除恋剤
生徒会長「先ほど報告が上がってきたのだが、つい先日2年C組にてカップルが誕生してしまったようだ。クラス内にこの恋愛ムードが広がる前に、2年C組の教室には除恋剤の散布が必要だ。雑用で申し訳ないんだが、書記の飯沼さんにこの作業をお願いできるだろうか?」
書記「わかりました、会長。今日は元々体育館裏と美術室に除恋剤を撒く予定だったので、そのついでに撒いておきます。あと、成立したカップルなんですが、二人とも吹奏楽部に所属しているという情報が入ってきてます。なので、教室だけではなく、吹奏楽部の部室にも撒いておきますね」
生徒会長「ありがとう。さすが、仕事ができるな」
副会長「それにしても全く、うちの高校には『男女交際禁止』という校則があるというのに、一体どうなってるんだ。学校内のあちらこちらに恋愛感情を抑制する除恋剤を撒いてこの有様なんだから、これがなかったらと考えるとゾッとするな」
会計「ええ、本当に私もそう思います。学生の本分は勉学であって、色恋沙汰にうつつを浮かすなんて許されることではありません」
生徒会長「ああ、松村と山内の言う通りだ。特に最近は風紀が乱れまくってるからな。除恋剤の散布頻度をもっと上げられないか生徒指導の浜井先生に相談しようと思う。我々も生徒会役員として、全校生徒の手本となるようにもっと努めていこう」
副会長「もちろん!」
会計「ええ!」
書記「えーっと、はい……」
*
書記「すみません。会長。日直の仕事が長引いてしまって遅れました! ……あれ? 私と会長だけですか? 他の二人は?」
生徒会長「お疲れ、飯沼さん。そんなことよりも、君に一つクイズだ。我々生徒会は校舎のあちこち、特に恋が始まりそうな場所に除恋剤を散布してきた。飯沼さんもこの作業に大きく貢献してくれたからわかっているだろう。だが、それでもこの校舎内には除恋剤をきちんと撒けていない場所がある。それはどこだろうか?」
書記「えーと、そうですね。おおよその教室やスポットには撒いてますし、なんなら生徒が入らない校長室とか職員室にも散布してますし……。今はもう誰も使っていない屋上とかですか?」
生徒会長「ここだよ」
書記「ここ?」
生徒会長「除恋剤をきちんと散布していない唯一と言ってもいい場所、それはこの生徒会役員室なんだ
。我々生徒会役員にはそんなものは必要ない。そう考えていたからね」
書記「あー、なるほど……」
生徒会長「副会長の松村と会計の山内だが、昨日から生徒会の役職を停止している。実は数ヶ月前から二人が付き合っているという事実が判明したんだ。全生徒の模範となるべき人間が校則を破るなんて、私としてもとても驚いてる」
書記「……私はむしろ会長が二人に関係に全く気が付いていなかった方が驚きですが」
生徒会長「悪法も法なりという言葉があるように、校則である以上、どれだけ異論反論があろうとも守らなければならない。なので、二人は生徒会役員規則に従ってしばらく生徒会役員の仕事を行うことができない。それに伴って我々二人の負担が大きくなるかもしれないが、飯沼さんは大丈夫か?」
書記「はい、私は大丈夫です」
生徒会長「そして、この生徒会から男女交際が発生したという事実を受け止め、我々も一層気を引き締めなければならない。飯沼さんは生徒会役員としての能力と責任感のどちらも兼ね備えていると信じてる」
書記「わかりました。期待に応えられるよう精進します。それにしても、会長は真面目ですね」
生徒会長「真面目不真面目以前に、私は全校生徒の模範になるという責任があるからな」
書記「他のみんなは会長の真面目さを馬鹿にしてますけど、私はそんな会長の真面目さ嫌いじゃないですよ」
生徒会長「ありがとう。それじゃあ、早速だが部活動の部費振り分けに関する事務作業を二人で分担して片付けようか」
書記「はい」
生徒会長「……」
書記「……」
生徒会長「……」
書記「……」
生徒会長「すまない、飯沼さん。申請書のここについて確認したいんだが」
書記「ああ、そこはなんでも前年度の繰越があるらしいのでそのような金額になってるみたいです」
生徒会長「なるほど、そういうことか。理解した。それともう一点聞きたいんだが」
書記「なんでしょう?」
生徒会長「みんなは私の真面目さをバカにしてるのか?」
書記「……」
生徒会長「……そっか、馬鹿にしてるんだな」
書記「……ソンナコトナイデスヨ」
生徒会長「いや、いいんだ。規則を守れと言う側はみんなからうるさがられるくらいがちょうどいいんだ。誰かがそういう損な役回りをしなくちゃいけない。全校生徒から嫌われているとしても、どうすれば全校生徒が大事な学生生活を無事に過ごせるのかを考え続ける。それが生徒会長の役割だからな」
書記「全校生徒から嫌われてるなんてことないです。少なくとも私は生徒会長のことを尊敬してます」
生徒会長「飯沼さん……」
