料理対決で最高級ステーキに「心を込めて作ったカップラーメン」で勝負を挑むさすらいの料理人
マイクを握った司会者が叫ぶ。
「今回も始まりました! 一流の料理人たちが一対一で腕と料理を競い合う『料理バトルコロシアム』!」
観客が沸く。
テレビ中継もされているこの『料理バトルコロシアム』では、毎回ハイレベルな料理対決が繰り広げられている。
「さあ、それでは今回戦う二人の料理人を紹介しましょう! まずは超人気レストランで腕を振るう、新進気鋭の一流シェフ・伊集院正和!」
白いコックコートを着て、自信に満ちた顔で登場する伊集院。
自分の負けなどあり得ないという風情が漂っている。
「対するは、経歴不明のさすらいの料理人・真鍋京一!」
いかにも風来坊といった容姿をした青年が現れた。
「そして、審査員にはご覧の5名の方々に来て頂いております!」
審査員長の二階堂を始め、いずれも舌の肥えた「美食家」といっていい面々ばかり。
伊集院は真鍋を見て、あざけりの笑みを浮かべる。
「こんな馬の骨が相手とはな……まあいい。このコロシアムで勝利すれば、いい宣伝になるからな。圧倒的大差で勝利してやるさ」
「へっ、やれるもんならやってみな!」
両者、バチバチと火花を散らす。
料理対決が始まった。
二人の料理人がそれぞれの調理スペースに向かう。
伊集院が取り出したのは牛肉だった。得意げに司会者や中継カメラにも見せつける。
「こ、これは……霜降り牛ですか!」
「ああ、それも最高級のやつを用意させてもらった」
「最高級……! 確かに霜降りの網目模様が美しい! このままかぶりつきたくなってしまいますね!」
伊集院は肉に切れ目を入れ、塩コショウをかけながら、こう思う。
料理というのはいかに熟練した技で、いかに高級な食材を使うかが全てだ。両方とも揃っている自分に負けはあり得ない。
このコロシアムで圧勝し、さらに高みに上ってやる。料理で名声を得ることこそが伊集院の生きがいなのだ。
一方の真鍋もまな板の上に食材を取り出す。
いや、食材というより……商品、カップラーメンだった。
「へ!?」
これには司会者が驚愕する。
伊集院も目をぎょっとさせる。
「えーと真鍋選手、これは……カップラーメンですよね?」
「ああ、今日来る時にコンビニで買ってきた」
求められてもないのにレシートを見せつける。
「もしかして、これを食材に使うんですか? だとしたら変わった料理……」
「いや、カップラーメンを作るんだ」
司会者は二の句を継げない。
やり取りを聞いていた伊集院が顔を赤くする。
「ふざけるなよ! 私はこれから最高級の肉で最高級のステーキを作るんだぞ! その相手がカップラーメンだと!? ふざけるにもほどがある!」
「ふざけてなんかいないさ」
「ふざけてるだろ! こんなの、水鉄砲で戦車に挑むようなものだ!」
真鍋は余裕を崩さない。
「勝負ってのはさ、やってみなければ分からないぜ」
「くっ……!」
話が通じないことに苛立ち、伊集院は調理に戻る。
気を取り戻した司会者は、真鍋の奇行に驚きつつも実況を再開する。
「真鍋選手、カップラーメンの蓋を……ん、んん?」
真鍋は親指と人差し指で、優雅な手つきで蓋を開け始めた。ペリペリ、という滑らかな音が聞こえてくるようだ。
「なんという優雅さ! まるで貴族です! 私は彼が一瞬、貴族に見えてしまいました!」
観客たちもどよめく。貴族に見えたのは司会者だけではなかったようだ。
「いっておくが、俺の料理はまだまだこれからだぜ」
「なんですって!?」
「カップラーメンなんだから湯を沸かさないとな」
湯というワードに司会者が反応する。
「ひょっとして、すごいミネラルウォーターを使うとか?」
「んなもん使うかよ、水道水だ」
鍋に水を入れる。
「ただし……心はたっぷり込める!」
「心を……!」
コンロに火をつけ、水を温め始める真鍋の表情は真剣そのものだった。
明らかに心を込めているのが分かる。
「す、すごい……!」
水がお湯になっていく様子をじっと見つめ、ひたすらに心を込めている。
