状態を保ちながらも、コウガは、この二人のやり取りが面白くなってきた。

「小娘じゃないです!。名乗れば良いんですね!?。私の名前は天外てんげさくらです!。

 ちゃんと言いましたよ!、さぁ、貴方のお名前は!?」

「…!?」

 うつむいて笑いを隠すコウガ。

「…お…ま、まさか…真名しんめい…?」

「ちゃんと本名です!、生徒カードにだって書いてあります!」

 さくらは、スウェットのポケットから財布を取り出す。

 そこから生徒カードを取り出してから、コウガにたずねる。

 コウガは腕組みをして、ぶっきー(あるじ)の脇にひかえている。

「コーちゃん、この人に見せても大丈夫かな…?」

「問題ない、あったとしても我が何とかしよう」

 さくらは、じゃぁ、と言って生徒カードを見せる。

 カードには、さくらの名前が明記され、写真も貼ってある。

「!!」

 男は、驚きのあまり言葉を失う。

「真名を、そんな…」

 コウガは、うつむき、笑いをこらえて、震えている。

「ちゃんと自己紹介したんだから、貴方あなたの名前も教えてください!。

 ちゃんとした、本当のお名前を!、私にも呼べるお名前を!」

「ぐ…!、うッ…わ、私の…私の名前は、マ…マキ=グレム……」

 威勢いせいの良かった声が、段々と小さくなっていく。

「グレムさんですね?、じゃあグレムさん、なんでコーちゃんに、いきなり『戦え!』なんて言うんですか?!」

「そ、それは…彼奴きゃつ…私の…その…」

「分からないです!、人に言えないなんて、都合つごいの悪いことなんですか?!」

「いや、そういう訳ではない。都合は、まったく悪くない。だが…あの…」

「じゃあ、なんで突然コーちゃんに『戦え!』なんて言って、その理由を、ちゃんと教えてくれないんですか?!」

 コウガは、もう爆発寸前だ。

「コーちゃんは、貴方あなたたちが暴れたせいで、物を壊したり、みんなが怪我したりしないように、わざわざわざ封呪界ふうじゅかいを作ったのに、なんでそれを壊しちゃったんですか?!」

「いや、その、それは私が…あの、バケモノの仲間の罠かと思って…」

 グレムは、ぶっきー(あるじ)の勢いに気圧けおされて、一歩二歩と引く。

「何で、そんな事、勝手に決めるんですか?!」

「いやつまり…その、小むす…其方そなた天外殿てんげの脇に控える、外界げかい…」

 男…グレムの大きな両手が、居場所もなく上下左右前後にフラつく。手首もよく回っている。

「『コーちゃん』と呼ばれている者が、その」

 グレムは、額に右手を当てて、うつむき、どう説明すべきか悩んでいる。

「あの、私が…いや、『私が』じゃなくて、なんと言えば…主従の…外界げかいの、もの…?」

 動いては止まる両手。

 頭の中でまったく整理できていない思考が、適当に手を動かしている様は、奇妙なダンスにも見える。

「?」

「あの、その者というか『コーちゃん』が…我は」

 まるで要領ようりょうない。

「つまり、が疑問が…不可解ふかかいで…強力な…」

 あまりにグダグダで、まるで説明のていをなしていない。

 さすがに、ぶっきー(あるじ)も不安になってくる。

「あの…何、言ってるのか、全然分からないんですが…?」

 グレムは、右手の指を額に当てたまま、左手を振る。

 頭の中を整理するのに苦闘している。

「少し時間を頂けぬか…その、戦わねば…だから…」

 言葉に詰まった男は、突然キレた。

「ぬがああああああ!、黙れ小娘!…じゃなくて、天外てんげさくら!!」

 再びコウガを指差すグレム。

「私は、この男を倒す!、調伏ちょうぶくしなければならん!!」

 ぶっきー(あるじ)は、コウガの方を見た。

 うなずくコウガ。

「じゃあ…コーちゃんと、戦ってもいいですけど、みんなの迷惑になるところは、絶対ダメ!!」

「何でもいい!、このもの…こ、コーちゃん?、コーちゃんと、戦えれば私はそれで良いのだ!」

 再びコウガの方を見るぶっきー(あるじ)

