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新人バイトの滝川君【旧:そのにっ】

 

 高校生の頃から続けているコンビニのアルバイト。

 オーナーと従業員がお母さんの昔からの知り合いということもあって紹介されたそこは、あまり面倒な客が寄り付かないこともあって居心地がよく、大学生になった今でもなんだかんだと働き続けている。



「そいや、聞いたかい八雲やくもちゃん。新しいバイトが入るって話」



 そして、そんなある日に聞いた話は、どちらかというとあまり気乗りしないような話で、若干気持ちが沈んでいく。



「あー、そうなんですか?」

「おう。この前店長が腰やっちゃったらしくてな、急遽募集してたらしい」



 まぁ、それなら仕方がないだろう。

 しかし、そう言いながらレジを叩いている工藤さんの姿が、明らかに堅気じゃ無さそうな見た目のせいで強盗犯にしか見えないのはいつもながら笑えてくる。

 それこそ、ター○ネーターばりの体格の剣崎さんと一緒に並んでいると、なるほど面倒な客が寄り付かなくなるわけだと自然に納得できるくらいだ。



「どんな人なんですかねー」

「ナンパ野郎だったらまた焼き入れたるからな」

「あははっ。コンクリートに詰めるとか言い出すのはもう無しですよ?」

「……当たり前だろ」

「……え、何その間。怖い」



 強面'sに怯えて滅多には来ないものの、たまにそういう目的の人がバイトで入ってくる。

 中には俺があの悪いやつらから私を助けるんだみたいに思い込んでいる人もいて、何度か私自身が怒って追い出したこともある。

 こんな良い人達を勝手に悪者にするなーってそんな風に。

 だから、私も最近色々と考えて、なんとなく思い至ったのだ。

 もしかすると、私の見た目が一見お淑やかそうな、もっと言えば大人しそうだからそんなことになるのではと。



「そういえば私、一回ギャル風にしてみよっかなーって考えてるんですけど、どう思います?」

「ん? そりゃまたどうして」

「最近、街とか電車でも痴漢とナンパがすごくて。虫除けにならないかなと」

「はぁ!? どこのどいつだその戯けた野郎はっ!?」

「あー、ほら。落ち着いてくださいってば。決まった相手がいるわけじゃないんですから」


 

 特定できるならそれに越したことはないが、正直どこにでもいるなというのが実際のところだ。

 特に、高校の頃はいわゆるお嬢様学校というところの制服を着ていたせいかなおさら酷かった。

 きっと、自分より弱そうに見えると、みんな強く出やすいのだろう。

 こういうことを言うと自惚れるなという人もいるから、仲のいい人にしか言うことはないけれど。



「……………………俺らが送り迎えしてやろうか?」

「嫌ですよ、そんなの。どこのVIPですか」

「…………親御さん達はなんて言ってるんだい?」

「ほら、うちはお母さん緩いんで」

「かーっ、あの人はほんと変わんねぇなぁ」



 お父さんは嫌だなぁという顔をしていたものの、理由を話したらわかってくれた。

 お母さんの方は……自分でケツ持てるなら何でもしていいという人なので、あっそうという一言で終わってしまった。

 だから、本音を言うと工藤さんに相談してるのはただの事前報告というだけだ。

 この人も、私がお母さんに似て、やると決めたらとことんやる性格なのは知っているだろうし。



「……まぁ、もう決めたことなんだろ? それに、八雲やくもちゃんは筋の通った子だしな。止められねぇよ」

「あははっ。買い被りですよ」

「いや、あんたはいい女だ。親の知り合いだって言ってもふつーは俺達になんか話しかけねぇもんだ」

「そうですか? 工藤さんも剣崎さんもめちゃくちゃいい人ですけどね」

「ふっ。嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」



 そう言って鼻を擦るような仕草をする工藤さんはどこか子供っぽくて可愛らしい。

 確かに、見た目は怖いけど話してみると良い人達なのだ、本当に。 



「とりあえず、新しいヤツ入ってきたらまず俺達のシフトに入れて貰うさ。それで、どうしようもねぇのなら追い出す」

「あー、できるだけ穏便に済ませて下さいね」

「がははっ。まっ、相手の出方次第だな」


 

 そう言うと工藤さんは、任侠映画にでも出てきそうな獰猛な笑みを顔に浮かべる。

 私は、会ったこともない相手に心の中で激励の言葉を贈ると、そっと手を合わせるのだった。












◆◆◆◆◆








 


