ミッション
"747301 、Please let me know the situation”
宇宙船の中の管制室でルアーナが呼び掛けると、ヘッドフォンから返事が返って来た。
”There is no abnormality here"
クルーを背後から見守るように立っている司令官のジェイコブがヘッドマイクを通して言った。
”To 747301 , Descent Altitude 10.150 Km"
"Copy that”
小型宇宙船から返事を送ってきた相手に対し、管制室のメイソンが言った。
”It's been a long time since you last had a mission,Ike.How are you feeling?"
"Ah, that's right.Only the assthole is floating in the air, it feels like I'm being taken straight to heaven.I'm worried that hole alone will be able to attain Buddhahood"
メイソンが面白がって反応した。
”That's interesting.If only your asshole gets sucked into a black hole, where will it go?"
"So,I'm sure it will come out of the white hole and turn into a black hole in a new universe"
メイソンの馬鹿げた質問に、アイクが悪乗りしていると、ルアーナが堪え切れず口を開いた。
"Please,bullshit,you two.In execution of one's duty.Stop using vulgar words"
するとアイクが応戦する。
"Luana, The shit deserves to be vulgar enough"
"Don't take things too seriously.It's an ass.Atleast call it the butthole"
呆れたように司令官のジェイコブが口を挟む。
"Stop it, you three.These aren't words you'd speak in the grandeur of outer space"
「ビー、ビー、ビー」
突然、管制室内でブザー音が鳴り響いた。
"What`s up?"
司令官が問い掛けると、ルアーナの表情が途端に緊迫したものに変わる。
"Unidentified object confirmed to 100,000 kilometers to the right,this is……"
「ピー! ピー! ピー!」
メイソンが思わず声を荒げた。
"LYP-50X ! It's an enemy fighter!"
ジェイコブが即座に反応する。
"Terrible! Immediately put in support mode to prevent the pod from being shot down!"
小型船を操縦しているアイクが母船に向かって呼び掛ける。
”Marcus! Enemy's equipment?"
管制室前方にいた眼鏡をかけた青年が冷静な口調で返した。
”I've already figured it out,No big equipment.No EMP bombs no nukes.It's a very common piece of gear―――Oops!."
突然のマーカスの吃驚に、アイクは訝しげに眉を顰めた。
"What`s up?"
俄かにマーカスは声色を変えた。
"……The one on board is AI”
それまで冷静だったルアーナの口調に焦燥の色が加わった。
"To 747301! Special attack aircraft piloted by AI is trying to collide with you!"
司令官であるジェイコブが呼び掛けた。
"Mason! Prepare to shoot down immediately!"
"Copy that,sir.Preparation for ignition a EMP-equipped ballistic missile"
ルアーナが画面を見ながら、声をさらに張り上げる。
”Target confirmed,maximum output.
「ピピピピピ」
"Fire"
ミサイルが放たれ、瞬く間にその距離を縮めて行く―――
画面を見ていたルアーナが言った。
"Sidetrack"
"Damn it!”
歯ぎしりしながらも、すかさすメイソンが次の操作に移る。
"Activate EMP"
司令官が警告した。
"Ike ,instantly switch to analog signal"
小機に乗っているアイクが淀みない動きで手元のボタンとレバーを弄りながら答えた。
"Roger. Completed switching all communications to non-digital mode"
それに倣うように管制室のルアーナもタイピングの手を緩めず画面を凝視して呼応する。
"Switch Entire system of headquarters TKH to analog continuous"
”Launch EMP bombs "
マーカスがボタンを押した途端、船体が揺れクルー全員の耳に、キーンという長い電子音が突き刺さった。
ルアーナが必死に堪えるように冷静に画面を見て反応した。
”We destoyed all electronic paths of enemy aircraft”
ジェイコブが注意喚起した。
"Check that the engine has stopped"
メイソンが不敵な笑みとともに応答する。
Don't worry about it, you AI bastard!
「ビー! ビー! ビー!」
"Extraordinary situation code confirmation."
ルアーナが声を高らめた。
"What's going on?"
司令官が即座に問い返す。
”Left wing of enemy aircraft collides with a small meteorite!"
彼女が即答すると、離れたところにいたマーカスの声も大きくなった。
"It is changing its trajectory …… heading in the direction of the pod!
"Bullshit……"
メイソンが目を剥き、ジェイコブの語気が強まった。
"Ike! Turn the aircraft to the left now! Enemy aircraft are approaching from 65 degrees above the right!"
追随するようにルアーナの声もさらに高くなる。
”Repeat! Pod747301,Evade to the left now! Ike! respond!”
画面を見ていたマーカスが俄かに言葉を被せた。
"Communication is interrupted! It's possible that the EMP signal from earlier was not completely blocked!"
"No kidding.IKE! Respond!"
