大崎さんの、いけちゃう日【旧:そのさんっ】
先週約束していた誕生日会兼飲み会。
何やらご飯まで作ってくれるらしい大崎さんの買い物に荷物持ちがてらついていくと、今まで縁のなかったお酒コーナーに入り何やら気分が盛り上がってくる。
「…………大崎さん」
「なに?」
「僕、ついに大人になったんだね」
「あははっ。何それ」
「いやー、なんかお酒見てるとテンション上がってきちゃって」
「ふふっ。そういうとこ、めちゃくちゃ子どもっぽいよ」
どうやら、今の反応は大人としては不合格だったらしい。
やはり僕もまだまだ二十歳界の中ではヒヨッ子。
先達の振舞いを学ばせて貰おうと大崎さんの意見を尋ねることにする。
「なるほど。じゃあ、こういう時はなんて言えばいいと思う?」
「んー、なんだろ……あはっ。例えば、お酒のこと詳しい感じ出してみたら?絶対ハル君には似合わないだろうけど」
「似合わないと言われるとやりたくなるのが男の性だよね」
「あははっ。なら、やってみてよ。採点してあげるから」
完全にからかう気満載の笑顔に、見返してやりたい気持ちがこみ上げてくる。
しかし、とは言いつつも僕はお酒に関しては全くの無知だ。
とりあえず、昔テレビで見たそれっぽい感じのものを思い浮かべつつ、近くにあったお酒を手に取ることにする。
「……ふむふむ、これは」
「ふ、ふふっ。これは?」
「……なかなかの」
「なかなかの?」
「……オシャレな瓶だね」
「あは、はははっ。結局そこっ!?」
「正直、何も分からなかったよ」
「あはっ。まぁ、そうだよね」
持ち上げたり、軽く傾けてみたけど何も伝わってくるものはない。
というより、僕が見たテレビでは確か匂いを嗅いだり、軽く一口含んだりしていたはずだ。
持った瞬間に、おや違うなと思ったけれど、やっぱり結果は変わらなかった。
「とりあえず、ハル君にどれが合うかわからないしテキトーに買ってこっか」
「ありがとう。ちなみに、大崎さんはお酒好きなの?」
「んー、微妙かなぁ。私は別にお酒なくても楽しめるタイプだし」
「そうなんだ。じゃあ、今日もあんまり飲まない感じ?」
「…………ハル君は、どっちがいいと思う?」
どちらかというと、意見がはっきりとしたタイプの大崎さんには珍しい問いかけを疑問に思う。
別に、畏まった関係でもないのだから、飲みたいのなら飲んでくれればいいし、そうでないなら飲まなければいい。
もしかしたら、家主に気を遣ってそう言ってくれたのだろうか。
「好きにしてくれていいよ。なんなら、泊まっていってもいいし」
「…………………………」
一応、以前妹が運び込んだ布団を干してはおいた。
本人も自由に使っていいと言っていたし、最悪それを大崎さんに使って貰えばいいだろう。
まぁ、僕と大崎さんの家はそれほど離れていないので、帰った方が早い気がしないでもないが。
「………………ちなみに、ね」
「うん」
「…………私……今日は、その」
「なに?」
何か言いづらいことだろうか。
それとも、言葉を選んでいるのだろうか。
内心を現わすかのように彷徨う手は、しばらく色々な棚を行ったり来たりし、やがて、収まりが良かったのかどっしりとした四角い瓶の上でその動きを止めた。
「…………………………いけちゃう日だから」
「……そう、なんだ」
Sinceなんちゃらと書かれたラベル。
大崎さんの髪色に似たはちみつ色のその中身は、いかにもいけちゃう感しか漂っていない。
むしろ、お酒をほとんど知らない僕でもわかった。
あ、これ。絶対強いヤツだと。あかんヤツだと。
「…………………………」
「…………………………」
何か想い入れがあるのか、上気した頬と潤んだ瞳。
芯の強い大崎さんらしい真っ直ぐな視線が、その覚悟を問いかけるかのようにこちらを覗き込んでくる。
「…………大崎さん、いけちゃう日なんだ」
「…………うん」
どの発言がきっかけでスイッチが入ったのかはわからないが、正直イケてる大崎さんのいけちゃう発言に僕の実力が釣り合うかは不安しかない。
なんたって、僕は今日がデビュー戦だ。
二日酔いは大層ツラいと聞いたことがあるし、本音を言えば楽しいお酒で今日を終わらせたい。
でも、あまりにも熱のこもった大崎さんの目を見せられてしまえば、普段から世話をかけてばかりいる僕に選択肢はないも同じだった。
「…………なら、僕も漢を見せるよ。大崎さんのために」
「っ!…………うんっ」
もう、僕のDNAがアルコール分解に長けていることを信じて覚悟を決めるしかない。
だいたい調子に乗っては、翌日屍と化している爺ちゃんと父さんを見ていると、あまり期待はできそうにないけれど。
「と、とりあえずさっ! か、買い物っ……済ませよっか」
「……あー、うん。そうだね」
躓きがちな、上ずった声。
視線の先では、いつになく上機嫌な大崎さんが、まるで熱に浮かされたような表情で買い物カゴにお酒を放り込んでいく。
「………………これが、大人買いかぁ」
そして僕は、大人の壁にぶち当たると同時に。
重さのせいでだんだんと遠のいていく腕の感覚に身を委ねながら、何となく某二十四時間テレビのテーマソングを頭の中で流し始めるのだった。