2-1 現実時間4
「だからぁっ! 何で浩太はそこでバイト三昧しようとか考えるのよっ!」
「当たり前だろっ! 彼女が出来たんだぞっ! いろいろするのに軍資金が必要じゃないか!」
「バカっ!」
寧子は声を張り上げた。いや、ただ張り上げるだけでなく、浩太をグーパンで殴ってきた。
「痛いっ!」意外に腰の乗ったキレのあるパンチに浩太は思わぬダメージを受け、その場に崩れ落ちた。
「何するんだバカ女!」浩太が抗議の声を上げると、「バカはお前だぁーっ!」と殆ど逆ギレみたいな感じで寧子が上から見下ろすようにして怒鳴り声を上げる。
なんで俺、ガチで殴られたうえになんか怒られてるの?
納得のいかない浩太ではあったが、有耶無耶のうちにマウントを取られ、しゅるしゅると気持ちがしぼんでしまう。
「浩太はいま、叔父さんから月にいくらもらっているのよ!」
上からのしかかるようにしてきた寧子がそう詰めてくる。
「えー……。」浩太はもごもごと口を動かす。「……15万。」
「生活費にそんだけもらってれば、バイトしなくてもフツーに暮らしていけるわよね? 家賃や光熱費、食費や生活費を差っ引いても数万のお小遣いが確保できているわよね? それだけあればかなみとのデートに充分間に合うわよね?
まさか足りないのかしら?」
「えーだって……。」浩太はブツブツと何か言い出す。
「このお金はもともと叔父さんのものだし……」「なるべく自分で稼いだお金でやっていきたいし……」「かなみとのお金くらい自分で用意したいし……」
「はあっ」寧子はため息を一つつく。「あのねぇ浩太。かなみとのデートを自分の稼いだお金で何とかしようとする志は立派よ? 叔父さんに迷惑をかけないという考えも素晴らしいものだと思うわ。
でもそもそものお金の原資は亡くなった浩太のご両親の遺産だし、あなたを無理やり自宅から追い出して一人暮らしさせているのは、他人との共同生活が圧倒的に苦手な叔父様自身の我が儘だし、本来あなたが遠慮する理由は何一つないのよ?
それにね? 浩太。あなたがそうやってバイト三昧で放課後を無為に楽しく過ごす結果、さみしい想いをしたかなみは別口で知り合った大学生の男に誘われるがまま、しれっと浮気をするのよ? それでいいの?」
「え……!?」浩太は固まった。
「かなみはね。あの女はお金よりも時間を大切にする女なのよ。四六時中近くにいてベタベタしてあげないと不安になって気持ちが離れていってしまうタイプなの。
生意気そうな顔と性格してるくせに、中身は寂しがり屋のウサギさんなの。気の強そうなあの顔で……。ぷっ! 乙女なのよ! ぷぷぷっ!」
なんか途中からぷーくすくすと笑いだす寧子。
なんだこいつと若干ムカつく浩太であったが、ともかく予知の通りであるならばバイトなどしている場合ではないと思い直す。
浩太はなんだかんだ言って寧子の予知については信じるようになっていたのだ。
「けどさぁ……。やっぱりなんか、納得がいかないんだけど。」
そんな浩太に対し、寧子は「はあっ」とため息をついた。
「けっきょくあなたは昔っから、自分が納得いかなければ、女の子の気持ちなんて平然と無視できちゃうダメ男なのよね。
そういうとこ『浩太さん』と全然変わってないわよね、あなた。」
出たっ! 『浩太さん』!
浩太は心の中で舌打ちをした。
寧子は事あるごとに浩太と『浩太さん』を比較したがる。
浩太からしてみれば誰それなナゾ男である。寧子曰く未来にいろいろあって変化した先の浩太のなれの果てらしいが、そんな事今の浩太には知ったことじゃない。
「まあ私はそんな『浩太さん』が大好きだったから、そんな欠点も可愛らしくてむしろ愛情2倍だったけど、フツーの女の子からしたら『もっと私を見て!』って思われるに決まってるわ!
だいたいあなた、かなみにちゃんと聞いたの? お金いっぱい稼いで豪華なデートがしたいからしばらくバイト三昧で会えなくなる。それでいいか? って。
それでいいならバイトでも何でもしなさいよ。断られたらバイトは諦めて安くてもいいから近場で日常デートをこまめになさいっ! いいわねっ!」
「えーっ!?」浩太は反発した。なんでこの女に彼女とのデートプランまで仕切られなければならないのだ。
浩太とかなみの二人の関係に、こいつは本来関係ないはずじゃないか。
だが強引な寧子の押しの強さに押されっぱなしの浩太である。ゴニョゴニョ言っているうちに痺れを切らした寧子が浩太のスマホを奪い取り、あっこいつ! 何故浩太の画面ロック解除方法を知っているのだ! そして勝手にメッセを送信してしまう。
――バイトでお金稼いでかなみにプレゼントしたり二人でいろんな場所に行きたい
しばらく会えなくなるけどいい?
返事はすぐさま戻ってきた。
――そういうのいいから毎日会いたい
勝ち誇る寧子を前に、浩太はがっくりとうなだれた。
「ついでに浩太! あなたの大好きな叔父様にもメッセを送っておいてあげるわ!」
――彼女が出来たのでお金が足りません
仕送りを増やしていただくことはできますか?
「止めてっ! 止めてっ! 叔父さんに迷惑かけるのだけはやめてっ!」泣きながら寧子の足元にしがみつく浩太。
「あーっはっはっは!」高笑いする寧子の声が頭上に木霊する。「あの偏屈があなたのことで迷惑を感じる事なんて一度もないのよっ! 万事うまくいくようにしてあげるから、この寧子を信じなさいっ!」
程なくして叔父さんからも返信が来た。
――いくらぐらいあれば足りるのか、具体的な金額を言いなさい。
「あああああ。」浩太はヘンな声が出た。
そして訳もなく目の前にいる女が憎くて仕方がなくなった。
こいつっ! 殺してやるっ!
浩太は寧子に飛び掛かった。浩太がそのまま寧子を押し倒すと、彼女は特に抵抗もせずあっさりと浩太の下に組み敷かれた。
見下ろす寧子はちょっと困ったふうに眉尻を下げながらも、微笑んでいた。
そんな寧子がこんなことを言い出す。
「傷つけたければ傷つけなさい。犯したければ犯しなさい。生意気な寧子は浩太が好きなように懲らしめたらいいわ。」
これで一挙に浩太の熱が冷めた。
どうしていいか分からずに固まってしまった浩太に対し、寧子は身をよじって一人で脱出する。
それから手早く身支度を整えた寧子は「今日はもう帰るわね。」と一言残し、そのまま外へと出て行ってしまった。
しばらくの間、呆然としたまま身じろぎ一つ出来ずにいた浩太の足元で、スマホの通知音が鳴り響く。
目を落とせば、それは今しがたあ出ていったばかりの寧子からのメッセージだった。
――あなたはかなみや叔父様が何を望んでいるのか、当人たちにちゃんと聞いた事はあるのかしら?
ちゃんと尋ねてみれば、思いもよらない答えが返ってくるとは思わないかしら?
独りよがりの決めつけをせず、ちゃんと話し合う努力をすることをお勧めするわ
浩太はどうすればいいか分からず、その場にへたり込み続けた。
いつまでもずっと、うずくまり続けた。
とにかくどうすればいいか、いつまでたっても分からなかった。