 コウガは、やれやれと言った具合で、片膝かたひざを着いて、拳を地面につけた。

 再び封呪界が周囲を包む。

「今度は、勝負がつくまで、ここから出たらダメだから!、いいですね?!」

「私は、きゃつ…『こーちゃん』とやらと、戦えるのなら、それで良いのだ!」

 腕を振り上げ、大きく構える。

「コーちゃん!」

 ぶっきー(あるじ)がコウガを見据える。

「わたし、怒ってるんだから!」

 コウガは笑顔で応じる。

「御意!」

 呪文を試すには、これ以上の状況はない。そして、まず試すべきは……

自己(ポテスタ=)呪力(テン=リミ)制限(タ=ヨクト)

 その瞬間、グレムの振り抜いた右拳がコウガを捉え、コウガはそのまま横殴よこなぐりに吹っ飛んだ。

「コーちゃんッ!?」

 ぶっきー(あるじ)は驚いて叫ぶ。

 コウガが、こんな風に吹き飛ばされる事など、これまで無かったことだ。

 と、頭の中でコウガの声が響く。

ぶっきー(あるじ)よ、問題ない。心配にはおよばぬ。』

 それでも、横滑りに吹き飛んでいくコウガを見て、ぶっきー(あるじ)は、胸の前で祈るように両腕を合わせる。

「ふむ、さすがに、これでは無理だったか。」

 コウガの体は、突然空中にピタリと止まる。拳の直撃した時の傷は、全く無い。

自己(ポテスタ)呪力(=テン=)制限(リミタ=)清浄(ゼプト)

 自分の能力の上限を、少しだけ上げる。

 グレムとの距離は、40~50メートルといったところか。

 コウガはツカツカと歩き、男に近づく。

 グレムの方も、ぶっきー(あるじ)の側から走って突っ込んできた。

 今度は、左腕で殴りかかってくる。コウガの手前で右足を踏み出し、振り上げた拳を叩きつける。

 腰を落とたコウガは、足を軽く踏ん張って構え、右腕の肘を曲げて体に沿って振り上げる。

 ちょうど、頭のあたりを肘で防御する形になる。

 コウガの右腕にグレムの拳が激突する。グレムはそのまま拳を振り抜く、が、力がれた事もあって、今度は吹き飛ばせない。

「ぬぅ!」

 全力で振り抜いたために、ガラ空きになったグレムの脇腹に、踏み込んで上体をひねり、左肘ひだりひじを打ち込むコウガ。

 そこから更に左足を軸にして、後ろ回し蹴りを狙うが、今度はグレムが体を捌き、距離を取る。

 コウガが跳躍ジャンプし、グレムの頭上から、左こめかみに向けて飛び蹴りを狙う。

 グレムは素早く左腕を振り上げブロック。

 そこからコウガの足をつかもうとするが、コウガもブロックされた足を蹴り出し、再び跳躍してグレムと距離を取る。

 再び突っ込んでくる、グレム。

 コウガの前で、体を落とし低く構えると、左右に細かく拳を繰り出す。

 コウガは体をさばき、ブロックし、あるいは、グレムの下腕を自分の拳で突き上げ、横にいでしのぐ。

 圧倒的な体格差からくるリーチの差で、コウガの拳はそのままではグレムに届かない。

 グレムの繰り出す拳は、段々とその速さと数を増し、繰り出されるたびに、軽い破裂音が聞こえるようになってきた。

 拳速けんそくが、音速を超えだしているのだ。

 コウガの防御も、それに伴って加速され、二人の生み出す連続した破裂音が、エンジンの排気音のように周囲を突く。

 その、あまりに速い連撃れんげきの中で、一瞬の隙を見出したコウガは、身を低くしてグレムのりょううでの間に入り込み、そこから跳躍ちょうやく。グレムの喉元に蹴りで一撃を加える。

 グレムは連撃を止め、よろめいたものの、倒れるには至らず、しかしその手にコウガをつかむことも出来ず、再び距離を取られる。

 喉をさすりながら、コウガをめつけ、そして満面まんめんみを浮かべる。

「ははは…はーははははは!、素晴らしい!、戦いとは、こうでなければな!

