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思ってたのと違う異世界転移

作者: 秋村

『コミックNewtype』の「鍋に弾丸を受けながら」を読んで思いついたネタです。



「すまんのぉー、こちらの手違いでうっかり死んでしまったようじゃ。

 元の生活には戻れないが、地球で新しい生命へ転生するか、別の世界に記憶を持ったまま今のお前さんの姿のまま転移させてやろう。」

「扱い軽っ!」


 

 信号無視したトラックに轢かれたと思ったが、俺の目の前には謎の輝く爺さんがいた。

 眩しい頭部の爺さんは軽いノリで俺に異世界転移を勧めてきたので思わずツッコんでしまった。


「最近の若いモンは死んだら別の世界に行きたがるのだが、お前さんは違うのかい?」

「い、いや新しい世界に行きたいけどっ。

 チート能力とかくれるんだよな!!」

「チート能力とはわからんが、やり直し能力はくれてやろう。」

「マジで!!」

 俺はそれを聞いた瞬間ガッツポーズを決めた。

 やり直し能力は漫画でよくあるやつだった。

 戦闘能力でモンスターをカッコよく倒すのにも憧れるが、戦いなんてでたら死ぬ可能性もある。

 それならギャンブルで負けたらやり直して、勝ち続けて大金持ちになれるチート能力のほうが絶対いい。


「あ、でもまてよ!」

 賢い俺は、ちゃんと踏みとどまった。

「転移先って選べんのか?」

「ある程度はできるぞ。」

「なら、ちゃんと治安が整ってる国がいい!!」

 漫画やラノベでは転移・転生先の生活レベルが低く、元日本人には馴染めないと描かれることが多かった。

 俺はそんな生活を送りたくないので、事前に確認したのだ。


「なら、今の地球と同じような治安の世界でならいいのかのぉ?」

「やった!

 それならイイぜ!!」

 地球と同じ治安なら、生活の質も安定しているだろうと俺は頷く。

「モンスターやギルドがある世界じゃなくていいのか?」

「あったら面白そうかなぁ〜。でも生命の危険があるのはなぁ〜。」

「嫌になったら能力使って戻ってくればいいぞ。」

「なら、モンスターいる世界で!」

「ほい、あの扉を通れば、異世界に行けるようにしたぞ。」

「サンキュー!!」


 俺は意気揚々と扉を通った。

 現世のように、惨めな生活ではない。異世界での薔薇色人生を夢見ながら。




 1時間後。



「ざっけんなぁ!!」

 俺はやり直し能力で、光る爺さんがいる所に戻ってきた。

「なんだよあの世界!!」

「何って、お前さんが望んだ世界だぞ?」

「ふざけんな!

 モンスターは街中にいないのに道端に死体が転がってたり、周囲を見渡してたらいきなり警官に賄賂を要求されたんだぞ!

 断ったら棒で殴られて必死に逃げる羽目になったり持っているものはスられれるぐらいならまだしも、金品出せって強盗にあったんだぜ!

 挙句に、身代金目的で誘拐されそうになるとこのどこが、地球の治安と同じなんだよ!

 ギルドにすらたどり着けてねぇよ!!」

 全て、1時間もしないうちに起こった出来事だ。

 こんなところで生きていけるわけがない。


「おかしいのぉ。

 ちゃんと地球の治安と一緒じゃぞ?

 現地民はちゃんと生活できとる治安じゃぞ?」

「地球のどこの治安だよ!」

「ヨハネスブルグ、ナイロビ、ラゴス。」

「アフリカの三大凶悪都市じゃねえか!!」

「何を言っておる。

 紛争地帯ではない地域では、外務省も危険度レベル1しか出しとらんぞ。」

「十分注意してくださいって出してるじゃねぇかよ。

 てか、やばい地域だと、同じ国で何レベルまで出てきてんだ。」

「2024年でレベル4。」

「外務省退避勧告出してるぅぅぅ!!」



 どう考えても、安全ボケした日本人が住める国じゃねえ。チート能力があっても的確なガイドと、身の安全を確保できる場所がなければ確実に朝日は迎えられない。



「俺を殺す気かよ!!」

「数ある異世界の中でもまともな世界じゃぞ。

 他の異世界では、人は家畜となっているところや、大気が汚染されて地下で暮らしているところもあるのじゃぞ。

 地上で生活できて、経済活動が存在しており、警察という治安部隊がおるだけで異世界でも上位に安全な国じゃ。」

「え〜〜〜〜、マジで…………。」

 

