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危害は全て父が阻止する



 天使の立場であるネロからしたら、年頃なのに肉体も唇も未経験なリシェルの方が不思議で。自分が珍しいのだと知らされたリシェルは口を閉ざしてしまう。

 リゼルの溺愛により、基本屋敷に籠り切りで異性との交流は婚約者のノアールだけだった。途中、ビアンカに夢中になったノアールだから当然色っぽい出来事などない。親しい令嬢達が話す色っぽい内容をリシェルは毎回顔を赤くして聞いていた。


 気まずそうにしていると、注文したサンドイッチが運ばれてきた。大皿に盛られた多種類のサンドイッチを目にして表情が輝いた。お腹が減ってきていた。



「好きなだけお食べ」

「そうする」



 最初は何にしようか悩み、定番の玉子サンドから手に取った。一口食べて頬を綻ばせる。玉子サラダと野菜のシャキシャキ感が何度でもサンドイッチを食べたくなる衝動を起こさせる。あっという間に食べてしまうともう一つ同じのを選んだ。

 ネロをチラリと見たら、サンドイッチに手を付けず、美味しく食べるリシェルを眺めているではないか。

 ずっと見られたままだと食べにくい。眉間に皺を寄せると一笑された。



「ごめん、リシェル嬢があまりにも美味しそうに食べるからついね」

「だって美味しいもの」

「気に入ってくれて良かった。私が言った言葉を気にしているようだったから」

「……前から気にしてはいた。私は周りの子達から遅れてるって」

「君が恋愛の話題に初心なのはさっきでよく分かった。リゼ君が君を大事に育ててきたのもね。大事にし過ぎている感は否めないが……手加減っていうのを知らないからなあ」

「パパはママが亡くなると私をあまり外に出さなくなったの。お茶会もパーティーも、殆ど出席しなかったし、妃教育くらいでしか外に出られなかったわ。パパがいれば何処へでも行けたけど……」



 母が亡くなったのは不治の病に掛かってしまったから。

 亡くなった母を誰よりも愛し、母に瓜二つな自分をあらゆるものから守るように屋敷に閉じ込められた。

 欲しい物も好きな物も何でも買ってくれたが、遊びたい盛りの子供だったリシェルにはちょっとだけ屋敷暮らしは退屈だった。

 不満を零さなかったのは、多忙で短い時間しか休めないのにその全部をリシェルに充ててくれたリゼルの存在。

 蔑ろにされていたらこっそりと外に出ていた。


 野菜がぎっしりと挟まれたサンドイッチを手にしたネロは一口食べて、予想以上の野菜の多さに感動している様子。



「うん、野菜が新鮮だしドレッシングの味も悪くないね。後で転送魔法でリゼ君に届けてあげようか?」

「ネロさんも転送魔法を使えるの?」

「使えるよ。なんだったら、転移魔法だって使える。リゼ君がいなくて寂しくなったら何時でも言ってね。人間界への扉が閉められても、転移魔法なら何処へでも行き放題だから」

「天使なら誰でも使えるの?」

「いや? 転移魔法は非常に高度な魔法。簡単に使えるのは私か同じ役職に就いていた奴くらいさ」

「……」



 大天使以上で高度な転移魔法や転送魔法を軽々と使うネロ。上位級の可能性も。ハムとレタスの相性が抜群のサンドイッチを選んでリシェルは正解を当てたと満足。パンももっちりとして美味しい。


 ネロは恋をしようと提案してくるも、リシェルは恋とは何かをよく知らない。ノアールを好きな気持ちが恋なら、ネロに同じ気持ちを抱けるのか。口にしたらネロは困ったように笑った。



「王子様と同じくらい好きになれと言われてリシェル嬢は頷ける?」

「……ううん」

「でしょう? 同じ恋というのはない。君が王子様に恋をして、仲良くしていたのは事実。忘れてはいけないよ。ただ、君にとっても王子様にとってもお互いはもう過去の相手。王子様が恋人にぞっこんなら、リシェル嬢も夢中になる相手を見つけよう」