 嬉しいぞ!、嬉しいぞ!!」

 グレムは豪快に笑うと、こぶしを握りコウガにその甲を向ける。

「貴様は、我が秘技を以て調伏ちょうぶくするに相応ふさわしい!、さこそまさしく名誉と知れ!」

 握ったこぶしを数回、くうに打ち込む。

 と、こぶし、いや、グレムの腕の軌跡きせき陽炎かげろうの様ならめきが追う。

「行くぞ!」

 何歩か踏み込んだグレムは、間合まあいに居ないコウガに向かって拳を放つ。

 破裂するような音。

 と、コウガは素早く両腕でブロック。

 間合いの外から放たれたはずの拳の衝撃が、コウガの腕を打ち、全身を揺さぶる。

「…なるほど、衝撃波、などでは無いな」

 グレムは、鼻を鳴らす。

「我が拳は、一度ひとたび力をまとえば、間合いも拳撃けんげき拳速けんそくも、数倍、数十倍となる。だが…それだけだと思うな?」

 コウガは、グレムの言葉が終わる前に、バックステップ。

 その次の瞬間、コウガの頭のあった位置にグレムの拳があった。

 ついで2回の破裂音が続き、更にコウガの退いた位置にグレムの足。

 コウガは、さらに引いて体制を整えている。

「うむ…それでこそ、私も本気になった甲斐かいがあるというもの…!」

 確かに桁違いに速く強い…ならば、コウガはさらにもう一段、自分の上限を上げる。

自己(ポテスタ)呪力(=テン=)制限(リミタ=)刹那(アト)

 もうすでに、二人の一挙手いっきょしゅ一投足いっとうそくが、音の速さを越えている。

 ぶっきー(あるじ)には、もう二人の姿を目に捕らえることができない。

 残像のような姿や、爆発のような破裂はれつ音、エンジンのような連続した拳撃けんげきの音だけで、二人がまだ戦っている事が分かるだけだ。

 また、突っ込んでくるグレム。猪突猛進ちょとつもうしんという言葉こそ相応そうおうしい。

 先程のじゅに近い力で、遠方から拳撃けんげきを放たれるのにそなえて、コウガは構える、が、何かに気が付き、途中で構えを解いて後にバク転。

 頭上からコウガを狙っていたグレムの蹴りが、地面に刺さり、割る。

 グレムはそのまま跳躍。

 コウガはその姿を追うが、やはり何かに気がついて、今度は前にす。

 立ち上がって振り返り、体制を整えると、コウガの立っていた位置にグレムが居る。

「ならば…」

 コウガはグレムに向かって指をぐ。

炎雷(イグネア=フグラ)

 指から放たれた鋭い炎のっ先がグレムを切るが、グレムは身じろぎもしない…いや、グレムの体にそのまま穴が空き、紙くずが散るように崩れ、溶け消える。

「なるほど」

 グレムは、限定的だが、自分の居た位置にデコイを発生させ、自分は姿を消(ステルス)して移動することができるのだ。

 無論、隠し玉はこれだけでは無いだろう。

「だが…」

 姿を消していたとしても、逃げぬ限り、どこかに必ず居る…

炎嵐(イグネア=ヴォルテ)

 コウガの周囲が炎に包まれ、それが渦を巻いて、封呪界の上端にまで届く炎の柱となる。

「ぬぅあ!」

 炎に巻かれたグレムが転がり飛び出してくる。

 姿を消し、近づいていたのだろう。

 さて、これでデコイを出しても、姿を消ステルスしても、コウガを間合いに捕らえることは、出来なくなったわけだ。

「ぬぅッ!」

 それでも正面から突っ込んでくるグレム。

 拳から呪力じゅりょくを放つ攻撃は、確かに強力だが、放つ姿が見えるなら、容易ようい対処たいしょされてしまう。

 どうしようというのか。

炎雷(イグネア=フグラ)

 コウガは、グレムめがけて炎のっ先を放つ。

「ぬん!」

 グレムは自分を狙う炎雷(イグネア=フグラ)に向けて、拳を打ち付け、コウガのじゅを砕いた。

「!」

 驚くコウガに向け、走り寄りつつ、続けざまに拳を放つ。

 グレムの拳から放たれた『それ』は、コウガの放った炎雷(イグネア=フグラ)を砕き、炎嵐(イグネア=ヴォルテ)を吹き飛ばす。

外法術げほうじゅつ!」

 あらゆるじゅ…魔法といったものを無効化する秘術…

 この術の前では、じゅを使う者の殆どは、グレムの前には無力だろう。

 相手のじゅ外法術げほうじゅつで無効化し、デコイを使い、姿を消(ステルス)して撹乱し、近接では速さと強さを兼ね備えた圧倒的な物理的攻撃力で、ある程度の遠距離であっても、拳に込めた呪力じゅりょくもって打破する。

