商品
「だ……誰……?」
ドアに背を張り付かせながら、拓海はようやく声を出すことができた。
眼前の男は言った。
「申し遅れました。私、TKHから派遣されて参りました徳永アイク叉木之助と申します」
丁寧に両手で添えながら名刺が差し出される。
互いに静止したまま、間が流れた。
拓海は恐る恐るながらも、それに手を伸ばし受け取った。
「……T……K……H?」
全く意味がわかっていない拓海に対し、男は快く答えた。
「特別販売部のことです。略して『特販』。さらに頭文字を取ってTkHと呼称しております」
臭気漂う狭い個室内に、再び静寂が流れる。
瞬きを数十回繰り返した後、拓海は声を絞り出すように問い返した。
「……特販って、何の……?」
男は淀みなく相槌を打つと開口した。
「世界各地の様々なニーズに応えるため、最先端の科学技術を駆使し、お客様に合った上質でコストパフォーマンスに優れた最高級の品を、お客様のためだけに提供する企業です」
ポカンと口を開けたまま、拓海はただその場に突っ立っている。
男は尚も続けた。
「この度、是非お客様のお役にた立ちたいと願い、こうしてお待ちしていた次第でございます。ぶしつけをどうかお許しください」
俄かに為された謝罪にも、拓海は放心状態のままだ。
はっと我に返るように瞬ろぐと、率直な疑問を投げかけた。
「……何で、俺がここに来るとわかったの?」
突然、男は眼前で人差し指を突き立てた。
「衛星です」
「…………は?」
思わず呆けた声が零れる。
男は自身の腕時計に口を近づけると、独り言のように呟いた。
"Contact with target"
いきなり飛び出した英語に、拓海の頭の中が再び混乱に陥る。
すると籠った声で、
"Copy that.Implement PLAN B"
腕時計から返事が聞こえてきた。
"Got it"
男はそう返すと、口を離した。
突如登場した第三者の存在に、拓海はあらためて警戒心を強くする。
(……え? え?? ……今……「プランB」って言ってなかった?)
次から次へと湧き上がってくる疑問や不安を抑え切れず頭がパンクしそうな拓海をそのままに、男はさきほどの質問に対しての答えを返した。
「わがTKHチームは宇宙からこの地球のありとあらゆる国々の困った方達を常にリサーチしています。各々の専門分野に長けた少数精鋭のスタッフが総結集。秒でターゲットを見つけ出します」
(……びょ……秒って? ……え? ど、どういうこと? つーか……)
挙動不審に視線を泳がせると、拓海は思った。
(今しれっと、宇宙って言ってなかった?)
完全パニックの拓海に対し、男は本題に戻るように言い添えた。
「何かお困りのようですが」
その一言で、拓海はようやく我に返り目を瞬かせた。
「……そっ……! そうだ! 警察を呼んでください! 人に追われているんです!」
焦燥に満ちた声がトイレ内にこだまする。
「誰からかわかりませんが、俺狙われているんです! さっき攫われそうにな……!」
思わず拓海は言葉を止める。
男は相槌も打たず、不気味なくらい爽やかな笑みを浮かべたままこちらと目を合わせたままだ。
堪え切れず拓海の方から少し前のめりに声をかけた。
「あっ……あのう……?」
すると、
「かしこまりました」
そう答え、さらに目尻に皺を寄せて表情を緩めたかと思うと、男は眼前でいきなり屈み込んだ。
拓海は咄嗟に仰け反り、再びドアに背を張り付かせる。
見ると、男は閉じられた洋式便器カバーの上にアタッシュケースを置き、慣れた手つきでそのバンドを両手で開け、中から何かを取り出した。
「今回お客様に提供させていただく商品は、こちらになります」
拓海の目が点になる。
無理もない。
正体不明の大男に攫われそうになり、命の危険性さえ感じるこの切羽詰まった状況と、おおよそ関係あるとは露ほどにも思えないアイテムが眼前に差し出されたからだ。
(……カ…………カツラ……?)