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人間界



 扉を潜り、眩しい光の世界から抜けた瞬間―踏み締めた大地の感触が全く違った。固い土の上を踏むと甘い香りがあちこちから飛んでくる。恐る恐る目を開けたリシェルは驚愕した。街一杯に咲き誇る花に圧倒されたのだ。



「どう? リシェル。気に入った?」

「はい! とっても!」



 今の人間界の季節は秋というものらしく、夏が過ぎ涼しく過ごしやすい時期なのだとか。



「こっちは花のエリアか。食べ物のエリアは別の所だな。先に荷物を置いて行こう」

「何処へ置くの?」

「昨日の内に宿を取っておいたのさ」



 旅行に行くと決めたのは昨日。行動力の速さは流石父である。大して荷物は入ってないのに持つと譲らないリゼルに旅行鞄を持ってもらい、空いた手を繋いで宿へ向かう。手を繋いで歩くのは小さな子供以来。リゼルはいつでも歓迎だが大人になったリシェルは恥ずかしがって手を繋いで歩くのは遠慮していた。

 活気溢れる人々の様子から、この街は豊かな生活を送れる所なんだろう。



(あ……)



 両親に手を繋がれてはしゃぐ子供もいれば、仲睦まじく花を観賞する男女もいる。



「……」



 胸がちくりと痛んだ。魔界でも、関係良好な男女を見てしまうといつか自分とノアールも……と思ってしまった。とうとう叶いはしなかったがリシェルには絶大な力を持つ父が味方にいる。リシェルの為に周囲と魔王の反対を薙ぎ払い強引に長期休暇を捥ぎ取ってくれる。


 今頃ノアールは何をしているのか。扉の前でひと悶着があった話は既に魔王も耳に入っただろう。次期魔王候補に手荒な真似をしたので罰せられる可能性がある。

 心を読んだタイミングでリゼルは「そうだ、リシェル。さっきの王子は気にしなくていい。魔王にはちゃんと王子が邪魔をしたら容赦なく排除してやる、と宣言しておいたから」と楽し気に語った。手の回し振りも流石だ。


 リゼルが取った宿は街で最も値段が高く豪華な部屋だった。父と娘二人だけにしてはかなり広い。案内された部屋に入るとリシェルはテラスがある事に気付き、窓を開けて外へ出た。街が一望できて素敵だと眺めていると頭に手が乗った。隣に立ったリゼルを見上げた。



「どう? 気に入った?」

「ええ! とっても!」

「良かった。【収穫祭】は暫く開催されるから、ゆっくり見て周ろう。周る場所を決めてから出発しよう」

「うん!」



 室内へ戻り、柔らかなソファーに二人並んで座った。予め用意していた地図をテーブルに広げたリゼルが説明をし、行きたい場所をリシェルが選んでいく。ある程度決まると地図を畳んだ。



「リシェルに似合うドレスも沢山買わないとね」

「ふふ、人間界でお買い物なんて滅多にしないから、とても楽しみ。食べ物も充実しているようだし、歩きながら食べても良い?」

「いいよ。ここには、マナーにうるさい人は誰もいない。皆祭りに浮かれてはしゃいでるから」

「私とパパも楽しみましょう!」



 お茶の休憩を挟み、二人は宿を出た。まずは並ぶように建っている屋台を見ていく。花のエリアらしく、花に関連する屋台しかない。

 行列が出来ている屋台の前に並んでみた。ここは何を売っているのか、前に並ぶ男女に訊ねれば、恋人同士に人気な縁続きの花の腕輪が売られているとか。

 お揃いの腕輪が恋人達に大人気で季節毎に花の種類も変わるから、毎回行列が作られる。


 男女にお礼を言ってリゼルの裾を引っ張った。



「お店変える?」

「俺はどちらでも。リシェルは欲しくないの?」

「パパとお揃いの腕輪は素敵よ? でも、恋人達の腕輪なら要らないかな」

「恋人じゃなくても良いだろう。俺もリシェルとお揃いが欲しい。折角の祭りだ、色々見て色々買おうじゃないか」

「それもそうね!」



 縁続きの他にも相手の幸運を願って買う理由も多い。順番が回ってくるとどの腕輪が良いか悩む。



「リシェル。これは?」



 リゼルが見せたのは銀色の小花で出来た腕輪。派手さはないが流麗な銀色は非常に美しく、装飾も多くないので煩わしさがない。



「素敵ね。私はこれにする! パパのは私が選んでもいい?」

「勿論だよ」



 リゼルが似合う腕輪となると慎重に選ばなければ。夜の海のような深い青がリゼルの纏う雰囲気と重なる。青系統で探すとある商品が目に入る。品を手に取ると商人は興奮した声色でリシェルに語った。



「お、お嬢さん目が高いね! そいつは今回の目玉商品さ! かなりの値はするが価値はそれだけ高いってことさ」

「ブルー・サファイアの腕輪……パパ、パパのはこれにしましょう」



 男性の割に華奢なリゼルの手首にピッタリと嵌った。非常に希少価値の高いブルー・サファイアは市場に出回っても高額な金額がつくのが常。提示されていた値段は高いだのろうが、魔界の大貴族ベルンシュタイン家の当主とその愛娘からすればどうということはない。あっさりと払うと引き攣った顔で代金を受け取った商人。

 屋台から離れ腕輪を嵌めたまま手を繋いだ。ちゃんと代金を払ったのに嬉しそうにしなかった商人は不思議だ。金払いの良い客を好まない商人だったのかと首を捻るも、人間界ならではだと判断した。