 なるほど、すきがない…これは強い。

 コウガは感心する。

 グレムが、コウガの封呪界を打ち砕いた事も、説明できる。

 そしてグレムの外法術のキーとなっているのは、打撃。

 その拳足けんそくで打ったもの…触れたものの術は無効化、解除できるが、触れていないものは、解除できない…これまで見た限りでは、そう判断して良さそうだ。

自己(ポテスタ)呪力(=テン=)制限(リミタ=)須臾(フェムト)

 右手を伸ばし、指を揃え、手のひらをグレムに向けて広げる。

 左手でその手首を支え…指先に、真正面から迫るグレムを捉える。

徹甲(グロブリ=パフォラ)呪弾(ント=アルマトラム)

 コウガの右手が一瞬閃光に包まれ、周囲に衝撃波が走る。爆発音。

 その爆発音と共に放たれた呪弾じゅだんを追って、コウガは走り出す。

 一方、グレムは、己を狙って放たれた呪弾それを、気に留めてはいなかった。

 じゅるものであれば、外法術の元に叩き伏せれば良い。

 あとは、あの者…コーちゃんとか言う男に、渾身こんしんの一撃を加えることができれば、勝負は決まるだろう。

『それにしても、あの男…大したものだ。』

 グレムは、近づく呪弾じゅだんを見定め、叩き落とす為に拳を握りしめながら思う。

 これまで、如何いかな怪物であれ、さほど苦もなく、我が秘術を使うまでもなく、叩き伏せてきた。

 だが、あの男は違った。最初こそ我が拳の前に吹き飛んだが、そのまま潰れることもなく、立ち上がり、次々と新しい手を繰り出してきた。

 組み討ちになってすら叩き潰すことは出来ず、いよいよ我が秘術をもっ調伏ちょうぶくせねば、ならなくなった。

 素晴らしき力…余程よほど手練てだれ

 彼奴きゃつには、この『戦い』を与えてくれた事に、感謝せねばなるまい。

 なぜ、それほどの強者つわものることが、我が耳に届かなかったのだろう…?

 やはり、彼奴きゃつこそが、『狂乱きょうらん堕天使だてんし』なのだろうか?、しかし?

 戦いの中にあって、余念よねんの過ぎるか…

 グレムは、今は、ここまで戦い抜いた、あの男への敬意とともに、全力で叩き伏せる事に、専念せんねんする。

 己の間合いまで近づいた呪弾に、グレムは握りしめた拳を放つ。

 呪弾はグレムの拳に触れ…消えなかった。

「ッ!」

 グレムは驚愕した、外法術の効かぬじゅなど、ありえぬ…!

「ぬッ!?」

 消えない呪弾が、グレムの拳をけずえぐった。

 いや

 グレムは気がつく。この弾は実体…物質から成る弾!。

 じゅで物質的な弾頭を作り出し、空気抵抗も重力も無視するようなじゅまとわせ、それをじゅもって放つ…!

 確かにグレムの拳は、たままとっていた…たまに掛かっていたじゅを消し飛ばした。

 が、『すでに物質となった弾』は、外法術では消すことが出来なかったのだ。

 真正面から拳を打ち付けるのではなく、避けるか、角度を浅く取り、弾をらすべきだったか!