メイソンが思わず声を荒げる。
"Switch to a super high-performance camera"
ジェイコブが懸命に冷静さを保つように指示すると、即座に小機の船体がズームアップされたと同時にアラームが鳴り響いた。
「ピピピピーー」
ルアーナの声色がさらに張り詰める。
”Collision with the tip of the right wing! Part of the aircraft was damaged!
画面を見ていたマーカスが即座に気づく。
"Communication is back!"
ジェイコプが身を乗り出して問い掛けた。
"Ike! Can you hear me? Respond!"
沈黙が流れる。
全員が押し黙り、注意深く耳を澄ます。
ノイズがザザっと入り、しばらくの間の後、
"……This is Pod 747301"
その返答に、そこにいたクルー全員が思わず吐息とともに肩を落とした。
司令官は間髪入れず問い返した。
"Tell me the situation"
”Engine power decrease.It appears that the impact caused a hole in the fuel tank"
その言葉に管制室のクルー全員が言葉を呑み込む。ルアーナが蚊の鳴くような声で呟いた。
"……Oh my god……"
当のアイクは尚も冷静な声色で言った。
”The only way to do this is to take advantage of this fall and aim for the destination.Send satellite image"
すぐさま我に返ったメイソンが送信する。
"Arrived"
小機のアイクが答えると、司令官のジェイコブが指示を出した。
"Marcus! Please figure out the location and timing for landing right away."
I'm already doing it! It's out! IKE! I just sent it there"
すかさずルアーナが告げる。
”Entering the atmosphere”
小機のアイクが即答した。
"Activated shield"
メイソンがさらに言葉を被せる。
”Entering the troposphere”
ルアーナが画面に釘付けになる。
"17 kilometers to the ground……16,……15……,14……"
マーカスが制するように言葉を挟む。
"Not yet"
メイソンが息を呑みながら呟く。
"Don't get ahead of yourself……"
ルアーナのカウントダウンは続く。
"11,……10……,9…….8……,reaching 7,000meters……"
マーカスが尚も歯止めをかける。
”Endure it"
"6000…………5500……5000―――"
皆が固唾を呑んで、見守る中、ルアーナが語調を強めた。、
"4000m"
”Now!"
司令官の合図とともに、小機のハッチが開いた。
と同時に座席シートが音立てて上方へと飛び上がる。
強風でのその高度が最高頂へと達した瞬間だった。
「ババッ―――!」
アイクの背中に装着していたバッグから激しい音とともにパラシュートが勢いよく開いた。
瞬く間に膨張した屋根によって、それまで彼の鼓膜を激しく揺らしていた風音が急速に弱まった。
と思った矢先だった。
目下に映る山の斜面から、突き上げるような爆風が彼に襲いかかった。
衛星からの映像を見たルアーナが言った。
”Aircraft crash confirmed!”
緊迫した表情でジェイコブが呼び掛けた。
"Respond 747301"
しかし返答はない。
”IKE! Reply!”
ルアーナの悲痛な声が管制室に響き渡る。
固唾を呑みながら、クルー全員の表情が次第に青ざめていく。
数十秒間の沈黙が流れる。
誰も声を発さない。
次の瞬間、全員が目を剥いた。
"This is 747301"
呆気にとられたクルー達に向かってそれは告げられた。
"Reached the destination.Completed the mission.
その瞬間、クルー全員が安堵の吐息をつくと同時に、いたるところから拍手と歓声が沸き起こった。
"Yes!"
メイソンは前席にいたルアーナと思わずハイタッチを交わす。
表情を緩めながらもメイソンがさらに尋ねた。
”What is the current situation? Are you injured,cowboy?"
すると、向こうから不敵な声が返って来た。
"Hey……,Who are you telling? .Please,Kiss my butthole."
御上品で丁寧なその返答にマーカスが吹き出すようにして笑うと、傍で聞いていたルアーナが呆れた表情で笑みを浮かべ首を横に振った。
アイクは誰もいない深夜の森の中で片膝をついて屈んでいた。
その格好はおおよそ周囲の風景に全くそぐわないダーク色のタイトなスーツ姿。
そして、この上なく整髪料で塗り固められ見事なまでに整えられた七三分けの黒髪。
仄かな月明かりが地面を踏みしめているその革靴を黒光りさせる。
虫の鳴き声が静かに響き渡る中、やおらに頭を上げ、その双眸を開ける。
上半分しか縁がないシルバー色の眼鏡のブリッジを人差し指でそっと引き上げる。
そっと内ポケットから名刺入れを取り出し、中身を滑らかな指使いでしごく。
ネクタイをキュッと締め直すと、不敵な眼差しのまま脇に置いていた黒のアタッシュケースを手に取り、すっと腰を上げるや否や、彼は颯爽とその場から走り去って行った。