犯人探し
「……命を狙われてる?」
カウンター席の隣で、同僚の穂積正尚は声を潜めた。
片手に持ったおちょこも驚きで静止したままだ。
「ああ、間違いない。帰宅途中に襲われた」
拓海は周りに聞こえないように息漏れ声で返した。
器に入った日本酒を一気に飲み干すと、穂積はおちょこを置いて聞き返した。
「でも……誰に……?」
「わからない」
他客の喧噪に気を遣りながら、さらに小さな声で返答する。
「警察には?」
「行ったが、翌日だったから何の証拠もなくて相手にされなかった」
「何で、その時すぐに通報しなかったんだ?」
問い詰めるような穂積の語調に、拓海は思わず答えに詰まった。
まさかその直後、トイレの個室で謎のセールスマンが俄かに登場し、魔法のカツラを自分に授けてくれた。
あまりにそれに魅了されてしまい、通報することさえもすっかり忘却してしまった。
なんて、口が裂けても言えるはずがない。
仕事のストレスでとうとう頭がイカれてしまったのか、と同僚に哀れみの目で憐憫されるのがオチだ。
拓海はそれとなく、その体格を眺めた。
彼は毎週ジムに通っていてスーツの上からでも十分わかるくらい筋肉質だ。
身長は自分より10cmほど高い180cmほど。
拓海は思い出していた。
昨日、男の足を踏んづけた時の呻き声を。
眼前で今話している彼の声と似ているような気もするし、違うような気もする。
入社当時からの同期で呑みやゴルフなど行く仲ではあったが、半年前、拓海が若くして係長へ昇進したのをきっかけにギクシャクした仲になった。
自身の驕りが発端だったのか。
仕事上の事で意見が割れて、彼に対し思わず声を荒げてしまった時があった。
何事にもおいてだが、信頼を築くのは時間がかかる。
しかし、それを崩すのは一瞬でこと足りる。
日常生活のどの場面においても、よくありがちな話だ。
それ以来、互いに気まずくなり敬遠し合うようになった。
(……もしかして……)
拓海は久しぶりにこちらからラインで誘いをかけた。
双方の深まった溝を埋めたい。
そう思う一方、その疑念をはっきりとさせるのが最大の目的だった。
「もう一度しっかりと警察に届けなよ。でないと、また襲われてからでは取り返しがつかなくなるぞ」
本当に心配そうに自分を気に掛けてくれる表情を見て、拓海は思った。
(……彼は……シロか……)
犯人なら、自ら首を絞めるような発言はしないだろう、というのが拓海の見立てだった。
ただ一つだけ気になった点は、彼が頻繁に自分の頭髪をちらちらと見ていた事だけだった。