5 校外学習?(1)
早朝、七人乗りのSUVに乗った一行は、宿泊予定のホテルへ向かっていた。
もともと学校へ挨拶したら、新年度の始まる前に秀人とあやめは観光をする予定だったのだが、先日の挨拶の後のランチで、理事長マイクやアルフレッド、ルイやマティスも同行することになったのだ。言い出したのは勿論アルフレッドだ。
「学校が始まる前に親睦を深めるのもいいと思うんだ」
というのが言い分である。
最初は驚いたあやめだったが、秀人の姉というのは仮の姿で実際は英語教師であり、彼に同行して欧州まで来たのも仕事の一環なわけで、これから卒業するまで彼が共に過ごすであろう学友達の人となりを見て依頼者に報告することもよかろうと、アルフレッドの提案を了承した。そして、秀人とあやめの本当の関係をマイクも知っており、突然の提案に呆れつつも彼女同様それなりに意義があると考えたのだった。
勿論子供達はあやめが姉であることに何の疑いも感じていなかった。
「ホテルに空きがあってよかったね」
そう言ったのは後部座席に座るマティスである。
「姉弟水入らずの旅行だったのに、同行させてもらってありがとうございます」
その隣に座るルイが監督生らしく礼を述べた。
「こちらこそありがとう。弟と仲良くしてあげてね」
ハンドルを握るのはマイクで、助手席にあやめが、マイクの後ろに秀人、その隣にはアルフレッドが座っていた。
「まぁ遠足というか、小規模な校外学習みたいなもんだな」
「ホテルに荷物と車を預けたら観光に行きましょう」
大人二人がそう言った。
まず彼らが行こうと思っているのは、昔の王宮を美術館にした所である。アルフレッドは皆で遊べる遊園地を主張したが、マイクに『まずは日本にはないものからだ』と一蹴されたのだった。
「今日は静かだね、アルフレッド」
ルイがそう言うと、
「ん?そうかな」
「いつもこれくらいならいいんだけどな」
「もう!マイク、う・る・さ・い」
とアルフレッドとマイクの二人が家族のような気安さで言い合っていた。
「そういえばシュートはヨーロッパは初めてなの?」
そのままやいのやいの言い出しそうな二人をさりげなく抑えるように、マティスが秀人に話しかけてきた。
「あ、うん。ヨーロッパどころか日本を出ること自体が今回初めて」
「へぇ!そうなんだ。でもそれにしては英語上手じゃない」
「学校以外にもレッスン受けてたから…でも大変だったよ」
「わかるー」
心底同意すると言いたげにマティスが頷いた。
「そういえばマティスは出身どこなの?」
と秀人が尋ねると、
「うーん、生まれたのはフランスのトゥールーズだけどそんな長くはいなかったんだよね。アンドラ、スペイン、イタリア、スイス、オーストリアと転々としてたし、出身て言われてもどこと言ったら良いのかわかんないや」
「へぇ……そうなんだ。そんなにあちこち行ってるんだね」
秀人自身はまだ幼いこともあってそう返すだけであったが、複数の国籍が当たり前の地ならでは、といったところだろうか。
「どの国がいちばん印象に残ってる?」
「そうだなぁ、難しいなぁ。それぞれにいい所があるから」
マティスは思い出をなぞるように一瞬遠い目をしたが、
「でも本当に大事なのは、場所よりも誰と一緒に過ごすか、じゃないかな」
と言った。
「誰と過ごすか?」
秀人がオウム返しをする。
「うん、そう」
マティスがニッコリ笑うとルイも続けた。
「そうだね、僕は友達と一緒の学校や寮ががいちばんかな」
「えぇー学校?ないない、寮ならともかく」
アルフレッドが口をはさんできた。
「僕は去年ここに編入する前は自宅学習で家族くらいしか話し相手がいなかったから。今がいちばん楽しいよ」
そう言ったのはルイだった。
「え?ずっと家にいたの?」
思わず聞き返した秀人だったが、
「お、着いたぞ。荷物おろしてフロントに預けておいてくれ。あやめ、子供達をよろしく」
ちょうどホテルに着いてマイクが声をかけてきたので、その話はそこでやめになった。
「後でね」
こそっとマティスが秀人に言った。