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武士(もののふ)系のうちの妹【旧:そのよんっ】


 特に予定もないのでベットでゴロゴロとしていると、不意にどこかから響いてくるスマホの振動音。

 連続して聞こえるそれが、メッセージではなく電話であることを暗に伝えてきて、のそのそと動き始める。



「あれ?どこ置いたっけ…………あっ!あった」


 

 発信源らしき場所を手探りで探し、布団にもみくちゃにされたそれを救い出すと、そこに表示されていたのは知らない番号。

 迷惑電話だったら嫌だなとは思いつつも、知り合いだったら悪いのでとりあえず出ることにする。

 


「もしもし?滝川ですけど」

「…………お久しぶりです、ハルさん。しずくです」

「ん?雫?」

「…………とうとうハルさんの緩い頭は、私の声も忘れるくらいボケてしまったようですね」


 

 聞こえてきた意外な声に、一瞬驚く。

 しかも、それが少し前から海外にいるはずの、加えてずっと固定電話ユーザーだった妹ともなれば、なおさらだろう。

 しかし、それがどうやら誤解を招いてしまったようなので、慌てて弁明することにする。



「あ、違うよ。ちょっと、びっくりしただけ。ほら、雫は携帯ずっと持ってなかったしさ」

「………………さすがに、不便だったので。お母さんに心配をかけ続けるのもあれですし」

「ははっ。まぁ、そうだね。母さんは、ほんとは一人暮らしもさせたくないみたいだったから」


 

 余計なものを持ちたがらない雫は、特に困らないと言ってそれを買おうとしてこなかった。

 でも、今年から海外で暮らし始めた雫に、母さんは頻繁に手紙を送っていたようだから、さすがに重い腰をあげざるを得なかったのだろう。

 これで無理なら最終兵器として僕がという風に頼まれてはいたけれど、なんとか粘り勝ちしてくれて本当によかった。

 寂しいといえば余裕とかなんとか母さんは言っていたが、最悪鼻で笑われるのがオチだと思っていたところだし。



「心外ですね。私は、ハルさんよりも確実にしっかりしていると思いますが」

「そうじゃなくてさ、ほら。雫はやっぱり可愛いから、色々と心配なんだよ」

「っ…………月並みな、誉め言葉ですね。相変わらず、捻りがなさ過ぎます」

「ごめんね。不甲斐ない兄で」

「……別に、期待していませんから。でも、塵も積もればとも言いますので、今度からはそういった方向性でいったらいいんじゃないですか? まぁ、私がそうして欲しいわけでは無くて、ただの意見……本当に、純粋な、合理的観点からの考えですけど」



 捲し立てるような勢いの強さは、久しぶりだということを差し置いても、それだけ僕の言葉がダメだったということだろう。

 個人的には、そろそろ兄としての威厳を見せつけたいところではあるが、僕とは違って何をさせても優秀な雫にそうできるビジョンは、朧気ながらも浮かんでは来ない。  

 というより、雫の口癖でもある『全部私がやるので、ハルさんはただ横にいるだけでいい』という言葉に、僕自身が一番納得してしまうくらいだ。

 もしかしたら、雫がうちに来たあの日から、この関係性は運命づけられたことなのかもしれなかった。



「いつもありがとう。雫が妹でよかったよ」

「…………私は、兄と妹という関係を越えたいと、常日頃から思っていますが」

「そこは我慢してよ。どうしようもないことなんだし」


 

 きっと、僕がマイナスポイントを重ね過ぎてしまったからだろう。

 いつからか、兄さんという呼び名が名前呼びに変わっていて、雫の頭の中で家庭内カーストが変動してしまったことを自覚させられた。

 しかし、とはいっても兄と妹の関係はどれだけ能力差があっても変わりようがないものなので、なんとか諦めてもらう他ない。

 『兄より優れた妹など存在しない!』と冗談で言った時は何言ってるんだこいつみたいな目で呆れられてしまったけれど。



「………………まぁ、いいです。しばらく行けていませんが、そちらは大丈夫ですか?」

「んー、相変わらずかなぁ。特に問題はないよ」

「本当ですか?どうせ、自炊もせず体に悪いものばかりを食べているのでしょう?」

 


