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議員

 サキは議員とコネがあった。

 契約殺人コントラクト・キリングでひと財産築きたいのなら、何はともあれ議員にコネをつくる必要があった。始末すべき対立候補、始末すべき脅迫記者、始末すべきギャング。ターゲットには事欠かない上に、警察に顔が利く。

 政治家たちは生まれついての嘘つきだが、偽札を刷るほどの甲斐性がないことが救いだ。紙幣は嘘をつかないものだ。

「それにナタを使うのが上手くなれば、純金での支払いだって受けられる」

「それで、ぼくらはどこで、その政治家と会えばいいの?」

「ヨット・クラブがある。いま、きみの頭のなかでは桟橋のそばにある小さな木造の建物が想像されているのだろうが、その偏見は捨てることだ。ヨット・クラブは大統領宮殿に次ぐ、〈真珠〉で二番目に豪華な建物だ。実際、宮殿に似ている。左右に広がり、彫刻を施したベランダがあり、ドアは縦に長すぎる。クラブの会員になるのは簡単で大金を、それも途方もない大金を積めばいい」

「分かったよ。ぼくらは裏手のゴミ捨て場に待たされて、犬に骨を投げられるみたいに仕事をもらうわけだ」

「きみはそんなに悲観的な人間だったか? 言っただろう? 大金を積めば会員になれると」

「積んだの?」

「ああ。積んだ」

「女で殺し屋なのに?」

「あのなあ、きみ。ヨット・クラブには〈真珠〉でもトップクラスの政治家や実業家が集まっている。つまり〈真珠〉でもトップクラスのペテン師や変質者が集まっているということだ。そんな人間のクズどものうちでも最もクズなのが、我らがロメロ議員閣下だ」

 葉ぶりと実の大きさまで揃えた椰子の並木のあいだをサキが運転するオープン・カーで走り、髪をなびかせて、国旗色の花をそろえたロータリーをまわって、ヨット・クラブの車まわしの前で止めた。風になぶられた髪に手ぐしをひとつふたつ入れているあいだにクラブハウスの召使いがやってきて、恭しく、サキから車の鍵を受け取った。全車あわせて小国の国家予算に相当する高級車たちが並ぶ駐車場へとサキの車は走っていった。

 サキの車は庶民的なメーカーが背伸びをして作った、高級車もどきだから大いに見劣りしていたが、サキはこれは足掛けに過ぎないと言って、いずれは国家予算クラスのお金を稼ぐのだと目的を高く持っていた。

 ヨット・クラブは植民地風建築の粋を集めた、副王府みたいな豪邸でアーケードにはアーチから降ろして熱を遮断するための赤と縞の日除け布がロール装置に巻かれていた。

 堂々と正面から入ると(正面ドアを身長が二メートルを超えたふたりの黒人が開けてくれた)、葉巻をくゆらせた議員や将軍、外国の王子、製糖業界の大物たちが金と金と、あとそれに金の話をしていた。

「砂糖の生産量を制限するなんて馬鹿げている。過剰生産はデマだよ」

「きみ、富くじ付き債券を何とかしてくれないか? 国家のために有用な事業がだね」

「なに、ストライキなど、わたしが二個中隊を貸し出せば、簡単につぶせるさ。だから――」

 便宜とキックバック。ザル法と機関銃。

 観葉植物が、充満する儲け話の緩衝材のように配置されていた。確かにここにいる連中は間違いなく、殺したい人間がいるだろう。それも殺せば、さらに有利な取引や大金が稼げるという遊ぶ金欲しさの犯行だ。

 入ってきたのと反対側には海と白い砂、裂いた椰子でつくったビーチ・パラソル、それに神話のように大きく膨らんだ青灰色の雨雲が見えていた。その雨雲は嵐の一歩手前の力強さを内包していて、もうじき、この豪華な宮殿にもぶつかってくるはずだった。手回しオルガンの猿みたいな制服を着た少年たちが砂浜のデッキチェアやパラソルを折りたたんで、倉庫に運んでいて、海上にはヨットは一艘も浮かんでいない。外国から機械や自動車を運んできた貨物船が用心深く錨を下ろしているだけだ。

 そのうち、甘く湿った雨のにおいを風が運んできたので、ガラスをはめた扉が閉められた。嵐を前にしても、金、金、また金の話が続いていて、どう転がしたら、今持っている金を増やせるか、そのことばかり話していた。

 後は政治だった。

 ここは〈真珠〉で唯一、シャツに青い腕章のタレコミ屋がいない場所だった。それに〈恩人〉のポスターも貼っていない。

 召使いがひとり、サキに話しかけてくる。

「ヴィンセントさま」

「うむ、ピエール。息災か?」

「はい。ヴィンセントさま。お気遣いをどうもありがとうございます。そちらのお客さまは? 当クラブは初めてのようですが?」

「ロメロ議員から何かきいてないか?」

「ロメロ閣下ですか――はい、ございました。申し訳ございません。ただいま、ご案内いたします」

 海が目と鼻の先にある宮殿に二十五メートルプールをつくる意味は何なのだろう? もう明日にも死んでしまうほど弱った病人を殺すよういわれた仕事があるが、あれと似ている気がする。

 プールでは、上まである古いタイプの水着を着た男がプールから上がるところだった。四十五歳かそこらの年齢だが、健康にはちきれんばかり。だが、若くは見えず、相応の年齢に見えるのは濃い眉毛と太いもみあげの威厳のせいなのかもしれない。

「座ってくれ」

 そう言われて、殺し屋はデッキチェアに腰かけた。プール室の脇にならぶガラスドアには大きな雨粒が当たって、パチパチ音を立てている。雲のなかを雷音が重々しく転がっていた。

「朝、まばゆい朝日を見ると、その日に大雨が降ることが分かる。昔から得意なのだよ。天気予報は」

 政治家は嘘をつく。もう嘘が始まっているのかと思ったが、嘘だとしても、天気予報が下手だというだけだ。

「兆しがあるものだ。あわれな、そこまで天気予報が得意じゃないものは片や勲章だらけでしゃべりが上手いだけの老人、片や資金が使ってくれと唸っている。どちらのほうに風が吹いているかは一目瞭然だ。――と、こんなふうに風の読み方を間違える。それで間違った予報を信じて、浜辺に出たり、ヨットで沖に出る。みな、昔からの知り合いだ。わたしは説得する。間違ったことをすることはやめるんだと。だが、それを信じない。それどころか、恩知らずにもこちらの助けの手に唾を吐く」

 議員はテーブルの上のウィスキーで少し舌を湿らせた。

「その地位が、富が、名誉が、誰のおかげで得たものなのか忘れてしまうのだ。だから、わたしはその愚かさに対する罰があるとしても、わたしはすまい。大自然の教訓にただ任せることにしている。波がヨットを転覆させる。教訓は大きい」

「サキはその大自然の教訓のひとつですか?」

 殺し屋がたずねると、議員はうなずいた。

「大自然のやり方はなかなか時間がかかるが、サキはそれを早く済ませるのに長けている。サキはきみもまたそうだと言っている」

「はい」

「自信があるのかね?」

「自信というか、事実なので」

 その後、三週間のあいだに、悪魔を壺に飼っていると評判の黒人呪術師と郊外に屋敷をふたつ持っている公金横領者、上流界のゴシップを集めて人をゆすっているジャーナリストを立て続けに暗殺した。

 サキは殺し屋にナタを使うべきだナタナタとうるさかったので、最初の暗殺でナタを使ったが、壺のなかの悪魔に吸い込まれてしまったので、もう忘れることにした。

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