容疑者4
「きぃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――」
夜叉の様な鬼気迫る表情で、その白装束の女性は金切りのような奇声とともに釘を打ち込んだ。
藁人形の頭部に貼られた顔写真は角先と共にめり込み、瞬く間に見る影もなくなったが、女性の攻撃は全く止まる様子はない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――――――」
頭にろうそくが三本巻かれてある状態で、今にもよろめいて崩れそうな痩せ細った体に似合わず、その動きはまるで何かが憑りついているかのごとく俊敏で、すさまじいまでの的中率で次から次へと釘が打ち込まれていく。
見ると人形の頭から足先まで芸術的なくらい針の蓆だ。
突然、彼女は屈み込んで何かを手に取った。
首からかけた丸い鏡を揺らしながら上半身を起こす。
その手に持たれた物。
特大の斧だ。
間髪入れず彼女はガリガリの両腕を動かし、それを軽々と真上へと振り翳した。
大きな刃先は綺麗な放物線を描きながら大木に直撃し、幹に無惨に串刺しにされていた人形が一瞬にして真っ二つに切り裂かれ、地面に落下した。
大木に突き刺さったままの斧から、女性はそっと手を離した。
あれだけ激しい運動をしながらも息は全く切れていない。
彼女は再び屈んだ。
そして頭に差していた一本のろうそくを熱がる様子もなく素手で取ると、地面に転がっている人形の残骸に火をつけた。
瞬く間にそれらは燃え上がり、異様なまでに目を剥いた彼女の表情が仄かに照らし出される。
ろうそくを頭に戻すと、彼女は腰を曲げたまま両手を合わせて瞑目し、ブツブツと何かを呟き始めた。
「絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄絶対地獄」
「………………これは………………」
映像を見ていた拓海が唖然と呟く。
「あなたの元カノです」
ポカンと口を開けたままの拓海に向かって探偵は言った。
「静岡暁美。あなたが大学時代合コンで知り合った女性です。見事なまでに軟派野郎へと変身を遂げたあなたは、その日のうちに彼女をラブホテルに誘った。彼女も当時はかなり遊んでいて外見も露出が多く派手で他にたくさんのセフレがいたようでした。でもあなたの事がよっぽど気に入ったんでしょう。他の男性との関係を全て断ち切り、あなた一筋になろうと心に決めた。あなたもそんな彼女の気持ちを真っ向から受け止めた」
絶妙の間を置くと、探偵は言い添えた。
「かのように見えた」
不意を打たれ、拓海はドキリとした表情を見せる。
「発情期だったあなたにとって、彼女の方こそセフレの一人に過ぎなかった。表面的には恋人のフリをしていたが、裏ではまるで盛りのついた猿のごとく別の女とやりまくっていた。そしてより美しく魅力的な女性と出会うと、何とあなたは『飽きた』という犬畜生にも劣る理由で彼女をあっさりと切り捨てた」
拓海は返す言葉を完全に失っていた。
無情なまでのその淡々とした暴露は続く。
「それでも一途な彼女は食い下がった。自身の尊厳をも忘れ、あなたに必死に縋りつこうとした。『セフレでもいいから』と。彼女がその言葉を吐くのに躊躇いは無かった。何故なら、その関係からでもまたあなたの気持ちが自分に戻ってくると心から信じて疑わなかったからです」
拓海の頭の中でその時の光景が生々しく甦って来た。
瞬く間に、その負い目が胸の内を完全に乗っ取り、その場に立っていることさえも後ろめたくさせる。
「でも、流石そこはクズ野郎。その健在ぶりを見事なまでに発揮します。あなたが彼女に伝えた本当の気持ち」
拓海は思わず喉を鳴らした。
探偵はあっさりと道破した。
「『ウザい』。そのたった一言だけで、終わりを告げた」
探偵は、隣にいる拓海の全身を少し蔑んだような冷めた目つきで舐め回すように眺めると、あっさりと付言した。
「そんな人の心を持たない畜生野郎が会社では出世しおまけにもうすぐ結婚を控える一方、捨てられた彼女は深夜遅くに誰もいなくなった鎮守の森で発狂したように丑の刻参りとは」
細かく顔を震わせる拓海を一瞥すると、探偵は前に向き直りしみじみと言い捨てた。
「人生とは、誠に不公平なものです」