幻の存在
「ったく、こんな辺境の地まで来て、収穫ゼロかよ……」
そのキャップを後ろ向き被った青年は煙草を消しながら愚痴をこぼした。
すると、『YU-MAI』と書かれた同じロゴの入ったTシャツを着たその相棒らしき女性が反論した。
「あんたが言ったんでしょ。この海岸沿いにはUFOが度々目撃されてるって。撮れれば絶対大バスりで軽く10万再生越えるって、信じてついてきた私が馬鹿だったわ」
あまりに率直な物言いに、青年も黙ってままではいられなくなった。
「そうやって何でもかんでも人のせいにするなって! お前の方から『都市伝説』チャンネル作ろうって言い出したんだぞ! ハナっからそんなに上手くいくわけねぇって!」
女性は即座に言い返す。
「工夫が足りないんだって! もっと視聴者を引き付ける企画とか作らないと! ただ垂れ流してるだけじゃない! こんなん、その辺の素人と変わりないって!」
「実際素人じゃねぇかよ! まだ始めたばっかりなんだし! 大体いっつもお前は何に関しても最初からハードル上げ過ぎなんだって! 何が『一緒に登録者200万人越えよう!』だよ! そんなの無理に決まってんじゃねぇかよ!」
その言葉に、女性の表情があからさまに険しくなった。
「……なるほど。それがあんたの本音ってわけね……」
「ああ、そうだよ! そもそもお前はいっつも夢見過ぎなんだよ! ちょっとは現実を直視しろって!」
その瞬間、彼女の方から掴みかかっていった。
彼氏の胸倉を両手で力一杯持ち上げ、その体を激しく揺らす。
「現実を直視しろって? じゃあ、一回ぐらいは真面目に職探して働けよ! 結局、私がいつも稼いであんたはその甘い汁をチューチュー吸ってるだけだろうが!」
「おっ……おい! ちょっと待て! 落ち着けって!」
一変した彼女の激昂した態度に、青年は動揺を隠し切れない。
「これが落ち着いていられるかって! いつまで女のケツに敷かれたままでいやがるんだ、てめぇは! 恥ずかしくねぇのかよ! ちっとは男らしいところ見せてみろよって、この屁タレ男が!」
「だから落ち着けって! あれ見ろって! あれ!」
青年が必死に彼女を制止しようと、肩越しに指を差した。
「……ん? ……何?」
彼女が顰め面で面倒くさそうに振り返ると、海の景色が見えた。
その上空に、何かが飛んでいる。
飛行機?
いや……
形が違う。
あれは……
人だ。
人が飛んでいる。
「……う、嘘だろ……まさか、あれって……」
胸元を掴まれたまま彼氏の声が上ずった。
同時に彼女の両目が見開かれる。
「………幻の……フライングヒューマノイド……?」
女性がすぐに我に返った様に声を荒げた。
「何やってんの! 早く! カメラ、カメラ!」
はっと男性も気づき、慌てた様子でスマホを空に掲げた。
焦りを押し殺すように、それに焦点を当てズームアップする。
逸る気持ちを懸命に押し殺すように、喉を鳴らす。
「……やった……撮れてるぞ……すっ……すげぇ…………!」
その声が思わず止まる。
画面をよくよく見てみると、これは……
その下半身をさらにクローズアップした。
「……ジ……ジーパン?」
横から彼女が割り込む様にその画面を覗き込み、唖然とする。
彼氏が当惑の声を漏らした。
「……上にネルシャツ着てる……」
茫然としていた彼女が、気を持ち直すように再び声を張り上げた。
「どんな格好でもいいじゃない! ライブ配信! ライブ配信!」
そう言って彼女がスマホをひったくると、彼氏の方は慌てて居住まいを正すように、その前に立った。
動揺を必死に押し殺し、少し咳払いをすると彼氏は画面に向かって声を張り始めた。
「ハロー! ゆうまいチャンネルへようこそ! えーっと、あの……今、僕は……その……! とある県境にある海岸に立っています! そこでとんでもないものを発見してしまいました!」
そう言って、食い気味に両手で大げさに空の方を指し示した。
「これです!」




