値段
「これ、いくらするんですか?」
無意識だった。
欲求が頂点に達し、堪え切れずその言葉が口を衝いていた。
男はとても嬉しそうに相槌を打った。
「ありがとうございます。気になるお値段の方は200,000円になります」
一瞬、聞き間違えたかのごとく目をパチクリさせる。
「に、二十万……」
拓海は逡巡した。
(…………や、安いのか、高いのかわからない……)
カツラは高価とは聞いていたが、いざその値段を前にして、自身の気が挫けそうになる。
すると、男は助け舟を出すように言った。
「もちろんローンでのお支払いもできます。そちらですと月々650円からの引き落としが可能です」
途端に拓海の表情が吃驚に変わる。
(……や、安)
拓海の心中を察したかのごとく男は笑みを浮かべた。
「気軽なサブスク感覚でご加入していただけます。もちろんメンテナンス保証つき。経年による劣化や傷みが生じた場合も、随時私どもがお世話させていただきます。修理期間中は代用品をお貸しさせていただきますのでご安心ください」
ふと我に返ったかのように、心の奥底から俄かに不安が湧き起こって来た。
拓海は上目遣いで恐る恐る尋ねた。
「……でも、その場合だと何年払いになるんですか?」
「26年払いになります」
笑顔で即答され、拓海の腰が一気に引ける。
(……26年……て、52歳まで払い続けなきゃいけないのか……? ……いや! 待て……650円くらいだったらバリ〇ーセット買う感覚だろ。月一で〇ック買いに行くだけなんだと思えば、ただのご褒美じゃん……、いや……でも……流石に52歳は……)
するとまた男は手を差し伸べた。
「もちろん金額を増やすことも可能でございます。1000円で17年に短縮されますが、いかがなされますか?」
その場で黙考する。
(……43歳か……それでも長いな……)
煮え切らない様子で、今度は拓海の方から提案した。
「……1300円でなら?」
「もちろん可能でございます」
男は軽やかに声を高くして返答した。
「それだと何年?」
「13年に短縮されます」
(……ギリギリ39か……)
やはり時の長さが足枷になっているのか、拓海の素直な心にブレーキをかける。
男は急かす様子もなく、落ち着いた口調のまま言い添えた。
「もちろん、お客様の意向で途中から一括に変えることも可能ですのでご安心ください。また加齢により、白髪を加えるサービスも無料でついております。もちろんお客様の好みにより髪の量を増減するサービスも込みの値段です」
最後の内容に、拓海が聞き間違えたかの如く、瞬きながら言葉を挟んた。
「……減? って? ……あえて禿げを演出するってこと?」
男は淀みなく相槌を打った。
「ええ。これは年配のお客様でよくあることなのですが、時折カツラを卒業したいとおっしゃる方がいらっしゃるんです。よくあるのが、外すタイミングに悩み周りにカミングアウトしたくてもできず結局つけたままの状態になっていると。そういうお客様のために少しずつ脱毛していくというサービスも提供しております」
拓海は素直に思った。
(……めちゃくちゃ良心的じゃん……)
男は拓海の反応を見て嬉しそうに頷いて付言した。
「本当の現状へと徐々に近づけていき、周りにバレることなくカツラを卒業できます」
水を打たれたかのごとく拓海はその場で口を噤んだ。
狭い個室内があらためて静寂に包まれる。
(……え? そこまでしてくれて20万? 安くない?)
沈黙を控え目に破るかのように、男は柔らかな表情で開口した。
「さきほども申し上げましたが、契約は今日でなくても結構ですので」
「今すぐ買います」