仕返しをしたい
条件付きでの公開処刑を言い渡されたアメティスタ家と傘下家門。条件を満たせば助かると言うが魔王の座を奪い取れと命令されるよりも厳しい超難関。簡単の一言で済ませられる問題じゃない。父リゼルの首を一人でも取れたら全員釈放される。
「パパが絶対勝つって信じたいけど……」
「不安?」
「うん……」
当日までリゼルは引き続き魔界に留まりエルネスト等と共に処理を進めていく。急に決まった処刑、人数はかなり多い。リゼル曰く、全員殺すと人手不足になる懸念があるから今エルネストの方で選別をしている最中だとは言っていた。生まれて間もない赤ん坊、幼い子供については見逃す方針となった。
「意外と甘いねリゼ君」
「そう? 子供は何も知らないもの」
「無関係でも血筋は残る。その辺はどう考えているのか」
赤ん坊や幼い子供はともかく、分別のきく子供は記憶操作をし、辺境で身寄りのない子供の世話をする貴族に託すのだ。大きくなった子の将来は本人次第。
人間界に留まったリシェルは引き続き居てくれるらしいネロに天界へ戻らなくて良いのかと問うた。
今二人がいるのは滞在先の宿。ソファーに二人並んで座っている。
開始の合図無しに始まった悪魔狩の罰として、重傷のビアンカを人質に一か所に集め黒焦げにしたことは天界で問題にならない訳もなく。
「君が眠ったら、一旦天界に戻るよ」
「今すぐには戻らないの?」
「戻っても良いのだけれど、リゼ君に会えたのにまたお別れになって寂しがってる君の側にいようかなって」
「パパとは明日朝食を一緒に摂る約束をしたもの。寂しくないわ」
「はは。そっか。戻らないのは君と長くいたいのもあるけど、面倒臭いのだよお」
顔からして既に面倒くささが滲み出ている。相当な数の天使が燃えて落下する光景を覚えているリシェルとしては、報復に来ないかと若干気にしている。心の声を読んだのか、絶対にないないとネロは笑う。
「私に報復をする度胸は彼等にはない」
「ネロさんってすごい天使なのね」
「まあね。天界に戻ったら戻ったで、悪魔狩追試の合図を出さなくてもいいとか決めた主天使とその他も殺す。はは、人事が大変になりそうだけど真面目な甥っ子が頑張ってくれるさ」
「……」
天使がさらっと命を奪う台詞を出しても良いのかとか、大変になるのはネロのせいだとか言いたいが真っ先に抱いたのは、彼の甥っ子への同情だった。自由で反省しないおじを持って苦労していることだろう。
「処刑当日はリシェル嬢はどうするの?」
「……パパに言って私も見るよ。ちゃんと最後まで目を塞がないって決めたの」
「そう……。王子様とのお喋り、何を言うか決めておきなよ」
処理と手続きが済み次第、一度だけノアールと話す機会を設けたとリゼルに言われたのは彼が魔界に戻る前。これが最後だとエルネストに頼まれたのだとか。
今更話す事なんて何もない。と、したい。本当は山ほどある。
二人の婚約破棄については、ビアンカが即あちこちで言いふらしたお陰で既に知れ渡っている。再婚約だけはないとリゼルは言い放った。リシェルも再婚約したい気持ちはない。ノアールと何を話そうと、である。
「一番知りたいのは、殿下が私を嫌いになった理由、かな。周りに聞いて駄目ところを改善しても、努力しても、教えてほしいと願っても。殿下は何も言ってくれなかった。最後にこれだけは知りたい」
「その調子でどんどん王子様に言いたいことを作っていこう」
他にないかと考える間もなく次々に浮かんでくる。文句しかない。
満足するまで出していき、時計を見やるともう夜中。気持ちが落ち着くと眠気は一気に押し寄せた。
小さく欠伸をすると頭に何かが触れた。何かと知る前にネロが額にキスを一つ。油断も隙もない。見る見るうちに顔を真っ赤にするものの、怒る気にはなれなかった。
「お休み、リシェル嬢」
「……お休みなさい、ネロさん」
自分ばかり振り回されている気がして納得がいかない。
立とうとしないのを怪訝にされ、疑問形で名前を呼ばれた。心の中で「よし」と決意をしたリシェルは真っ赤な顔のまま、ネロの腕を掴んで顔を近付け――頬に口付けた。
「……」
「お休みなさい!」
呆けるネロが我に返る前に寝室へ逃げ、ベッドに飛び込むと恥ずかしさで死にそうな気分になった。他の女の子達は気軽にしていたがとんでもない。心臓がうるさい、体が熱い、恥ずかしさで暫くネロの顔を見れそうにない。
後悔だけはしていない。
――一人残されたネロは口付けられた頬に手を当てた。
「……純粋に育っても悪魔には変わりない」