「それがネロさん?」

「リシェル嬢の自由だよ。まあ、私も恋が何か知りたいから、相手になれるのなら光栄だ」



 敵意はなくても悪魔と天使。相容れない存在。

 種族が違う相手との恋なんて、小説の世界でなら悲恋まっしぐらだ。が、起きているのは現実世界。

 いざとなったら、パパを頼ろう。



「恋をするなら、サンドイッチを食べたら早速デートをしましょう!」

「定番だね。何処へ行くの?」

「えーっと……」



 新しい街には来たばかりで何があるのかさっぱり。目を泳がせるリシェルに噴き出し、嘘だよと零したネロは自分が案内をすると申し出た。



「君が来る前から滞在しているから、案内は出来る。どんな所がいい?」

「じゃあ……買い物がしたい。ドレスや可愛い小物を売っているお店がいいな」

「いいよ」



 サンドイッチを食べた後のデートが楽しみになってきた。


 他にも話題を提供してくれるネロに微笑むリシェル。


 ――水面越しから楽し気に微笑むリシェルを睨み付けるノアールはぎりっと唇を嚙み締めた。



「リシェル……っ、この男は誰だ……」



 全く知らない男に微笑むリシェルが憎たらしくて、自分に向けてほしくて堪らない。リシェルとの不仲の原因は自分にあると自覚しているのに、苛立ちは増すばかり。

 リシェルがリゼルを敬愛し、最愛だと昔魔王に照れながら話しているのを聞き、更に自分は二番目で王子様だから好きだと聞いた時はかなりのショックを受けた。


 王子様じゃなかったら、リシェルは自分を好かなかったのだと……。






 場所は変わって魔王城庭園に建てられた四阿の一つにて、美しい純白の毛先を緩く巻き、黒いリボンを頭に結んだビアンカが親しい令嬢達とお茶を楽しんでいた。着ているドレスはノアールを意識した黒いドレス。黒薔薇の刺繍が編み込まれたドレスは何日も掛けてアメティスタ家お抱えのデザイナーに作らせた。

 魔界の至高の色である黒を纏うノアールの隣に立つのなら、同じ色を纏ってこそだ。ビアンカは自分の魔力と美貌にかなりの自信を持つ。恵まれた家庭環境、愛しい人の恋人。父親しかいず、好きな人に振り向いてもらえるどころか嫌われているリシェルと自分は大違い。


 昔から父がリゼルを敵視していたのもあり、その子であるリシェルが嫌いだった。

 何をするにしてもリシェルの側にはリゼルがいた。あるお茶会の席でリゼルに好意を寄せる夫人がリシェルを泣かせてしまった。泣き叫ぶリシェルを抱えたリゼルの眼力だけで相手を殺せる殺気は何時思い出しても震えが止まらなくなる。その夫人は翌日には魔界から姿を消したと聞いた。


 リシェルに何かあればリゼルは黙っていない。童顔気味なリシェルは美女というより美少女。体の発達もよく、細くて小さな体に似合わない豊かな膨らみに目がいった男も大抵リゼルによって黒焦げにされている。


 リシェルがどれだけ男を魅了しようが、肝心の思いを寄せる相手に振り向いてもらえないのなら意味がない。


 歴代トップの力を持つ魔王となる筈だったのを、個人的理由であっさりと辞退し、次の魔王候補だったエルネストに押し付けたリゼル。父が何を言っても、何をしても、右から左へと聞き流し、偶に反応しても父が腰を抜かすか半殺しの目に遭うだけ。

 リゼルには何をしても相手にされない。だが、リシェルは違う。リシェルはリゼルより圧倒的に弱い。ノアールと恋人になってからは執拗にリシェルへ嫌がらせをしたビアンカ。時にはノアールとの関係良好をアピールした。黙り込み、瞳に決して隠せない嫉妬と恨みがあると知れば優越感に浸った。