 新しい人――滝川君が入って半年と少し。

 意外なほど容易く二人の圧迫面接を越えた彼は、聞いていた通りどこかズレた、そんな性格の人だった。



「滝川君って、相変わらずなんか変わってるよね」

「そう? このヤクザ事務所みたいな面子からしたら普通ど真ん中な感じがするけど」

「あははっ。そういうところが変わってるって言ってんの」



 天然とも言うべきか、時折顔を見せるズレた感覚。

 今日も今日とて、そんなところを垣間見てしまった私がそこを指摘すると、滝川君は解せぬといった表情を隠そうともせずそう言い返してきた。



「そうかなぁ」

「そうだよ」

「そうかなぁ」

「そうだってば。工藤さんも最初困惑してたし」

「え、ほんと? 全く気付かなかった」

「あははっ。今度工藤さんにも同じこと言ってみたら? たぶん私と同じ反応されるだろうから」















『そういえば、どうでした? 新人の子』

『…………………………』

『え?なんです、その微妙な顔』

『あー、なんていうか…………ありゃ、アホだな。仕事を覚えるのは早いし、要領もいいんだが』

『それって、どういう』

『……聞いたら、ここを選んだ理由が家から近いからってらしくてよ。だから、聞いたんだ。俺達みたいなのがいてビビったかってな』

『へー、それでどう返してきたんです?』

『そしたらよ。アイツもう面接のときに店長に言ってたらしいのよ。怖いのと近いのを天秤にかけて、覚悟を決めてから受けに来ましたってな』

『へ?……あはははっ。それは、すごいですねぇ』



 最初、本性を見極めてやると息まいていた二人は、話しているうちに呆れ始め、やがて、なんだかんだと働き者な彼を認めることにしたらしい。

 そして、最終的に私に伝えられた結果は、ただのアホ。

 可愛い後輩ができたと笑っていたから、私も警戒心をほとんど持たず、彼に接することができるようになった。















「あっ!そういえば、昨日の私のメッセージ無視したでしょ? シフト代わってってやつ」

「あー……そういえば、返すの忘れてた」

「だと思った。滝川君、基本マメなのにたまにそういうとこあるよね」

「ごめんね。シフトは代われるから許してよ」

「なら、よし。ありがとうね」



 浮かべられた申し訳なさそうな表情は、ある意味滝川君の心根の真っ直ぐさを現わしているもので好感が持てる。

 それこそ、彼が私に言い寄ってくるようなことは冗談でも一度も無くて、むしろこっちの方が自分勝手なモヤモヤ感を今は抱かされてしまっているくらいだった。



「……………………ちなみに、今日は、帰り時間あるの?」

「ん? ああ、また送ってこうか?」

「…………お願いしてもいい? お返しに、また何かおかず持ってくるから」

「ぜんぜんいいよ。というか、大崎さんのご飯はある意味僕の生命線だからね」

「ふふっ。なに、それ」



 正直なところ、私の家は歩いて十分だし、大通り沿いなので送って貰う必要はあまりない。

 でも、なんとなく……いや、間違いなく。

 私は彼に惹かれ始めていて、だから、もっと知りたいと、そう思ってしまっている。

 何度送ってもらっても変わらない、送りオオカミなんて期待させてくれもしないような彼だから。



「…………ねぇ、()()()

「なに?」

「今度さ、二人でどっか行こっか」

「例えば?」

「海とか」


 

 友達に薦められる恋愛漫画を見てもあまりピンとくることはなかった。

 それに、友達だと言っていた子達が気づいたら付き合っていて、別れて、気まずくなってということもあったから、面倒くさいという気持ちの方が強かった。



「海かー。僕、水着姿に自信ないんだよね」

「あははっ、乙女かっ!」

「それに、日焼けもあれだし」

「あは、はは。だから乙女かってっ!」



 けれど、この気負わない、居心地の良さを感じさせてくれる彼なら。

 きっと、私はいつも笑っていられるんじゃないかと、そう思えるのだ。



「まぁ、冗談は置いといて。大崎さんが行きたいなら、海へ行こうか」

「…………なんかそれ、ハル君は微妙そうに聞こえるんだけど」

「ははっ、違うよ。僕はさ、放っておいたら一日中引きこもっていられるような、そんな性格なんだ」 

「…………それで?」

「だから、ありがとう。大崎さんと一緒なら、世界が広がるような気がするよ」

「……あーっ、もうっ!」

「え、痛っ。ちょ、なに。僕なんかダメなこと言ったっ!?」


 

 もしかしたら、この鈍感で、それでいて私が嬉しい言葉をポンポンと吐くような厄介さんには、それ以上にヤキモキさせられてしまうかもしれないけれど。

 まぁ今は、摘んだ頬のぬくもりを精々楽しませてもらおうと、そう思った。





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