カツラを越えたカツラ
『ぶああああああああああ――――――んん』
画面から聞こえてきたその叫喚に、床でミニカーを押して遊んでいた子供の動きが止まった。
どういう人種だろうか。
顔も体も全て緑色で、髪一つないその前頭部から触覚のようなものが二つ可愛く飛び出ている。
テレビからアナウンスが重なった。
『もはやカツラを越えたカツラ! 次世代型男性用ウィッグWY-2000PXZハイパー! つけた方の満足度は何と100%! この男性のように感動のあまり号泣される方も続出! もちろんご満足いただけなかった場合の、無料返品期間も30日間保証付き!』
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃの男性の顔がアップされると、子供は思わず画面に両手をついて覗き込むような仕草をした。
無邪気に振り返ると、背後で新聞を眺めていた同じ身体的特徴の父親に向かって子供は言った。
「パパー、これ欲しいー」
「……ん?」
リクライニングシートに凭れていた父は幼い息子の呼びかけに新聞を下ろし、テーブルに置いてあった眼鏡をかけて画面に目を向けた。
セールストークが響いた。
『お値段、今から30分以内にお電話いただいた方に限り、通常価格300000リブールのところ、何と半額の150000リブールの超特価にてご提供! もちろん分割払いも35回まで対応! この機会を是非お見逃しなく!』
父親は吐息とともに、少し呆れ加減に言葉を漏らした。
「……うちらには髪の毛が元々ないんだから、必要ないだろ』
すると、台所にいた同じ姿形の母親が盆に器を乗せながら居間に入って来た。
彼女は優しい笑みを浮かべて言った。
「カツラを越えたカツラなんでしょ? とても興味深いじゃない?」
湯気が立ったコーヒーカップをテーブルに置くと、母親はおおらかに言い添えた。
「ボーナス入ったんだから、ちょっとぐらい奮発しても罰当たらないんじゃない?」
父親はその声に少し押され気味に、渋い表情で画面を見つめ直した。
アナウンスがさらに続いた。
『用途はウィッグだけにとどまりません。レジャーにお出かけのご家族にも心からご満足していただける機能を備えています!』
頭のプロペラを豪快に回転させている男性の恍惚の表情がアップで映し出される。
その半ば狂気じみた笑みを見るだけでわかる。
心から気持ちよさそうだ。
ふと、わが子の物欲しそうにこちらを見つめる眼差しに気づき、彼はますます逡巡した。
「……う―――ん…………、150000リブールかぁ…………」