すぐに部屋を出て行ってくれて良かった。
予想外な可愛い行動に年甲斐もなく頬が赤くしてしまっているから。
――翌朝。ベッドの上で恥ずかしから転がりまわっていたのに、気付くと寝ていた。もう頬は熱くない。寝て覚めても熱かったらそれはそれで嫌だ。体を動かそうとすると「起きた?」と声が。隣? と見るも違う。こっち、と声のする方へ体を向けるとベッドの側で椅子に座るネロが頬杖をついていた。
昨日のことを思い出し、ネロの顔を見るだけで顔が赤くなっていく。布団の中に潜ったら抱き締められた。短い悲鳴を上げたら布団越しから頭を撫でられているのが伝わる。恐る恐る顔だけを出したら、純銀の髪と瞳が陽光に照らされて眩しさが増していた。
「やあ、良い朝だね」
「う、うん」
「そろそろリゼ君が来る。起きようね」
体を包んでいる布団を取られ、温もりが消え寒さが襲った。と思いきや、すぐに寒さは消え程好い温もりがリシェルを包んだ。ネロが魔法で温度を調整してくれたのだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ネロさんが人間界にいるってことは用事は終わったの?」
「終わったよ。はは、大変だった」
口では何とも言えるが見目は全然大変だった感じがない。いつも以上に上機嫌だし、綺麗だし、眩しい。今回の悪魔狩追試、ネロが追試を受けた天使を半分黒焦げにしたせいで当然中止となり。責任問題を問われるも、逆に碌に会議もせず強行した何名かの主天使と腰巾着の大天使をその場で殺した。人間の模範となるべき天使が規則を破る事への重大性を説き、役職に就く天使全員に神罰を下してきた。
と、華やかに語られリシェルは疑問符を大量に飛ばし、気になる言葉があって口にした。
「神罰って何?」
「神が直接天使や人間に下す罰と言っておこうかな。天使の場合は天罰、かな」
「……神?」
「そうだよ」
「…………天使じゃないの?」
「本当の事を言ったら怖がるでしょう? まあ、今は神でもないよ。責任感が強い甥っ子に神の座を押し付けて私は隠居生活を送っているから」
「…………」
リゼルと妙に仲が良く?
エルネストとも知り合い。
会話の中で上位の天使だと思っていたら、引退した元神。
天使に対する辛辣な物言いや平気で手を下す姿からは、とても神の座にいた者とは思えない。
天界の神は悪魔にとって天敵の親玉。
父リゼルと知り合いだから親し気にしていたリシェルは衝撃的告白で固まってしまうも、すぐに意識を取り戻しネロから物凄い勢いで離れた。
今度はネロが微笑を浮かべたまま固まった。
ぎこちない喋りでリシェルは呼ばれるも勢いで離れてしまった為、どうすればいいか自分でも分からなくなっていた。
「やれやれ……」
我に返ったネロは苦笑し、リシェルと距離を縮めた。あっという間に捕まり腕の中に閉じ込められた。
「あれ? 逃げないの?」
「だ、だって、いきなり天使じゃなくて神だったって言われても。嘘を吐くなんて酷いわ!」
「嘘を吐いたつもりはないのだけど……。リゼ君は私が神だとは明かさなかったでしょう? なら、私も言わなくていいものだと判断したんだ」
最初に出会った時、リゼルはネロを天使……とは説明していない。リシェルが天使と訊ねたら肯定されただけ。
「馬鹿正直に元神だと話しても良かったのだけれど、あまり必要性も感じられなかったしね。私が元神だと最初に聞いていたら、君はどうしてた?」
「どうしてたって言われても……」
当時の驚きが何十倍にも膨らむだけで今と大して変わりなかっただろう。天界に知り合いがいた時点で驚愕だったのだし。
変わらなかったと述べれば、目を丸くされた。
「そう、なの。そっか……変わらなかったか……」
「ネロさん?」
「いや……。今日はリゼ君が来た後は何をしようか?」
唐突に話題を変えられるも突っ込みはせず、朝食はリゼルと摂ると約束をしている。終わったら何をするか考えていなかった。公開処刑まで九日。父が負けるとは思わない。全員殺される。ネロの胸に顔を寄せてビアンカについての思いを述べた。
「私……一度もビアンカ様に仕返しが出来ないまま終わるのは嫌。嫌がらせをされたらやり返せば良かったのに出来なかった」
「仕返しをしたら、王子様に嫌われちゃうから?」
「……うん」
ノアールが大事にしている人を傷付けたら、余計嫌われてしまう。初めて二人で目の前に現れて以降、ほんのちょっとずつノアールへの気持ちは薄くなっていった。最後の方はきっと意地になっていた。原因も何も不明なまま、嫌われたから。切っ掛けさえあれば最初に戻れると信じていたから。
