今時ギャルの大崎さん【旧:そのいちっ】
この作品は、最初は単発のつもりだった短編をだらだらと続けてしまったので、一つにまとめたものです。また、当初のタイトルから内容もズレつつあったためそちらも修正いたしました。
一応、不定期連載であることをご承知の上お読み頂けると幸いです。
大学生になって始めたコンビニのバイト。
下宿先が近いからという理由だけで始めたそこは、オーナーさんが大らかな性格ということもあってか、色々な人が働いている。
所々に古傷のある眼光鋭めの工藤さん。
二メートル近い長身に、はち切れんばかりの筋肉を携えた剣崎さん。
そして、今同じシフトに入っている明るい髪色の大崎さん。
見た目が見た目だけに最初は若干緊張していたものの、話してみるとみんないい人で、第一印象というのは案外当てにならないものだなと今では思わされている。
もしかしたら、ヤンキーが子犬を拾った的なやつなのかもしれないけれど。
「八雲ちゃんいないとやっぱ盛り上がらないっつーかさ――」
「あー、ほら。終電無くなっちゃうよ」
「え?やべっ、ほんとだ」
「じゃあね」
「あ、うん。次こそ、飲み会来てよね。じゃっ!」
「ありがとーございましたー」
そんなことを考えていると、どうやらしばらく続いていた同い年くらいの男性との会話は終わりを迎えていたらしい。
雰囲気的に、大学の知り合いだろうか。
遊んでいそうな見た目とアルコール交じりの香水の匂いが、印象的な人だった。
「なに?」
「いや、知り合いかなって」
「あー……うん。ゼミ同じでさ」
「へー」
ぼーっとした頭でそう返事をしていると、なんとなく目立つ容姿に視線が引っ張られてしまう。
金色といっても過言ではない明るい髪色に、太陽のような文様の描かれたブラウン系のカラーコンタクト。
元々大きい二重は盛り盛りのまつ毛もあってお人形さんのようで、細い僕の目なんて両方入ってしまうんじゃないかと思わされるほどだ。
「…………別に、仲良くないから」
「え?」
「…………誤解されたかなって」
毎日頑張れてすごいなーと見ていたのが勘違いされたのだろうか。
その言葉に反応して意識をちゃんと戻すと、上目がちの目とキュッと結ばれた小さな唇が、何故だかこちらに弁明しているかのように向けられていた。
「してないよ? というか、何も考えてなかった」
「……ふーん。全然、気にもしてくれないんだ?」
「まぁ、大崎さん友達多そうだしね」
どこか非難染みた言い方に引っかかりつつもそう答える。
というより、それは事実だろう。
頻繁に、友達と遊びに行った時のことを聞かされているし。
「…………確かに、友達はいっぱいいるよ。でも、男の人で深い仲の人なんてほぼいないから」
「そうなの?」
「そう。いつも見せてる写真も女の子ばっかりだったでしょ?」
「そういえば、そんな気もしないでもない」
「……………………鈍感」
「え、なんて?」
「べっつにー? ハル君は、頭がいいのにおバカさんだなって思っただけ」
滝川 晴。
最初は苗字で呼んでいたはずの大崎さんが、僕を下の名前で呼び始めたのはいつからだったろうか。
というよりも、そうやって記憶を辿っていくと、既に出会ってから半年以上も経つということに感慨深さを抱く。
「……どしたの? 珍しく怒っちゃった?」
「いや、そういえば初めて会ってからだいぶ経ったんだなぁとしみじみ思ってさ」
「あははっ、何それ。年寄りっぽい」
「まだ花の男子大学生ですが何か?」
「えー、そこは花つけないところなんだけどなー」
「最近、ワンポイント付けるのがオシャレの基本だと雑誌で読みまして」
「あは、ははっ。それ、絶対違うやつ」
どうやら、いつもの元気が戻ってきたらしい。
大崎さんが楽しそうに笑い出すと、その声が誰もいない深夜の店内に響き渡るのが聞こえた。
「あれあれ、ハル君。もしかして、百億ドルのスマイルに見惚れちゃった?」
「万じゃなくて億って……えらく高い値段付けてきたね」
「花の女子大生、美人、制服コスプレと来たらもうそれくらいの値段は付くっしょ」
コンビニの制服はコスプレとは言わないんじゃないだろうか。
何となくそうは思いながらも、確かに人によってはそれくらいつけてもおかしくないなと納得する。
明るい髪色も相まって、本当に笑顔が似合う人なのだ大崎さんは。
