26(婚約編) リアン〜side〜
1話ずつ毎日21時頃の更新予定です。
遅番を終えて、日付が変わった頃に帰宅した。静かにミリィの部屋に入る。薄明かりの中、もう寝てるだろうと、ミリィの横に行くと様子がおかしい。
「ミリィ…!?」
息づかいが荒く、うなされている。まさかと思い、額をさわると熱がある。
すぐにディミトリに「医者を呼べ。」と命じ、部屋に戻り、ミリィの頬を撫でるが…かなり熱い。
慌てて来たシーサに「何か冷やすものを持って来い。」と言うと、ミリィが薄ら目を開いた。しかし、俺の呼び掛けにも応じず、また意識を失う。
氷のうを変えても、濡布巾を変えても、熱が下がらない。医者から心因性発熱もしくは身体的疲労によるものと言われ、打ちのめされる思いだった。俺は…婚約者失格だ。
朝方になると、熱が少し下がってきた。モニカに「若旦那様もお休みください。ミリオン様が起きましたらお呼びしますので。」と言われ、断腸の思いで部屋を後にする。
結局、ミリィは熱が上がったり下がったりを繰り返し、三日目の朝、ようやく起き上がれるようになった。
「ミリィ、寝てなきゃだめだよ。」
ベッドから降りようとするミリィを、慌てて戻す。
「えぇ、分かったわ。もう行く時間なの?」
騎士服の俺を見て、見送ろうとしたらしい。
「出仕するけど、早く帰ってくるよ。」
非番と週末が重なり、ずっと側にいられたが、今日は行かなければならない。
「心配かけてごめんなさい。大人しく寝て待ってるわ。」
ミリィの額にキスして、手を振るミリィを残し、扉を閉めた。
「若旦那様…今日も。」
手渡された花束。『早く良くなってくれ。』と書かれたカードを握り潰し、「捨てておけ。」とディミトリに言う。フロイト公爵家を敵に回すと厄介だなと思いながら、歯を軋ませる。
騎士団の詰所で昼飯をかっこんでると、客が来た。
「コール伯爵子息様、ごぎげんよう。今、よろしいかしら?」
「あぁ。フロイト公爵令嬢殿、昨日の見舞いの件、申し訳なかった。心配かけたが、今日の朝、起き上がれるようになった。ただ、見舞いは当分は遠慮させてくれ。」
「えぇ、もちろんですわ。あの…私、謝らなければいけないことがありますの…。」
暗い顔のビアンカが、重い口を開いた。ジェイクがミリィに惚れていて、遅すぎる初恋であること。毎日、昼食を誘い、断られていたこと。ランチの約束の日、ジェイクが無理やり来て、ミリィは何も食べなかったこと。昼食を食べなかったミリィを心配して、ジェイクが午後の仕事中ずっと観察してしまったこと。夕方、謝罪の花を贈ったこと。そして、毎日、見舞いの花を贈っていること。
「私も、婚約者のいる令嬢にそのような事をしてはいけないと、言い聞かせましたが…本人も理解しているけれど、止められないのです。」
握り締めていた手に血が滲む。そのせいか…ミリィが苦しんだのは…。文官になりたいと勉強に励んでいた幼いミリィが蘇る。ジェイク、お前のせいか。
「ミリィの親友として、自分の兄がこんなに愚かだとは思いませんでした。あの日からミリィが休んでいるのは、兄も自分のせいだと理解しております。コール伯爵子息様、お怒りだと承知の上でお願いいたします…兄に謝罪と、そして告白の機会を与えてくださいませ。恋に囚われた兄の目を覚まさせるには、ミリィに思いの丈を伝えて、恋を散らさせてもらうしかないと思いますの。」
「…少し考えさせてくれ。」
「えぇえぇ、ありがとうございます。では、失礼いたしますわ。」
早く憂いを取り除いた方が良いのは分かっている。それに巻き込まれるミリィの気持ちはどうなる?激しい怒りと恐れ。最適解は?と自問自答する。
ミリィの部屋から笑い声が聞こえる。
「あ、リアン!おかえりなさい。出迎えられなくて、申し訳ないわ。」
「いいよ。何、見てたの?」
ミリィの持ってる図鑑を覗き込む。
「ふふっ。見て!この花、虫を食べるんですって。信じられる?」
「ははっ。南の国にある花だな?」
「知ってたの?リアンは物知りね。」
ベッドの端に座り、頬を撫でると、ミリィは俺を見つめて、くすっと微笑む。俺は、この笑顔を守りたい。
コツンっ…。ミリィの額に、俺の額をつける。
「お、熱が下がってる。」
「ふふっ…、もう大丈夫よ。」
ミリィに優しく口付ける。
「ミリィ、愛してるよ。」
「…私も、愛してる。」
もう一度、キスをして。今はただ、それだけを。