 リシェルなど、側にリゼルがいないと何も出来ないのだ。


 昨日は無理矢理リゼルに魔界へ送り返され腸が煮えくり返ったが、すぐにノアールに慰められ傷付いた心が癒された。



「皆さん聞いて下さいな。わたくし、リシェル様に酷い嘘を言われましたの」

「何を言われたのです?」

「リシェル様ってば、わたくしが羨ましいからって自分は殿下を愛称で呼ぶ許可を貰っていると嘘をつきましたの」

「まあ! なんて醜い。その様な嘘つきな娘を持ってベルンシュタイン卿も大変でしょう」



 最初はリシェルの言葉を信じ傷付いたが、魔界に戻ってノアールに確認をしたら許していないと聞かされた。苦し紛れの口撃だったのだろうが詰めが甘い。簡単な嘘を吐かないとプライドが保てなかったのだろうと密かに嗤った。

 お茶の席に座る令嬢達は皆リシェルを嫌っている。貴族としての交流も勤めも最低限にしか熟さないリシェルが魔王の妃になるのか。魔王の妃の座は魔族の令嬢達が最も欲しがる座。大貴族当主の娘というだけで与えられるのは不公平だ。



「殿下も困っていました。許した覚えがないのにリシェル様がその様な嘘を吐いて」

「いくらベルンシュタイン卿の娘といえど、ついてもいい嘘の見わけもつかないなんて」

「そこでね。今度、アメティスタ家で妹の社交界デビューのパーティーを開きますの。リシェル様を招待して皆さんで説明して差し上げてほしいの」

「勿論ですビアンカ様」

「ええ! 私達がしっかりとリシェル様にお教えしますわ」



 パーティーにはノアールも招待しており、参加の返事は貰っている。後はリシェルを誘うだけ。人間界の滞在先は昨日知ったから届けられる。問題は参加するかどうかだが、絶対にリシェルが参加するよう細工をした手紙を送ろう。

 そうと決まれば、アメティスタ家に戻ったら早速準備に取り掛かりたい。お茶の時間も終わりが迫って来ている。


 魔王城の方から出てきた二人の男性にビアンカ達は悲鳴を上げそうになった。今話題にしていたリシェルの父リゼルと魔王エルネストが神妙な顔付で話している。リゼルの耳に届くかもしれない場所でリシェルを陥れる言葉を紡ぐ度胸は誰一人いない。

 人間界にいる筈のリゼルが戻っているのなら、リシェルも戻っている。リゼルが魔王城なら、リシェルは屋敷といったところ。こうしてはいられない。予め用意をしていた手紙を魔法で呼び寄せ、ベルンシュタイン邸に届くよう別の魔法を掛けた時。

 手紙はベルンシュタイン邸ではなく、リゼルの方へ引き寄せられていく。瞬く間に顔を青褪めたビアンカ達は四阿から出ようとするも……









「――ん? 何か今声がしなかった?」

「気のせいだ」



 不可視と遮断の魔法で四阿にいるビアンカ達を見えなくし、声を聞こえなくしたリゼルは話を戻した。


 姿を見えなくされ、悲鳴を届かなくされたビアンカ達は四阿周辺に展開された結界のせいで脱出不可能な状態に陥った挙句――空間から放たれるケーキによって全身クリームとスポンジ塗れとなっていた。

 この後助けたのはエルネストに用があったノアール。ビアンカ達を全身ケーキで汚したのがリゼルだと知るなり、幾つもの通信蝶を使って指示を飛ばしていく二人の許へ大股で近付いたのだった。



「ベルンシュタイン卿!!」

「なんだ騒々しい」



 二人の周囲を舞う通信蝶がノアールの声により遠ざかっていく。一体なんなのだと言いたげな金色の瞳に睨まれてもノアールの怒りは勢いが止まらない。リゼルの前に立つとビアンカ達のいる四阿を示した。