今ノアールはエルネストと選別をしている最中。ビアンカの助命をきっと嘆願しているであろう。
真っ白な服から視線を上へずらしネロを見上げた。純銀の瞳がリシェルの言葉を待っていてくれる。
「でも、やっぱり仕返しがしたい。殿下にもビアンカ様にも」
「嫌な事をされたら誰だってやり返したくなる。誰がも持つ普通の感覚だ。もっと自信を持って」
「うん」
「で、どう仕返しするの? 王子様はともかく、浮気相手の方は時間が限られているよ」
考えは既にあった。これについてはリゼルの了承を得ないと実行不可。ただ、リゼルはあっさりと承諾してくれそうな感じがした。仕返しの内容を話すとネロは愉しげに笑った。悪魔らしいと言われ、自信たっぷりに胸を張った。
「そうだよ、私だって悪魔よ」
「可愛さが目立って憎たらしさが全くないとても可愛い悪魔だけれどね」
褒めてないと頬を膨らませるも、可愛い者を見る目で見つめられ視線を逸らした。「リシェル嬢」と呼ばれたって振り向かない。揶揄ってくるだけだから。
すると両頬をネロの大きな手が包み、無理矢理ネロに向かされた。文句を言う前にネロの顔が近付き、間近に純銀の瞳が迫った。唇に柔らかくて、温かい感触が触れたのも一瞬。遠くなっていくネロの顔を思考が停止したまま眺めていると笑われてしまった。
「君は可愛いままでいいよ。私の可愛い悪魔ちゃん」
何をされた理解した瞬間上がっていく体温が現実だと突き付けるも――途端、地の底を這う恐ろしい低音により違う意味で慌てだした。
「誰がお前のだ」
朝食の時間が既に来ていた。約束通りリゼルは来てくれたがタイミングが悪すぎた。ばっちりとネロにキスをされた場面を見られた。解説が不要な程怒っているリゼルの許へ慌てて飛んで行った。パパ、パパ、と必死に呼ぶが続きが浮かばない。勘違い、でもなく、誤解、でもなく、上手な言葉がない。大きな魔法を放つ寸前のリゼルを止める方法はないかと必死になり過ぎた結果、リシェルが紡いだのは朝ご飯食べようだった。
呆気に取られるリゼルとネロ。彼の方もリゼルが魔法を投げてくると予想して魔法障壁を貼りかけていた。
掌に集中させた魔力を消したリゼルは深く息を吐き、ネロも警戒を解いて噴き出した。自分でも場違いな台詞を口にしたと恥ずかしくなるも、リゼルを止めるには効果があった。
「あ、その、パパ、朝ご飯を食べましょう。私と約束したでしょう?」
「……分かったよリシェル。おいで」
「うん!」
差し出された手を取って部屋を後にした。
●〇●〇●〇
「うんうん。人間の作る飲み物は美味しいねえ。そうは思わない? リゼ君」
「今すぐ死にたいならそこにいろ」
「死にたくないけど退く気もないよ」
不機嫌だ。不機嫌が魔力となって何時ネロに襲い掛かるか目が離せない。三人がいるのは宿の近所にあるカフェ。朝食を待つ間、先に出された紅茶を嗜む。レモンの爽やかな香りも紅茶の香ばしい香りも二人の間にある雰囲気を消す力はなかった。
リシェルは隣に座るリゼルの服を小さく引っ張った。今から自分の気持ちを話すのだ。
「あ、あのねパパ。聞いてほしい事があるの」
「いいよ、言ってごらん」
「うん」
九日後に処刑となるビアンカに今までされてきた嫌がらせに対する仕返しがしたい事。その内容がアメティスタ家が当初リシェルを売り飛ばそうとした貴族へビアンカを売り飛ばすというもの。リシェルなりに考えた一番の仕返しだ。どんな相手か知らないが碌な相手じゃないのは何となく解せる。
駄目だと叱られるだろうか、呆れられるだろうか。ビクビクしながらリゼルの返事を待つと意外そうな声を出された。
「リシェル。その程度で良いのか?」
「え?」
リゼルの予想外な返答に間抜けな声が出た。
「散々ノアールと一緒になってお前を苦しめて来た女なんだ。それくらいで許すのか?」
「えっと、仕返しにならない、かな……」
「お前が良いと言うならその通りにしよう。ある程度のオプションは付けさせてもらうがな」
オプション?
何を付けるのかと問うても秘密だと微笑まれ、頭を撫でられた。昔からリゼルに頭を撫でられるのは大好きだ。
「怖いパパだねえリゼ君は。何をするのかな」
「うるさい。お前は今からでも殺してやってもいいんだ」
「私を殺したら君の愛娘は悲しむよ。それでも良いなら殺ってごらん」
頭上から舌打ちが聞こえた気がするが頭を撫でられる感覚が気持ちよくて聞こえない振りをした。
読んでいただきありがとうございます。