 グレムの拳は、この程度の弾で砕け散りはしなかったが、徹甲(グロブリ=パフォラ)呪弾(ント=アルマトラム)で削られたそれは、この戦いの中で治るようなものではない。

 己の判断ミスにやむ間もなく、弾に集中して見えていなかった真正面…己の拳の死角から、こちらに突っ込んでくるコウガの居ることに気がついた。

 今から減速するのは無理だ、と判断したグレムは、コウガの攻撃に備え、両腕を前で交差させてブロッキングの構えを取る。

 できるなら、そのまま走り抜けコウガをね飛ばしたい。

 だが、コウガは、グレムの手前で跳躍ちょうやくする。

「!?」

 飛び蹴りなら、と、ブロックを上段に上げるグレム。

 コウガはさらに上…グレムの頭上を飛ぶ。

 彼奴きゃつが背後を取る気なら、そのまま走り抜けて距離を取り、体勢を立て直せば良い。

 グレムが意識をコウガから前に向ける。

 と、コウガは空中で突然減速し、グレムの背後…背中すれすれに落ちてきた。

「しま……ッ!」

 コウガは落下しながらグレムの腰を両腕で掴む。

 グレムのそれと比べれば、細く頼りないはずの腕が、恐ろしいまでの力でグレムを締め上げる。

 呪力じゅりょくも重なった力は、グレムのそれに匹敵した。

 グレムの外法術げほうじゅつも、直接拳足(けんそく)で触れていないものには効果がない。腕を背後に回さねば……

「か」

 絞り上げられた腹部が肺を押し上げ、肺から押し出された空気でグレムは意味のない声を上げる。

 コウガはそのまま反転…呪力じゅりょくも重ね、凄まじい速度で回転させ、グレムの後頭部を地面に激突させる。

 抱えた丸太を地面に叩きつけるように。

 グレムはコウガに叩きつけられた勢いに加え、自分の走ってきた速度も加わって、自らの後頭部で地面を削り、長く深い直線のみぞきざむ。

 グレムの意識が、白く遠のく。

 しかし、その心には感嘆かんたん歓喜かんきが残った。


「ど、どうなっちゃったの……?」

 ぶっきー(あるじ)は、コウガの方を向いた。

 コウガとマキ=グレムが戦いをはじめて、最初にコウガがグレムに殴り飛ばされた後は、ぶっきー(あるじ)は、その戦いを目で追うことが出来なかった。

 時々、二人が停まって話したり、そっちこっちに現れるのは見えたものの、そこからまた爆発音や光が飛び交ったり、火柱が立ったりで、二人がどんな戦い方をしているのか、全く分からないまま。

 そして、二人の戦いが始まってから、多分たぶん2分も経たない間に、コウガがグレムの頭で地面をゴリゴリ削って…終わったらしい。

「勝負はついた。この者…マキ=グレムがどう思うかは、別だが。」

 心配そうにグレムを見たぶっきー(あるじ)は、コウガにおそるおそる聞く。

「し、死んじゃったの…?」

 コウガはぶっきー(あるじ)の方を見て微笑んだ。

「この男は、この程度で死ぬほど、ヤワではない。われから見ても、相当に頑丈だ。」

 安心して溜息をつく。

「よかったー…すっごい変な人だけど、悪い人じゃなさそうだったし…」

「傷はさほどでもないが、体力が尽き果てているから、当分、身動きは出来ないだろう」

 ぶっきー(あるじ)は、倒れたマキ=グレムに近づいていく。

 コウガも、それに従う。

「…ふむ、そろそろ意識を取り戻しそうだが…さて、負けを認めてくれれば良いのだが…」

 ため息を付きながら、そう呟いて、ぶっきー(あるじ)と共に、グレムの顔を覗き込んだ。


「う…」

 グレムが目を開く。しかしその目はうつろで、視線が定まっていない。

 うめきのようなつぶやきのような、意味の分からない吐息のような声を出しつつ、ゆっくりと意識を取り戻していく。

「…我は…敗れた…?」

 コウガはそれに答えず、ただグレムを見下ろしていた。

 やがてグレムは、倒れたままボロボロと涙を流し始めた。

 最初は一粒二粒、やがて滝のように……

 嗚咽おえつには至らないものの、口から悲しみの様な声が漏れる。

 ぶっきー(あるじ)は、その涙に驚くが、どうして良いのかわからない。

 オロオロとしていると、やがてグレムの悲しみの泣き声が大きくなり…哄笑こうしょうとなった。

 わけが分からず、驚きで動けなくなるぶっきー(あるじ)