「次は何処へ行く?」

「ちょっとお腹空いたから、食べ物のエリアに行きましょう。パパはお腹減ってる?」

「俺もちょっとだけ。リシェルの気になった店で食べよう」



 甘やかされていると、愛されているという自覚はずっと前からある。

 出掛け先は常にリシェルの考えを優先し、リシェルの望みを何でも叶えてくれる大好きなパパの存在は有難い。


 次のエリアへ向かう傍ら、リシェルはゆっくりと話した。

 ノアールがずっと好きだった事、最初は仲が良かったのに次第に嫌われていった事、ビアンカと一緒に目の前に現れた時とても悲しかった事、婚約破棄を告げられた事。

 弱音を吐いたら、嫌だと零したら、リゼルは問答無用でノアールとの婚約破棄を実行した。ノアールを好きなリシェルとしては避けたかった。


 こつんとリゼルの腕に頭を寄せた。「こうなるなら、もっと早くパパに相談して、私から婚約破棄をすれば良かった」じわじわと後悔が染みていく。繋ぐ手を強く握るとより強い力で握られた。驚いて顔を上げた先には、愛娘を慈しむ父の(かんばせ)に勝る美は世界中、魔界人間界にも存在しない。



「リシェル。お前があのノアール(大バカ)を好きなままでいるのなら、それはそれでいい。リシェルの自由だからね」

「いいの?」

「勿論。リシェルの心はリシェルにしかどうにも出来ない。ただ、心に嘘を吐くのはいけない。精神的負担が大きい。俺達魔族は寿命が人間よりも遥かに長い。なら、たった一人の男に囚われるより、他の恋を探しなさい。その方が時間を有意義に使える。どう?」

「パパ……」



 決められた未来の夫だからノアールだけを見て生きてきた。他の男は眼中になかった。ノアールだけが好きだったから。

 もう好きではいられない相手をずっと好きでいるのも辛い。なら、時間の経過と共にノアールへの恋心を風化させ、新たな恋を見つけたって良いじゃないか。


 リシェルの最大の理解者はどんな時でもリゼルだけ。



「今頃あのバカ共は何をしているか」

「魔王陛下の事でしょうか?」

「それ以外あるか?」

「……」



 当然だと言わんばかりの顔をされて困ったと眉を八の字にした。リゼルがバカと呼ぶのはほぼ魔王しかいない。当時の魔王候補筆頭といえど、現魔王を馬鹿にするのは重罪に値する、と他の高位魔族は不満を露にするも、圧倒的実力差を見せ付けられると何も言えなくなる。ノアールも膨大な魔力を持つがリゼルと並べるとまだまだ。

 ふと、リシェルは疑問を出した。



「私と殿下の婚約がなくなってすぐにビアンカ様と殿下は婚約するかしら?」

「どうでもいいだろう。もうリシェルは王子とは無関係だ。絶縁は言い渡した?」

「そんな勇気ない」



 口にしたら、本当にノアールとの関係を絶たれてしまう。心のどこかで嫌がる自分がいて。意地でも目の前で涙は見せるものかと、心とは真逆の晴れ晴れとした笑顔は浮かべられた。呆然としていたノアールはきっと泣いて縋って来ると予想していたのだろう。自分の思い通りにならないリシェルとリゼル親子を嫌いなのは結構だ。もう、彼とは赤の他人となったので。


 ビアンカには何度も嫌がらせをされてきた。ノアールと恋人になってからは特に。元々ノアールに好意を抱き、妃の座を狙っていた彼女だ。今頃、リシェル共々ベルンシュタイン家を潰そうとアメティスタ家に戻って話していそうである。

 野心家と名高いアメティスタ家の当主が何をしてくるか。リゼルに相談だけはしておかないと。



「パパ。ビアンカ様の実家、アメティスタ家についてだけど」

「どうした」

「ビアンカ様はアメティスタ家を使って必ず私やベルンシュタイン家に何かを仕掛けてくると思うの。魔界に戻ったら対策を」

「考える必要はない。魔王に休暇申請をした時に奴もいた。俺と当主でちゃんと話を付けたから、奴等が俺達に手を出す事はない。小麦の粒程の嫌がらせをリシェルにしたら、一族総出で俺と遊ぶ約束をした。心配ないよリシェル」

「あはは……」



 もう、笑うしかない。とことん手を回しているリゼルに時たま戦慄する。先程芽生えた悩みの種は芽吹くことなく消え去った。


 小さい頃はリゼルのような素敵な男性と結婚したいと思っていたがリゼル並の男性を探すのに骨が折れそうだ。魔族が長生きで良かった。



「ただ、なあ」

「?」

「エルネストは馬鹿で優柔不断で情けない奴だが本物の馬鹿じゃない。と思っていたが俺の見込み違いだったな」

「魔王陛下がどうされたのです?」

「あいつは本物の馬鹿だ。他にやり方はあったろうに」



 口では何度も馬鹿と罵るが空を見上げた金色の瞳は寂しげで。昔馴染みで長い交流を持つ二人。幼い頃の話をあまり聞かない。魔王エルネストの情けない話しかないからとリゼルはあまり話してくれない。



「エルネストという馬鹿は、愛し方を間違えたのさ」

「??」



 益々、リゼルの言っている意味が分からなくなった。



「いつか教えてやろう」




読んでいただきたありがとうございます



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