 実家ではぐうたらの姿をこれ以上無いほど見せてしまっているし、何度か僕の家に遊びに来た時も、冷蔵庫にあったのが調味料くらいだったからだろう。

 断定染みたその言葉に、しかし、今の僕は意気揚々と反論することができる。



「ふっ。今の僕は、かつてないほど健康体だよ。前とは違って、ちゃんとラーメンのネギ以外の野菜も食べているんだ」

「ほぅ?」



 ネギとは違うのだよ、ネギとは。

 そうドヤ感を出して伝えた言葉に対し、明らかに信頼がない様子の平坦な声が返ってくる。



「まぁ、相変わらず自炊はしてないんだけどね。バイト先の人が料理上手でちょくちょくおこぼれを貰ってるんだ」

「あー、例のコンビニのですか? 違法な薬物でも売っていそうな顔ぶれの」

「そうそう。結局、いい人達ばっかりでよかったよ」

「まぁ、それは理解しました。しかし、料理が得意とは意外ですね。話からはあまり、そういった印象は受けなかったのですが」



 ちゃんぽらんな性格の僕の新生活が心配だったからからだろう。

 まだ雫の受験が本格化する前、特に僕が大学に入ってすぐの頃は、近いとも言えない実家から中々の頻度で訪れ、それ以外にもよく近況を電話で尋ねられた。

 そして、その話の中には当然バイト先のことも含まれていて、雫はそんな雑多な情報を未だに忘れずに覚えているようだった。



「そうかな?他の二人はともかく、大崎さんは几帳面だし、意外感はなかったけどね」

「……待ってください。大崎さんとはどなたですか?初耳なんですが」

「そうだっけ?いや、もしかしたらそうかも。僕が大崎さんと会ったのも、けっこー経ってからだった気がするし」



 思い返してみると、大崎さんと同じシフトに入ったのはだいぶ後になってからだ。

 その時は、これだけ入っている人とシフトが合わないって凄い確率だなと思った記憶もあるし。

 だから、雫にした話の中では工藤さんと剣崎さんの二人しか出てきていなかったのだろう。

 正直、根掘り葉掘り聞かれすぎて、なんとなく全部を話した気分になっていた。

 


「……当然、男性、なのですよね?」

「え?違うよ?」

「……では、主婦の方とか」

「ううん、同い年。大学は違うけどね」

「………………なぜ、黙っていたのですか?」

「ん?あ、いや、言ったつもりになってた。ごめんね」


 

 その唸るような低い声にすぐさま戦略的謝罪を僕は選んだ。

 というより、中学や高校の時もたまにあったことではあるが、山の天気よりもコロコロと急に変化するので年頃の女の子というものは本当に難しいなと思う。

 どこかに取り扱い説明書でも置いておいてくれると大変助かるのだけど。



「………………どういう仲なのですか?」

「うーん、バイトでよく会うかな。それと、たまに一緒に遊びに行くよ」

「………………まさか、部屋には入れていないですよね?」

「あー、この前来たよ。でも、大丈夫。ちゃんと綺麗に掃除しといたから」



 綺麗好きな雫からしたらどうやら僕の部屋は汚いらしい。

 毎回、来る度にベッドの下まで徹底的に掃除されて、髪の毛一本すらチェックしているかのような鬼気迫る勢いだった。

 それに、『こんな部屋では、私以外の女性の方は到底呼べませんね』なんて言葉をやけに言ってくるものだから、今回は僕も頑張って掃除をしておいたのだ。



「大崎さんからも、片付いてるねって言葉を貰えたしね」

「…………………………………………」

「あれ?聞こえてる?」

「…………ええ、はい。しっかりと、聞こえていますよ。甚だ不本意ながら」


 

 どうしてか電話からは、何かが軋むような音が断続的に響いている。

 先ほどから会話も間隔が開きがちだし、もしかしたら電波障害かもと思い尋ねてみるもちゃんと聞こえてはいるらしい。

 海外から電話を受けるのは初めてだが、特有の音なのだろうか。



「ならいいんだけど、なにか音が――」

「次の週末、そちらに行きます」

「あ、え?どうして?」 

「どうしてもです」

「いや、そんな気軽に来れる距離じゃないでしょ?」

「関係ありません。緊急事態ですので」

「緊急事態?いったい――」

「それでは、また」



 有無を言わせない終わりの言葉とともに、繋がっていないことを示す電子音が鳴り響く。

 というより、次の週末と言えばもう明後日のことだ。

 飛行機のチケットやら色々と準備が必要だろうに、本当に来る気なのだろうか。



「……………………でも、言い出したら聞かないし」


 

 その融通の利かなさにも繋がる有言実行な性格は、昔から変わることはなかった。

 それこそ、小学生の頃には近所で有名な悪ガキと喧嘩してボロボロになって帰ってきたこともある。

 まぁ、雫の方に理があったみたいだし、相手が泣きながら土下座したので手打ちとしたらしいが。

 だからきっと、今回も言葉通りここへやってくるに違いない。

 大和撫子のよう見た目をして、中身は武士もののふなのだ、うちの妹は。

 


「うーん。とりあえず……掃除でもしとこうかな。ちょっと怖いし」



 人生諦めが肝心だ。自分の力ではどうしようもないことは特に。

 そして僕は、欠伸しながら体をほぐすと、とりあえず季節外れの大掃除をすることに決めたのだった。 



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