書記「本当です。一緒に生徒会役員として活動しながら私はずっと見てきました。会長の学校や生徒への向き合い方を。私は生徒会長のことが好きですし、一緒に活動できていることをいつも嬉しく思ってます!」
生徒会長「……ちょっとそこらへんでストップしてくれないか、飯沼さん。申し訳ない」
書記「どうしたんですか急に? え、除恋剤ですか? ロッカーの中にありますけど。はい、そこです。開封済みのやつは一番右に置いてるやつです。でも、なんで会長、突然除恋剤を取り出したんですか?」
生徒会長「飯沼くん、周りをよく見たまえ。時刻は夕陽が茜色に染まる夕方。そして、ここには私と飯沼くんしかおらず、さっきのような会話をしている」
書記「はあ」
生徒会長「なんだか恋愛のフラグが立ちそうな気がしてならないので、今からこの除恋剤を頭から被ることにする」
書記「え、ちょ、ちょっと会長! 何してるんですか! びしょ濡れになっちゃったじゃないですか! というか、身体にかけても大丈夫なんですか!?」
生徒会長「これも校則を守るためだ。仕方がない。と言いつつも、床がびちゃびちゃでもう作業ができないな。後片付けは私がやるから、飯沼さんはもう帰っていいぞ」
書記「いやいや、手伝いますよ?」
生徒会長「ありがとう。でも、ちょっと一人で頭を冷やしたいんだ。わがままを言って申し訳ないが、大丈夫だ」
書記「はあ、そこまで言うのなら……。じゃあ、お先に失礼しますね」
生徒会長「……」
生徒会長「……行ったかな?」
生徒会長「それにしても危なかった。生徒会長である私にまさか恋愛フラグが立ちそうになるなんて。しかし、傷ついているタイミングであんなことを言われたら好きになってしまうに決まってるだろう。いくら同じ生徒会役員だったとしても」
生徒会長「確かに飯沼さんはよく気がきくし、頼りにできる存在だ。話だって結構合うし、なんでもない話や冗談で笑ってくれたりする女の子だ」
生徒会長「いや、待て。私は一人で一体何を言っているんだ。除恋剤を頭から被ったというのに、飯沼さんのことを考えずにいられない」
生徒会長「私は生徒会長として校則を守らなければならないんだ。そんなことを考えるだけでもダメなことだ」
生徒会長「しかし、自分自身に嘘をつくというのも私の信条に反する。私が飯沼さんに好意を抱いている。これはきちんと受け止めなければならない。だが、困ったぞ。私は第一に生徒会長として責任を果たさなければならないのだから、この好意を伝えることもできないし、ましてやこの好意が実ることもない」
生徒会長「いやちょっと待て。校則は男女交際しか禁止していないじゃないか。つまり、付き合わなければ、別に校則に違反することはないんじゃないだろうか? 飯沼さんに私の好意を伝え、それでも付き合うことはできないと謝る。きっと飯沼さんも理解してくれるはずだ」
生徒会長「そうだ、それしかない。自分と自分の責任に真摯に向き合うにはそれしかない」
生徒会長「次生徒会役員室で会った時、きちんと伝えよう。私のこの気持ちを」
*
生活指導「入るぞ、中嶋。お? 今日は生徒会役員の活動日だろ? なんで会長のお前しかいないんだ。松村と山内は校則破って役職停止してるってのは知ってるが、書記の飯沼はまだきてないのか?」
生徒会長「飯沼さんですが、彼女も現在役職停止中です」
生活指導「それはどうして?」
生徒会長「他校の男子生徒と交際しているということが判明したんです。申し訳なさそうにごめんなさいと謝られました」
生活指導「そ、そっか。そんなことがあったのか……。まさか中嶋以外の生徒会役員全員が校則を破ったなんてな……。それも全員同じく男女交際禁止の校則を」
生徒会長「浜井先生、一つお願いがあるんですが、いいですか?」
生活指導「おう、なんだ?」
生徒会長「前に相談していた除恋剤を追加で購入する件ですが、なるべく早く購入させてもらえないでしょうか? もうなくなってしまいそうなんです」
生活指導「それは問題ないが……。少し前に聞いた時はまだたくさんあるって言ってなかったか?」
生徒会長「ええ、実は最近になって大量消費してしまいまして……。今後は管理に気をつけるようにします」
生活指導「おう、わかった。時間がある時にやっとくからな。じゃあ、無理しすぎない程度に頑張れよ」
生徒会長「はい、ありがとうございます」
生徒会長「……」
生徒会長「ええっと、除恋剤はあとどれだけあるんだ……? もうこれだけしかないのか。とても困った。動転していたからとは言え、あまりにも無計画に使いすぎてしまった。しばらくは使うのは控えるか……」
生徒会長「いや、追加で購入できる算段もついたし、ちょっとだけなら使ってもいいか」
生徒会長「どうしてこんなに除恋剤を使っているか、他の人間には口が裂けても言えないな」
生徒会長「だが、本当に困った」
生徒会長「飯沼さんに振られてから毎日にように除恋剤を頭からかぶっているというのに、まだ彼女への好意が消えないなんてな」