 言われてみれば、俺も少しは納得した。

 漫画でも、治安が悪い世界というのは存在していた。

 有名なのはモヒカンがお札をケツを拭く紙にもなりゃしないと発言した世界だろうか。他にもサルが支配する世界や、荒廃した世界で企業間の戦争が起きている世界も物語にはあった。

 それらの世界に比べれば、まだマシなのかもしれない。

 ちなみに、お札はインクが盛り上がった印刷をされているから、本当にケツを拭くのに向いていない。


 

「もっとマシな国に転移させてくれよぉ〜。」

「仕方ないのぉ。

 フランスのパリと同じくらいのところではどうじゃ?

 流石に魔物やギルドなんかあるから本当のパリとは違うもんじゃが身分証なしでも生活できるぞ。」

「え、マジで!

 最高じゃん!」

「またそこの扉を通ればいけるぞ。」

「よっしゃ!

 今度こそ異世界生活を始めるぞ!!」

 

 爺さんから良い提案を受けた俺は、速攻受け入れた。

 フランスといえばオシャレな街。

 美味しいワインに食べ物。

 芸術品が沢山あって、観光の名所である場所。

 警察官もちゃんといて、経済も動いている。

 優雅な暮らしを夢見て、俺は扉をくぐった。




 3日後。




 俺はやり直し能力で、光る爺さんがいるところに戻ってきた。

「お前さん、どうしたんじゃい?」

「…………俺にはあの世界は無理だ。」

「何が無理なのかのぉ。

 きちんとした国家に送り込んだぞ?

 しかもある程度の金銭を持たせたうえで。」

「…………うん。

 ご飯美味しかったよ…………。

 スリとかには気をつける必要があったけど、殴られるわけじゃないし、街に死体転がってなかったし宿にも安全に泊まれた。景色は俺が望んでいた異世界の街そのものだったよ……。」

「なら、何が不満なのじゃ?」


 

「人種差別がキッッツイ…………。」



 俺は何があったのか爺さんに話し始める。

「お店に入っても俺のこと無視するし、すれ違い様に悪口言われるし、泊まった宿の朝食なんてパン一個だけしか出されなかったんだぜ。他の客にはちゃんと出しているのに……。

 抗議しても、バカにするような視線を向けてくるし、居るだけで気分落ち込んでくる。」

 日本で体験したことのない悪意にすっかりと心が折れてしまった。

 

「人種差別なんてどこの異世界でもあるものだろうに。

 それに、まだマジな方じゃぞ?」

「マシじゃない扱いってどんなんだよ。」

「ある国では珍しい肌色をしていると、呪詛の道具にされたりすることがあるのじゃ。」

「どんな異世界だよぉ。」

「地球でもある出来事じゃぞ。」

「えぇぇぇ……。」

「白い肌、赤い目をしたアルビノの子どもが贄とされることなどよくあることじゃ。最近ではアジア人も使われることもあるらしい。」

「現代でもあんのかよ…………。」

 日本で暮らしていた俺には、想像もつかない出来事だ。


「話は少しズレるが、現代地球でも医師ではなく呪詛などを取り扱う伝統治療医が活躍する国もあるぞ。」

「えーと、昔ながらの民間療法ってやつ?

 風邪引いたら生姜がいいとか。」

 死んだ婆ちゃんが子供の頃、生姜湯をよく飲ませてくれたのを思い出しながら答える。

「いや、祈祷で病を追い払うのじゃよ。」

「それって本当に2000年以降の話?」

「そうじゃぞ。

 あるNPO法人で活躍されておる日本人医師が現地を視察した時、精神疾患患者への治療方法としてコーランの一説を書いた木片を浸した水を飲ませておったそうな。」

「うわぁ…………。」

「詳しくはこころと文化 = Psyche & cultureに記載されておるから興味があれば取り寄せて読んでみるといい。

 吹きさらしの場所で精神疾患患者を鎖で縛り付けている写真も載っておったな。」

 いや、もう死んでるから見れないし。

 怪我したらちゃんと西洋医学を扱っている国で治療を受けたい。


 

「これからどうするのじゃ?」

「日本と同じ生活水準で、日本と同じ治安、経済をして治療もちゃんと受けられる国ってないの……?」

 日本人として、今までの生活レベルを落としたくないのでダメ元で提案してみる。

 

「あるには、あるが……。」

「えっ?