「じゃあ、もう見るのは遠慮しとかないとね。どうやら、ここのバイト代じゃ足りなそうだし」
「大丈夫、同僚割でスマイルゼロ円にしとくからさ」
「それ、ここ辞めた途端に請求来るやつじゃないの?」
「あはっ。お代は、人生の半分くらいでいいよ」
「じゃあ、ここに永久就職するとしようかな」
テンポよく続いていた会話は、しかし、答えが違ったらしい。
何故だか拗ねた雰囲気の大崎さんが、ジト目でこちらを見つめてくる。
「なんか間違った?」
「どうだろね」
「教えてよ」
「やだ」
「頼むよ」
「……そんなにしつこいとモテないよ?」
「うん。しつこいのはいけないよね」
「あは、はははっ。ちょ、無理……お腹、痛いっ」
突如として方針を転換した僕の情けない姿がツボにハマったらしく、大崎さんは腹を抱えて涙目になり始める。
そして、僕がなんとなく達成感に酔いしれていると恐らくそれが表情に出てしまっていたのだろう。
涙目の上目遣いという高度なテクで反撃されてしまった。
「…………ごめんなさい」
「よろしい」
お互いクスリと笑い合って、束の間の沈黙が起きる。
でも、それは全然嫌なものなんかじゃなくて、むしろ、居心地がいいとそんな風に感じられるものだった。
「そういえばさ」
「なに?」
「ハル君は……好きな人とかいないの?」
「うーん。そもそも理系の学部でほとんど女の子と関わりないしね」
「……じゃあ、女の子で遊ぶのは私くらい?」
「そうかな。大崎さんと、妹くらい」
「あははっ。そこで妹出してくるんだ」
「僕にも見栄ってものがあるんだ」
「あはっ。逆効果な気もするけど」
ゼミには男しかいないし、このバイト先も女の子は大崎さんくらいだ。
それに、最近ではこれではいけないと何度か合コンとやらに参加させて貰ったこともあったけれど、何故だか毎回大崎さんがいてバイト中とあんまり変わらなかった。
毎度のことながら思わされるが、本当に彼女は顔の広い人だと思う。
「大崎さんはいないの? 好きな人」
「……………………いる、けど」
「そうなんだ。告白とかはしない感じ?」
「…………それとなく、伝えてはいるんだけど。その人、すご〜く鈍いから」
「そっか。そりゃ、大変だ」
「……………………」
「え、なに?」
「別にー。ハル君はダメダメだなって思って」
「ごめんね。碌なアドバイスできなくて」
「いや、そうじゃないんだけど…………まぁ、いっか」
大崎さんは、そう言うと吹っ切れたようにいつもの笑みに戻る。
そして、すぐに何か思いついたような顔をして、再びこちらに話しかけてきた。
「ハル君って、来週の土曜日が誕生日だったよね」
「そうだけど、よく覚えてたね」
「だったら、もうすぐお酒が飲めるってことだ」
「まぁ、そうなるかな」
「じゃあさじゃあさっ! その日、ハル君の家で飲み会しようよっ」
「うーん、別にいいけど。大崎さん飲み会あんま好きじゃないって言ってなかったっけ?」
四月生まれの大崎さんは、一足先に二十歳を迎えている。
しかし、本来はあまりそういった場自体が好きではないらしく、同じ飲み会の場にたまたま居合わせても、一緒に外に連れ出されることが多かった。
まぁ最初は、幹事役がいなくなってもいいのかとは思っていた僕も、彼女の友人達が心得たというようにいつも笑顔で手を振っていたから、いつしかそういうものだと納得するようになっていたけれど。
「……ハル君のこと、酔わせてみたいしね」
「あー……どうか、お手柔らかに」
若干強めに握られる腕に、何か恨みを持たれることでもしただろうかと一瞬考える。
けれど、その表情はどちらかというと何かを期待しているような楽しそうな顔で、ただの早とちりかと忘れることにした。
「来週、楽しみにしてるね」
「うん。僕も、楽しみにしてる」
「予定は、私が入れておくよ」
「ありがとう」
どうやら、バイトのシフト調整に丁度いいと言われてみんなで使い始めた共有カレンダーには、大崎さんが予定を入れてくれるらしい。
とはいっても、同じバイト仲間であるはずの工藤さんと剣崎さんは全く使う気はないようで、実質僕たちだけのカレンダーになってしまってはいるのだが。
「お酒かー。どんな味がするのか楽しみだなぁ」
「ふふっ。そうだね」
普段とは違う、色っぽい蕩けた笑みを見せる大崎さん。
僕は、その唇を舐めるような仕草に、お酒というのはそれほど美味しいのだろうかと、期待に想いを馳せるのだった。