 一分は笑い続けたか、やがて、グレムは、自分の後頭部で掘り進めたられた地面の穴から、ゆっくりと体を起こす。

 それからコウガの方を向くと、体を引きずるように立ち上がり…両膝りょうひざを付き、拳を地面に付ける。

「私の…負けだッ!」

 声には無念さがにじみ出て隠せない。しかし、そこには、何の後悔もない爽やかさもあった。

「『コーちゃん』よ…、私は負けた。お主に負けた。

 今や、私の生殺与奪せいさつよだつけんは、お主の手の上にある…如何様いかようにもするがよい…」

 膝をついて、やっと自分が少し見下ろせる高さになるグレムの顔。

 視線を落とし、地面を見て沙汰さたを待つグレムから目を放し、ぶっきー(あるじ)の方を見た。

「さて…ぶっきー(あるじ)よ。ぶっきー(あるじ)の決断こそが、我が決断。

 この者、如何いかにすべきか、と思う?」

 いきなり話をられたぶっきー(あるじ)は、驚いて困る。

「…ええー……変な人だし…でも悪い人じゃなさそうだし…難しいなぁ」

 ぶっきー(さくら)は腕を組んで悩む。

 一方の、グレムはコウガの言葉を聞いて、驚いて顔を上げた。

「お、お主、今なんと…?、この小むす……いや天外てんげさくらの決断が、お主の決断…と?」

如何いかにも。

 我があるじ天外てんげさくら…ぶっきー(あるじ)の決断、判断がこそが、全てに優先する。

 ぶっきー(あるじ)を護る事こそが、我が務め。

 それが我と、ぶっきー(あるじ)の主従の契約。」

 グレムはぶっきー(さくら)を見た。

「…何故なにゆえ、このむす……天外てんげさくらと契約を…?」

「グレムとやら、主従の契約は、必ずしも、力の優劣で決まるものではない…それ以外の理由も、存在しうる。」

 コウガは、どちらかと言えば『貰い事故みたいな状況で、契約を交わす事になった』という点については、触れなかった。

「その契約のあかし…私に一目見せては頂けぬか…?。

 力の優劣で決まらぬ契約、信じがたいが、るとするなら、是非にも…」

 コウガは考え込んだ。

「我とぶっきー(あるじ)の契約のあかしを見れば、お前もまた、契約に縛られる…それで良いのか?」

「私は敗れた。すでに私の生命は、おぬしの手のひらの上。何の躊躇ためらいのあろう?」

 グレムは即答した。

「…よかろう」

 コウガは左腕を上げると、宙に指で横に一本線を描く。

 すると、その線が紫色の炎と共に輝きを発し、そこからぶっきー(あるじ)とコウガの契約の文書もんじょが、するりと下に伸びてきた。

 その契約の文書もんじょを目にしたグレムは、突然、身を固くした。

「これで、お前も…」

 コウガの言葉を割って、グレムが声をあげる

「おお…おおおおおおおお…!」

 感嘆…感激の声を漏らすグレム。

「?」

 いぶかしむコウガをよそに、震える手でその契約の文書もんじょを、掲げるように、ひらで包むように両手を差し出したグレムは、再び泣き出した。

「おおお…あなた(・・・)あなたさま(・・・・・)は……」

 それから、改めてコウガとぶっきー(さくら)に向き直ると、再度さいど両膝りょうひざを付き、両手の拳を地面につけ、ふたたび深々(ふかぶか)と頭を下げた。

天外てんげ様…天外てんげさくら様…!

 この私…マキ=グレム・レクスガルグラムを…あなた様との契約の末席まっせきに…あたな様とコーちゃん様の、忠実なる下僕げぼくとして、おくわたまわりますよう、お願い申し上げます!