 あんの?」

「正直、転移には向かんぞ。」

 光る爺さんは今までにないほど眉間に皺を寄せた。

「何でだよー。

 日本ほど安全で安心な国はないって俺思い始めたぜ?」

「そういった国は戸籍管理が厳重なんじゃ。

 身分証明書なんて持ってない異世界転移者は、家にも住むことができんぞ。

 さっきのフランスレベルの国も、あの異世界でなければ活動が厳しいぐらいじゃったし。

 怪しげな伝統治療医が嫌というが、保険証なんてもんは転移者は持ってないぞ?」

 そうだった。日本で育って当たり前に持っているものだから意識してなかった。

「…………えーと、移住手続き、とか、して?」

「異世界行ってやり方分かるんか?」

 全くわかりません。わかったとしても、今までの生活を説明できるか怪しい人間に、移住や難民申請が通るとは思えません。

 俺は膝から力が抜けて、座り込んでしまった。

 

「治安が良ければ良いほど、身分証に縛られる。治安が悪いほど、金やらでもぐりこめる要素があるということじゃよ。」

「ですよね〜。」

「あと若いモンはすぐにモンスターが蔓延る世界でオレツエーしたがるが、現代日本でいえば人喰いヒグマが人間の生息地付近を彷徨いているもんじゃぞ。」

「ですね〜。

 三毛別羆事件のwiki読んだことある俺としては、それを例に挙げられると、冒険行く気なくなる〜。」

 座り込んだままイジイジし始めた。

 当初は最高の人生を送れると思った異世界生活が、なんだか思っていたのと違う生活にしかならないことがわかってきた。


 

「で、どうする?」

「――――地球に転生するわ。」

 俺は異世界への憧れを捨てて、現実に向き直ることにした。

「記憶も、チート能力も持ち込めんぞ。」

「うん、いいや。チート能力よりも安全の方がいい。」

「では転生先はアメリカ辺りで良いかの。」

「夜間に出歩くとどうなるの?」

「とあるコミックライターはスーパーからホテルまでの道のりで物乞いに追っかけられたり、キマッてる奴らに危険な声掛けをされたそうじゃぞ。

 治安が比較的良いとされているフロリダで。」




 地球の現代日本に人間として転生させてくださいと、俺は神様に土下座で頼み込んだ。












 




「不思議なんじゃが、日本という国は本当に治安がいい国なのかのお〜。」

「やめて、俺の気持ちを砕くことをいうのは。」

「地下鉄サリン事件、元首相暗殺、三菱重工爆破事件、あさま山荘事件。テルアビブ空港乱射事件。

 日本人が起こした出来事により、自爆テロなんて世界共通語でkamikazeとも呼ばれておるんじゃぞ。」

「なんか知らない日本じゃない事件混じってるけど、碌でもない事件だということはわかったから、やめて。」

「2024年には、首相官邸にガソリン積んだ車で突っ込もうとした輩もおるしの。

 あれ、万が一でも引火していたら被害は100人は超えていたのではないか。」

「やめてよぉ!

 俺の日本転生の気持ちを壊さないで!!」



 参考文献

 多文化間精神医学会 学会誌「こころと文化」第18巻第2号 (2019年9月刊)

 多文化間精神医学会 学会誌「こころと文化」第19巻第1号(2020年2月刊)

 原作:青木潤太朗、作画:森山慎 「鍋に弾丸を受けながら」 KADOKAWA

 

 三毛別羆事件はwikiの内容でもかなりエグいので興味持った方はご注意下さい。

 


先進国アメリカでも生活できると思っていないので、異世界転移したくないなという気持ちで書きました。

フランスネタはネットのブログにあったものを参考にしています。

魔法での治癒ネタや、人体に関することで短編シリーズ書くかも?



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― 新着の感想 ―
うーん 異世界転生する前の 注意事項マニュアルにしたいくらい よくできている。
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