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兄想う、故に難あり


 週の終わりの金曜日。

 大学の講義が終わった後、何もすることもないのでまっすぐ帰ると、何故だかドアが開いたままになっていることに気づいた。

 


「あれ?開いてる?」


 

 いつもとは違う向きのせいで噛み合わない鍵のギザギザ。

 もしかしたら、今日は大掃除の疲れでちょっと寝坊気味だったから、その時に閉め忘れてしまったのかもしれないと思い返す。

 とはいえ、取られて困るものなど正直ほとんどないので、逆に泥棒が入っていたなら何か目ぼしいものがあったか聞いてみたいところだった。



「まぁ、いっか。ただい――」

「……おかえりなさい。待っていましたよ?」

「あれ?雫?来てたんだ」

「…………行くと伝えておいたはずですが」

 


 ただの惰性で口にした帰りの挨拶に言葉が返ってきて少し驚く。

 一瞬、本当に泥棒が来てたのかと思いかけるも、そこには見慣れた仏頂面があって、何となく状況を飲み込めてきた。

 そういえば確か、昔合鍵を渡して、そのままになっていたような気もするし。

 


「そうなんだけどさ。こんなに早く来るって思ってなかったから。相当急いだんじゃないの?」

「……まぁ、それなりに」

「ははっ。雫がそれなりって言うなら、僕にはすごくだね。ほんと、お疲れさま」



 例えるなら、ウサギと亀くらいの早さだろうか。

 しかも、真面目なウサギと、サボり魔の亀だから、あまりにもスピード感が違い過ぎる。

 もし、物語のように競争したとしたら、数ページくらいで結末を迎えてしまうに違いない。

 もちろん、ウサギの大勝利で。



「あっ、そういえば。疲れてるならオレンジジュース飲む?最近ハマってるんだけど」

「………………………………」

「それとも、ガツンとみかんアイスのが好き?美味しいよね、そっちも」

「………………はぁ。正直、色々と思うところはあったのですが」

「ん?なに?」

「……ハルさんは本当に、相変わらずですね」


 

 一体、どうしたというのだろうか。

 先ほどから、やけに固い顔をしてこちらをジッと見つめてきていた雫は、やがて大きなため息を吐くと、呆れたような笑顔をこちらに向けてくる。

 それも、雫にしては珍しい、どこかホッとしたような、気の抜けた笑顔を。



「それって、どういう意味?」

「ふっ。ハルさんは、成長がないという意味かもしれませんね?」

「え? 心外だなぁ。これでもグングン大人の経験積んでってるんだよ?」

「……ほう? その心は?」

「ほら、バイト先でオー――」


 

 どこか懐かしい、軽口の応酬。

 しかし、その言葉を言いかけた瞬間、何故だか雫はこちらにグッと体を寄せ、壁に僕を押し付けてくる。

 とはいえ、痛いというほどの力でもないので、やけに顔が近いなと、そう思う程度だけれど。



「……バイト先で、その大某おおなにがしさんとなにか?」

「え、っと。急に、どうしたの?」



 吐息の当たるような距離感。

 いつの頃からか伸ばし始めた長い艶やかな髪が体に当たり、くすぐったさを感じる。

 だけど、どうやら雫はそんな僕の様子は眼中にないようで、その夜を思わせる綺麗な瞳を見開いてこちらを問い詰めるかのように、圧力をかけてきていた。



「……教えてください、ハルさん」

「別に、大したことじゃないよ?」

「……それは、私が判断します。ですので、出来るだけ詳しく、最初から話してください」 

「えー、と。なら、どこから話そうかな」

「……………………………………」



 正直、ここまで食いつかれるとは思っていなかったのだ。

 というより、別に大した話ではないので、ここまで聞く姿勢を取られるとやりづらい。

 けれど、このドライアイの人には到底できないような開眼を披露している雫が、話を聞かずに退くなんてことありえないに決まっている。

 どうにも状況が飲み込めないが、僕が観念する他ない状況だった。



「あー、確か、二週間くらい前だったかな?やけに見られてるなって思ったんだ」

「……それで?」

「最初は気のせいかなとも思ったんだけど、やっぱりそうじゃなくて。やたらと目が合うんだよね」

「……それで?」

「そのまましばらくは何もなかったんだけどね。ちょうど昨日の終わりがけに声かけられてさ」

「……………なんと、声をかけられたのですか?」

「ちょっと、時間あるかって。あるなら、奥に行って二人で話がしたいって」

「……だから、そのまま、のこのことついていったと?」

「まぁね。断る理由も無いし。それに確かに、人に聞かせる話でもなかったしね」



 みんな知り合いらしいので、もしかしたら聞かれてもいいのかもしれないが、近しき仲にも礼儀ありという言葉だってある。

 それに、世間一般的には繊細な方面の話だし、あえて聞かせるようなものではないことは誰がどう考えたって明らかだろう。



「……どんな、話だったのですか?」

「そろそろ、次の段階に行こうかって、そんな感じかな?前からちょくちょくタイミングは考えてたらしいんだけど」

「…………………………それで?」

「え?」

「…………………………ハルさんは、なんと?」

「そりゃ、当然。是非お願いしますって」 

「…………………………まさか…………話を受けたのですか?」

「まぁ、僕からすれば有り難い話だしね」

「…………………………そう、ですか」

 

 

 実際のところ、あまり断る人はいないのではないだろうか。

 むしろ、僕の場合は話の意図が読めた瞬間に食い気味に返事をしたので、相手が苦笑していたくらいだ。

 まぁ、そのことをみんなにメッセージで報告したら工藤さんと剣崎さんからは生意気だとヤクザスタンプが送られてきてしまったけれど。



「…………………………………………次は、いつバイトに?」

「へ? あ、うん。明日だけど?」

「…………では、会わせて頂けますか。その時、その人に」

「え? どうして?」

「……どうしてもです」



 そう言った雫は、いつになく真剣で、それでいて悲しそうで。

 僕は頷くという選択肢以外を選ぶことができなかった。 

 本当は、聞きたい気持ちでいっぱいだったけれど。

 それこそ、どうしてその人に――時給を三十円上げると言ってくれた、ようやく事務仕事はできるくらいに腰の調子が戻ってきたオーナーさんに、雫が会いたいかなんてことは特に。



「………………ううん。これも兄の甲斐性のうちだよね」



 それでも、やっぱり僕は何も言うことは出来なかったのだ。

 それが無理なお願いでないなら、余計に。

 せっかく海外から戻ってきた妹の、多少のわがままくらいは任せとけと言ってあげたいと思ったから。

 







オーナーさんと大崎さん、最初の2音だけは同じだった的なすれ違いですね(笑)

まぁ、この作品はボケテイストにするために若干力技部分も出てくるかもしれませんので悪しからず。


また、楽しいとかつまらん等あったら何でもいいので感想、ブクマ、評価、いいね等頂けると嬉しいです。

なお、客観的評価を知りたい部分が強いので、最悪ブクマ剥がし、話しによりいいね付けないとかでも構いません(笑)

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