 …何としても…何卒なにとぞ…ッ!」

 泣いたかと思えば笑い出し、また泣き出して、今度は契約に加えろ、と言い出したグレム。

 ぶっきー(さくら)は、引き気味に唖然あぜんとしている。

「えーと、あの、こ、コーちゃん?」

 コウガは苦笑して、両手の平を上にして首を振る。

 『好きにすればよい』というジェスチャーだ。

「…あ、あの、グレムさん?」

「はッ!」

「あの…人に迷惑かけたり、怪我させたりしない?」

「主命とあらば!」

「…物を壊したりしない?」

「主命とあらばッ!!」

 ぶっきー(さくら)は、首を落として暫く考えていたが、やがて、グレムの前にしゃがむ。

 巨体を前に、グレムの顔を見上げるようになる。

「じゃあ、契約する。コーちゃんとも、仲良くしてね?」

「む、無論であります!…あ…ありがとうございます…ありがとうございます…」

 そこまで感激する理由があるのか、と思えるくらいに感極まり、滂沱ぼうだとして涙を流し続ける。サングラスの下の目は、とんでもないことになっているだろう。

 嗚咽おえつもあって、顔がぐちゃぐちゃになったグレムは、そして、ぶっきー(あるじ)とコウガの契約の文書もんじょに自らの名前を書き加えた。

 コウガは封呪界を解いた…


 駅前の騒ぎの後始末を終え、無事、ぶっきー(あるじ)の部屋にたどり着いたものの、グレムの体は、やはりぶっきー(あるじ)の部屋には大きすぎた。

 入れなくはないが、身動きが取れない。

 そこで、コウガは、自分同様、グレムにも拘束こうそく体…縫いぐるみの様な体を与えることにした。

「ふむ、こんなものでどうだ?」

 グレムは、今は縫いぐるみのような…コウガよりも一回り大きな、ゲームかアニメに登場する岩の巨人のような姿になっている。

 手足も胴も太く、頭も大きい。頭は、なぜか植木鉢となって、草…観葉植物が生えていた。

「ありがたき、幸せ…ッ!」

 コウガが何をやっても、感謝しかなさそうなグレムは、やはり感極まっていた。

 ぶっきー(あるじ)は、グレムを見て、苦笑しっぱなしだ。

 それに…

「姫!」

「グレちゃーん、姫!って呼ばなくていいよー。『ぶっきー』でいいからー!、恥ずかしいしー!」

「姫…!、姫を…あなた様を…我があるじである、あなた様を…その様に、気安く呼ぶ事は、私には、あまりにおそれ多く…何卒なにとぞ、あなた様を、姫と呼ぶことを、お許しください…!」

本当ホントもーッ!!」

 ぶっきー(さくら)は頭を抱えた。


 深夜…朗読ろうどくの後の一騒動と、疲れ果てたぶっきー(あるじ)が、パジャマに着替えるのもそこそこに、深い眠りについた頃…グレムは、コウガに話しかけた。

 グレムは、ぶっきー(あるじ)の机の上、本棚の横に置かれて、部屋の中を浮くコウガを見上げるような形だ。

「王よ…我が王よ…現界うつしよにあって、再びあいまみえる事のできた幸運を…

 再び主従しゅじゅうちぎりを得ることの出来た僥倖ぎょうこうを…姫と王に感謝申し上げます…」

 コウガはいぶかしんで聞く。

「王…?、再び…?」

 グレムは、続ける。

「お忘れになっていたとしても、仕方ありませぬ…

 しかし、現界うつしよでない、その時と場所にいても、我らは、やはり主従でありました。

 そして我は、王として、あなた様をいただいておりました…」

 コウガは改めて、封印される前の事を思い出そうとした…

 何も思い出せない。

 封印される前の事を…己の名前以外、何一つ思い出せないことを、再び思い知らされた。

 もし記憶に封印が掛けられているとしたら、その封印は、その姿の見えぬほど強固なものらしく、手がかりすらつかめない。

「そうか…だが残念なことに、我には、その記憶がない。

 グレムよ、お前と交わしたという契約、主従しゅじゅうじゅうであったという記憶が無い…思い出せぬのだ…」

「それでも構いませぬ。これは、私さえ覚えていれば、それだけで十分なのです…」

「……」

「このまま、姫の命に従い、現界うつしよの者に仇為あだな外界げかいのものを調伏ちょうぶくし続ければ、いずれ『狂乱きょうらん堕天使だてんし』とも相まみえましょうぞ…それまでは…」

 『狂乱きょうらん堕天使だてんし』。

 あの箱の中の異界いかいで出会った、少年のような『超越ちょうえつ』も、言っていた。

 それが、一体何者なのか、グレムのげんから考えれば、コウガもかつて相対あいたいしたはず。

 しかし、コウガには、その記憶が全く無い。

 封印される前、自分に一体何が起きたのか…何があって、何者に封印されたのか、あるいは、あの異界いかいの『超越ちょうえつ』のごとく、自ら封印の中に収まったのか…?

 答えの見つからぬまま…コウガは…眠りに落ちた。

 

(続)

さて、だんだん人数が増えてきて、にぎやかになってきた、さくらの部屋ですが、今後どうなるのか、書いてる方もどうなるのかサッパリです。


前回「短くする」とか言っておきながら、今回も微妙な長さになりましたが、飽きずに読んで頂けた皆様に、海より深く感謝ー


これから、果たしてどうなりますやら、もっと短い期間で、読みやすく仕上げられればよいのですが。

では次回を楽しみにして頂ければ良い感じです。


挿絵も入れたいー

デザインだけでも、載せようかな?

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