魔王の国
いつのどことも言えぬ場所…
そこには魔王が治める国があった。
魔王と言っても、
コウモリの様な翼がはえていたり、角がはえていたり、
そんな事は全くなくて
「魔法」を使う人間の国の王であった
魔王は民の中から強く魔法の才を持つ者が選ばれた
先代の魔王は王として長かった
長い統治は確かに安定したが、その引き換えに近隣諸国との軋轢は長く蓄積していた
ある時、魔法の才の芽を持つ者が現れた
魔王との年の差は40はあった
彼は少年と言って良い
だが民も近隣諸国も喜んだ
先代魔王の統治が20年も続いていたからだ
臣は魔王の隣に彼を座らせた
魔王は多くを語らなかったが、彼に魔法の使い方を惜しげなく見せた
彼は魔王の背中を見て育った
彼は不器用であったが、魔法を使うのが好きであった
彼は魔法を用い競う事が好きであった
しかし他者にその力を向ける事を嫌っていた
臣も民も諸国の大使も、彼を可愛がった
彼は才ある者であった
程なくして魔王は彼に学者をつけた
魔法以外にも知を得る事を望んだ
それが魔法のアイデアに繋がる事を魔王は知っていたからだ
【祇園精舎の鐘の声】
【諸行無常の響きあり】
【娑羅双樹の花の色】
【盛者必衰の断りを表す】
【傲れる人も久しからず】
【ただ春の夜の夢の如し】
【猛き者もついには滅びぬ】
【ひとえに風の前の塵に同じ】
彼が学者から最初に教わったのは、
しかし皮肉な事にイニシエの時代の故事書であった
諸国の大使も学の為に彼に知を与えた
政治、歴史、経済、礼儀、作法、
そして彼は自身が次の魔王候補である事を知った
その頃には、魔王に求められる魔法行使の簡易部分を代行出来る程度の力を得ていた
この頃から魔王は彼に
【男の子は父親を追い越す勢いがあってこそ、ようやく一人前である】
と言い聞かせていた
4年の月日が経った
諸国との関係が悪化し、魔王は流刑となった
魔王はそれを受け入れた
彼は魔王代行としてその席についた
元服まではまだ時間があった
魔王になるには時期尚早であった
重責であった
代行は2年で辞退した
魔力は先代の魔王に少し及ばない程度、時間が解決する問題であっただろう
しかし彼は外の世界を見る事を望んだ
魔法技術を磨く事を望んだ
そして臣も民も諸国もそれを受け入れた
若い彼に責任を押し付けた負い目もあった
国は簡単には滅びない
次の魔王候補が現れるまで持ちこたえる事など不可能ではない
…。
10年が経った
彼は青年から成長し壮年となっていた
北から南まで馬を駆り、遠く見聞を広げた
多くを見、多くを聞き、多くと出会い、多くを知った
だが魔王の国が疲弊している事が彼の耳に入ったのは
皮肉な事に遅かった
彼は国に戻った
内政は学舎時代の才ある知人がまとめていた
氏は才あるものであったが、適正が彼とは違っていたのだ
内政の安定を余所に近隣諸国との外交はズタズタであった
魔王代行が安定しなかった
国政は弱体化していた
彼は、彼を知る臣と諸国大使から歓迎された
もちろん彼を知らない者も月日の流れで増えてもいた
彼は、求めに応じ快く魔法を行使した
10年の月日と見聞は、彼の魔法を円熟していた先代の魔王のそれよりも、高精度に育てあげた
彼は本当に才ある者であった
その魔法を見て、彼を知らない者は彼を恐れた
その魔法を見て、彼を知る者は魔王生誕を確信した
斯くして、彼は魔王になった
しかし
制度を大きく変える事を望んだ
先代魔王のような悲劇を産んではいけない
魔王が乱心した際に魔王を滅ぼす者を自身の手で育てたい、と
かつて先代の魔王は言った
【男の子は父親を追い越す勢いがあってこそ、ようやく一人前である】と
すなわち、
先代の魔王は私に滅ぼされる事を望んだ
しかし当時の私はそれだけの魔力はなかった
今でこそ私は先代の魔王を越えられるだろうが
遅かった
そして魔王の力は魔王しか産まない
同等ではなく対等を
対になる別の力での抑止を求めた
…。
いつのどことも言えぬ場所…
そこには魔王が治める国があったらしい
その国の魔王は自身で勇者を育てあげ、その勇者に自身を滅ばされた
そんな不思議な、魔王の国のおとぎ話。
自身の経験をもとに、ファンタジーにしてみました
成長した姿を見せたい相手に、それが出来なかった事
追い越して欲しいと願った相手に、それが出来なかった事
今でも燻っています