いいお湯になあれ、と念じてるかのようだ。
やがて、湯が沸騰したのを確認すると、真鍋は鍋を持ち上げカップラーメンに注ごうとする。
この時の表情がまたすごい。慈愛に満ちた、旅立つ子を見送る母親のような表情でお湯を見つめている。
「沸かす時のみならず、湯を注ぐ時も心を込めているぅ!」
入れ終わると、真鍋はまたも優雅な手つきで蓋を閉める。
その仕草にみんなが見とれている。
「なぜだ……! なぜあいつばかり……!」
伊集院が得意技のフランベを披露するが、誰も見ていない。フライパンの中で炎が空しく踊る。
さて、三分間待てばカップラーメンは完成となるが――
「もちろん、待ってる間も心を込める」
「真鍋選手、カップラーメンに手をかざし心を込めている! 心を込め続けている! 彼にとってはこの待ち時間も単なる空き時間ではなく、心を込める時間なのですッ!」
凄まじい集中力で真鍋は心を込め続ける。
三分間、一秒たりとも決して休むことなく込め続けた。
カップラーメン、完成である。
伊集院もステーキを完成させたが、その表情に達成感はなく、焦りにまみれていた。
……
「それでは審査員の方々による試食に移って頂きましょう!」
まずは伊集院の作った最高級ステーキが食される。
「ほう、これはうまい!」
「柔らかくてとってもジューシィだわ!」
「こんな美味いステーキは初めてだ!」
絶賛を受け、伊集院の自信が回復する。
そうだ、私は最高級の肉で最高級のステーキを作った。カップ麺如きに負けるはずがないんだ。
続いて、真鍋が作ったカップラーメンが食される。
審査員長の二階堂は麺を箸ですくうと、驚愕した。
「この麺……心がこもっておる!」
麺を一口すする。厳格な二階堂の顔がぱぁっと明るくなる。
「おおお……この歯ざわり、噛み応え、喉越し、まるで心を食べているかのようだ! 心が満たされていく!」
他の審査員たちも口々に褒め称える。
「汁にもたっぷり心がこもっている! たまらない味だ!」
「見て! 具だって心がこもってるわ! すごい……!」
「麺をすするたびに作り手の心が伝わってくるようだ! なんという心の込められっぷり!」
明らかに自分のステーキより反応がいい。伊集院はみるみる青ざめていく。
「なぜだ……なぜ……」
ついには膝をついてしまう。
審査員を代表して、二階堂が言った。
「伊集院シェフ、君はステーキを作る時、なにを考えていた?」
「え……?」
「きっと勝負に勝って有名になるとか、料理は食材が全てとか、そんなことを考えていたのではないかね? 料理に真心を込めることなど、まるで考えていなかった」
「うぐ……!」
完璧に心の中を読み取られ、伊集院は絶句する。
「伊集院シェフ、たしかに食材は大事だ。功名心だって必要だ。だが料理人にもっとも必要なのは……食べる人や食べ物のことを考える“心”ではないのかね?」
この言葉に伊集院は打ちひしがれた。
「ううっ……あああああああっ……!」
会場中に一流シェフの慟哭が響き渡った。
……
己の過ちを悟った伊集院はすっきりした顔になっていた。
「ありがとう、真鍋料理人。私は君のおかげで大切なものを取り戻せたよ」
「へへっ、そういってもらえると嬉しいや!」
これまでの険悪さを水に流し、握手する二人。
真鍋と伊集院の和解に胸を熱くしつつ、司会者が進行を再開する。
「それではここで採点に移ります! 審査員の方々、それぞれの料理に得点をつけて下さい! 持ち点は一人10点、50点満点となります!」
まもなく結果が出た。
「伊集院選手50点! 真鍋選手18点! 伊集院選手の圧勝です!」
これに一番驚いたのは勝者である伊集院だった。
「え、私が勝つの!?」
伊集院の疑問に答えるように、二階堂が総括を述べる。
「ステーキは本当に美味しかったし、いくら心がこもっててもカップラーメンに高得点つくわけがないし……」
これを聞いた真鍋は悔しがるわけでもなく笑った。
「ですよねー」
完
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