匠の技
「ええ、是非」
不意に飛び出した自身の返答に、拓海は思わず吃驚する。
いつの間にか、手元にはそれが舞い戻っており高鳴る胸を抑え切れない。
「……ど、どうやって嵌めるんですか?」
更に口を突いて出た言葉に二度仰天する。
すると、男は目の前でそっと両手で添えながら四角い手鏡を差し出してきた。
「お客様のベストポジションに合わせていただき『ジャストフィット』と一声かけてくだされば、自動的に固定いたします」
「…………え? そんな簡単に?」
思わず感嘆の声を漏らすと、男は目ざとく反応し満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、ものすごく簡単です」
唾を呑み込み、あらためて商品と対峙する。
(……こんな事している場合なのか……)
理性と欲求の狭間で揺れ動き、瞳孔を目まぐるしく泳がせる。
一旦、頭の中を整理しようと、彼は目を閉じてゆっくりと深呼吸をした。
(正しい選択をしろ、拓海)
自身に言い聞かせる。
数秒間の後、目を開けたと同時だった。
全ての思いを振り切るように両手に持ったそれを自身の頭部へとシフトさせた。
「………………!」
驚嘆で双眸が見開かれる。
(…………な……何だ……これは……)
そう思うのも、当然だろう。
眼前に翳された鏡には、自身の姿がはっきりと映し出されている。
確実にそれは今、頭の上に被さっている。
(まっ…………全くつけてる感覚がない)
両目を剥きながら、その興奮を噛みしめる。
(……例えるなら、これはまさに……そう……綿菓子そのものだ)
「この位置でよろしいですか?」
俄かに前方から聞こえた声に、拓海は我に返った。
「あっ……え……ええ……」
躊躇いがちに返答すると、男は優しく言い添えた。
「それでは、お客様の方からお声掛けを」
その促しに、思わず拓海は唾を呑み込んだ。
気持ちを落ち着かせるように吐息をつくと、その文言を発した。
「ジャストフィット」
その直後だった。
頭上から何かが聞こえてきた。
「ウィーン、シャカシャカシャカ―――」
(なななっ……何、何……?)
突然の機械音に思わず視線が宙を泳ぐ。
しかし眼前の男は落ち着き払ったまま表情を緩めて言った。
「ご安心ください。自動的に外れにくい位置を把握し、ピンポイントで結い上げる仕組みになっています。地毛に巻きついているだけですので人体への危害や影響は一切ございません」
(……ピピピピ……ピンポイント?? ……植毛でなくて?)
咄嗟に頭の中が混乱する。
男は柔和な表情で付言した。
「AI機能が搭載されており、より正確に安全に快適に、そしてより強固にウィッグを固定いたします」
「……ズ、ズラに…AI搭載?」
男は深く相槌を打った。
「ええ。ですので強風が吹いても大丈夫です。30m毎秒の風にも耐えられると既に実証済です。これは、台風で木が倒れる以上の風速です。それでもウィッグの位置は一ミリたりともズレません」
(……そこまで行くとカツラの前に、人が飛んでいくのでは……)
「キュイィ―――ンン……」
突然、頭上での音が鳴り止み、思わずビクついて肩を竦める。
すると、男はあらためて鏡を向け直すと言った。
「いかがですか?」
思わず自身の目を疑う。
鏡の中の自分は極めて自然で、一見するだけでは増毛されているかどうかは全くわからない。
しかし生え際をよく見ると、確実に増えている。
男は言った。
「『普段よりほんのちょっとだけ魅力的に』をスローガンに、スタッフが全総力を結集し開発に取り組みました。他人から見て気づかないほどの僅かな変化です。しかし、確実に改善されています」
拓海はそのカシミヤのような肌触りの髪を撫でながら、茫然と舌を巻いた。
(……こ……これ……本当にカツラなのか……)