「今すぐに結界を解きビアンカ達を解放しろ!」

「え? ビアンカ?」



 エルネストが四阿を見ても首を傾げるだけ。溜め息を吐いたのはリゼル。不可視の魔法と音を遮断させていると説明すれば、エルネストの顔が青くなっていく。



「リ、リゼルくん!? ビアンカに何をしてるの!? お願いだ、ビアンカを出してあげて!」

「お前達が大事にしているあの娘、俺のリシェルを笑い者にする算段をつけていたようでな。娘を思う気持ちはお前も分かるだろう? エルネスト」

「そ、それは……」



 ほら、とリゼルは手紙をエルネストの前に開いた。ノアールから内容は見えないが青い顔のまま、厳しい顔付になったのを見る限りあまり良い物じゃないのは明白。手紙を燃やしたリゼルはもう一度溜め息を吐いた。

 静かな庭園から突如、数人の女性の悲鳴が響いた。


「不可視の魔法が掛かっていたのにノアールが最初に助けられたのは……」と言い掛けてエルネストはハッとする。態と、態とリゼルはノアールには姿が見えるよう魔法に細工をした。

 更に細工をしたのは不可視だけじゃない。

 ケーキ塗れになって無残な姿になったビアンカは泣きながらノアールに抱き付きに来た。そのせいでノアールにもケーキが付着するも、気にしないらしく抱き返し慰めている。

 未だ、リゼルを睨み続けるノアール。次期魔王候補と言えど、リゼルにしたら子供に睨まれているようなもの。恐怖も何も感じない。



「どうした? 早く洗ってやれ。大事なお前の恋人なんだろう?」

「ビアンカ達がリシェルに何をしようとしたかは大体分かった。だが程度というものがあるだろう!」

「面白い戯言を抜かすな、王子。リシェルの心を踏み躙ったお前が」

「っ、最初に裏切ったのはリシェルの方だ!」

「間違えるな。裏切ったのはお前だ。リシェルはずっと一途にお前を想い続けた」



 言い返そうと口を開き掛けたノアールを圧倒的魔力を放って口を閉ざさせたリゼルは、泣いているビアンカへ目をやった。



「その娘達に投げたケーキだがな。あれに即効性の媚薬を混ぜておいた」

「は!?」



 驚愕の声を上げたノアールと声は出なくても表情からどんな感情を抱いているか丸わかりなビアンカ。エルネストも「リゼルくん!?」と仰天した。



「体の関係があるんだろう? 抱いて鎮めてやれ」

「何の話だ! おれはビアンカとは体の関係など」

「なんだ、ならその娘がリシェルに自慢げに語ったのは嘘だったのか。随分とはしたない娘だ」



 信じられないものを見る目でビアンカを見るノアールだが、リゼルには一切関係がない。ビアンカの嘘だろうがノアールの嘘だろうがどうでもいい。



「もうそろそろ効果が現れる時間だ。関係がなくても、これを機に肉体関係を持てばいいさ。……リシェルの前で散々口付けを見せ付けたんだ。出来ないとは言わせんぞ」

「ま、待ってくれベルンシュタイン卿! 本当にビアンカとは肉体関係なんて――」

「うるさい、とっとと失せろ」



 口付けは置き、肉体関係はないと尚も叫ぶノアールをビアンカ毎転移魔法で何処かへ飛ばしたリゼルはついでに他の娘達も飛ばした。

 口にしないが場所は王太子の部屋。男一人と女数人。仲良く楽しめばいいと短く息を吐いた。



「リゼルくん……」



 暗く、小さな声で呼ばれたリゼルは落ち込むエルネストの頭を思い切り殴った。涙目で頭を擦るエルネストの襟を引っ張って城内へ戻って行く。



「今は早急に対応をするぞ。落ち込む暇があるなら働け」

「頭を冷やさせて……! めちゃくちゃ痛い!」

「知るか。人間界にいる悪魔達に連絡が行き次第辺境へ飛ぶ」

「リゼルくん、リシェルちゃんを人間界に置いて来たというけど大丈夫なの? 確かにネルヴァくんがいるなら安心だろうけど……」



 エルネストの言いたいことは分かる。

 ネルヴァは天界側の者。それも、聞いたら誰もが腰を抜かす地位に就く。




読んでいただきありがとうございます。


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