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9/9

あるオーナーさんの受難(どうっ)

【お詫びと訂正】

大崎さんの名前について、元々緩やかな蜘蛛の巣をイメージして繭莉とつけていましたが、方向性を変えたことにより、八雲に訂正させて頂きました。


このまま行こうかと思いましたが、どうしても違和感が拭えなかったので、申し訳ありません。

 












「…………………………………………」

「…………………………………………」



 深夜の店内を満たす殺伐とした空気。

 一分一秒が永遠のようにも感じられ、時計の針がストライキでも起こしているんじゃないかと、そんなバカみたいなことすら頭に浮かんできてしまう。


(………………八雲ちゃんのことだ。シフトが始まる時間になったら、渋々だとしても休戦状態になるのはわかってる。だから、それまで耐えればなんとかなる、はず)


 筋を通すといったところを……というか、そこだけ厳しく教えられて育ってきた八雲ちゃんが、今回のことに限ってそれを無視するなんてことはあまり想像できない。

 まぁ、とはいえ滝川君のシフトの時だけあからさまに早く来る八雲ちゃんは、今日も今日とて余裕のあり過ぎる時間に到着してしまっているので、まだしばらくこの地獄を耐え忍ばなければいけないのだが。

  

 

「…………大崎さんは、とても華やかな雰囲気がありますよね。()()()()()()



 そして、そんなことを考えている間にも、刻一刻と変化し始めた戦場。

 その言葉は、一見八雲ちゃんを褒めているようにも見えるものの、実態は全く持って異なる。

 それこそ、耳がどうにかなってしまったのか、『尻軽ビッチ』、『頭お花畑』といった副音声が重ねて聞こえてくるような気がして、涼しい室内だというのに変な汗が滲み始めてきた。

  


「それと、別にハルさんと無理をして仲良くする必要はありませんよ? バイト先が同じだからと言って、必要以上に気を遣うことはありませんし、介護をせずともそう簡単には死にません」



 まるで兄を嫌ってでもいるかのような、棘のある一言。

 それが愛情表現の一種だというところに、なんともいえない苦々しさを感じる。

 なぜこうも素直になれないのかと、そんな気持ちで。

 まぁ、自分も似たような時期はあったので、一万歩ほど譲れば気持ちはわからないでもない。

 とはいえ、小学生くらいの頃のことなので、彼女の置かれた状況とは全く違うのだけれど。

 

  

「…………私、世話焼きなんだ。それに、ハル君も私のご飯が食べられないと死んじゃうって前に言ってたしね」

「え? 僕は、そこまでは――」

「だよね?」

「いや、でも――」

「だ・よ・ね?」

「…………はい。そうです」



 その言葉に、ぐぬぬと悔し気な顔を浮かべる妹さんと、勝ち誇ったような顔を浮かべる八雲ちゃん。

 そして、叱られたように項垂れそれを見ていない滝川君と、どちらもが視界に入ってきて白目を剥きそうな僕。

 男女のグループがそれぞれ対照的過ぎて、なんともいえない混沌とした空間が一瞬にして出来上がる。 

 


「…………妹ちゃんの方は、物静かで、落ち着いた雰囲気があるよね。()()()()()()



 さらに、続く第二ラウンド。

 どうやら、今度は八雲ちゃんから仕掛けるらしい。

 先ほどの焼き直しのように放たれた言葉に、やはりというべきか、『粘着女』、『毒舌陰険』といった副音声が重ねて聞こえてくるような気がする。

 


「逆に、妹ちゃんも大変じゃない? 家族だからって、世話を焼く必要もないと思うけど。今は、私みたいに、近くに住んでるわけでもないみたいだし」



 さすがに、妹さんとは違って、小学生男子のような無駄な毒を吐かない八雲ちゃん。

 しかし、その分彼女は乙女だ。 

 普段は何事もはっきりと物を言えるのに、ここぞという時はヘタレで、恥ずかしがりで、ごにょごにょと婉曲な言い方をしてしまうのだ。

 まぁ最近、初めて知ったばかりのことではあるのだけれど。


(……………………昔から、色恋には疎かったもんなぁ。というより、お母さんに趣味がよく似ているといった方がいいのかも)


 八雲ちゃんのお父さんも、滝川君のように穏やかで、いつもニコニコしていて、それでいてどこか掴み所の無い天然さのある人だ。

 若干、ファザコン気味な部分もあったことを思えば、なるほど確かにと以前納得したことを覚えている。

 


「…………仕方がない人なんです、本当に。先ほども、私がいないと寂しくて死んでしまうと泣きつかれてしまいましたので」

「え? 僕は、そこまでは――」

「ですよね?」

「いや、でも――」

「で・す・よ・ね?」

「…………はい。そうです」



 既視感のある悔しげな顔と、勝ち誇ったような顔。

 少し違うのは、先ほどよりも深く項垂れた滝川君と、心の安定のために素数を数え始めた僕くらいだろうか。

 今回はまだ時間制限があるからいいものの、もしなかったとしたら、滝川君は地面にめり込むし、僕は息継ぎが必要なくらいの桁まで到達してしまっていたかもしれない。

 本当に、そうならなくてよかったと思う。

 


「………………私達、気が合いそうだよね」

「………………ええ、本当に」

「「……ふっ、ふふふふ」」



 とはいえ、時計を見るも経過した時間は約半分。

 まだまだ終わりにはほど遠く、二人の熱もヒートアップしていくばかりだ。

 それを証明するように、今まさに目の前では、全盛期の工藤君や剣崎君を思わせる殺気交じりの視線を、うら若き乙女たちがぶつけ合っている。

 それこそ、世紀末の世界さながらのように。

 

(……………………僕は、お見合い結婚でよかったんだなぁ)


 そして、僕は現実逃避も兼ねて残り時間のめいいっぱいを奥さんへの感謝に捧げ始めた。

 生きて帰ったら、もっと感謝を伝えようと、そんな死亡フラグのようなことを思いながら。

 

 




 






とりあえず、前から思っていた修羅場っぽいの描きたいなーという熱が少々落ち着いたので、いったんペースも落ちてくるかもしれません。

遅くなりましたら、ご容赦ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] こちらも、拝読させていただきました。 鈍感は罪。 果たして、「こてっ」で一本決まるのでしょうか。
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