エピローグ
三年後、私は街角で思い出の人と偶然の出会いをした。
「変わらないね、鈴原さん」
「タマちゃんもな、何年ぶりやろ。うん、久々に街角であったんやしゆっくり話そか」
鈴原さんが指で指し示すのはあの頃よく通っていた図書館、司書さんが代わったみたいだけどどこに行ったのかな?
あの頃の隅の席に座る、鈴原さんが小さく笑いながら口の前で人差し指を立てて「静かに話しよな」って言った。その姿に思わず苦笑した。
「学校、何所に通っとるん?」
「隣町の。でもここには来てるよ、駅までの途中だから」
「へえ、そう」、鈴原さんは相槌を打つ。
「鈴原さんは、漫才続けてるんだよね?」
当たり前だろうな、って思いながら質問。
「んー……頑張ってるけど、やっぱりまだ素人レベルやわ。そっちは?」
「お料理とか情報処理とか考古学とか短距離走とか、色々かじってみたけど……一応、医療関係かな」
「ホンマ、何でもやるなタマちゃん……しかも、結局エリートっぽいし」
「理系ですから」
これでも結構自信あります。
でも、これは宗太郎君が何時も怪我をしてるって聞くのが一因でもあるんだけど。
「そういえば……言ってなかったと思うから、ありがとう。日向君もそうだけど、鈴原さんのおかげで私、先輩に逆らえたんだ」
「ほう、タマちゃん進歩したなあ。先輩さんなんて言ってた?」
「別にそんな禁止するつもりでもなかったんだけど……って。やっぱり、私が勝手に暴走してただけなんだよね」
こうして話しているとあの頃の思い出がよみがえる、宗太郎君がいないのがちょっと残念だけど。
「宗太郎君も一緒の学校なんだよね?」
「お、何で知っとるん?」
「なんでって……宗太郎君に聞いたから、メールで」
鈴原さんが「へ?」と言って固まった。なんだか久しぶりに会ったら髪もちょっと伸びて大人しい人になったなぁというのが印象だったけど、こうやってまったく動かないのはどういう事だろう。
「あ……アイツウチに言わへんってどういう事やねん!!」
いきなり机を叩いて立ち上がった。びっくりした。
あれ? 宗太郎君、もしかして言ってなかったのかな?
「タマちゃんもや、何で言ってくれやかったんよ!」
「えぇ!? だって鈴原さんのメールアドレスは知らないし、日向君も教えてると思ったし―――」
「ウチ聞いてへん!!」
「ええ!?」
どうして日向君はメールアドレスを鈴原さんに教えていないんだろう。いや、もし教える気がなくてもメールしてるって事ぐらい言ってもよさそうなのに。
もしかして、鈴原さんには私とメールをしてる事を知られたくなかったんだろうか。それってどういう状況だろう。
私は鈴原さんの顔を覗き込んだ、鈴原さんも私の顔をじっと見る。
……ま、まさか。
「なぁタマちゃん……もしかして、あの、宗太郎と、付き合ってたりとかは……」
「えっと、鈴原さん……聞いたことなかったけど、うー……ひ、日向君と、お付き合い、とか……」
声はほぼ同時、顔が赤くなった。
それに鈴原さんと仲良くやってるってメールで聞いてたけど、これって!?
「う、ウチと宗太郎はただの幼馴染や!! 何年も一緒やのに向こうは別になんとも思ってないから、そんな事は無いで!!」
「わ、私だってメールのやり取り以外はほとんど接点無いですし!! 休日に会ったりとか、しないし……」
言ってる内に、自然と首が下がって俯いてしまう。向こうも顔を下げてしまった。
気まずい。何だかとっても気まずい。
「だ、大体、何でそういう話に……」
「それ、同時に言ったから鈴原さんのせいでも……」
本当に、気まずい。席を立つわけにもいかず、かといって何かを話すでもなく、硬直するしかない。
あうう、どうしよう。
どっちも動かない、他に誰も居ない。このままで何十分か経ってしまうのだろう。
「よーっすルリ、お前携帯マナーモード外すの忘れる癖直せよ。って、タマちゃんじゃねぇか。おー、一昨日の晩話したけど久しぶりー」
空気を読まず、宗太郎君が現れてしまった。
「そ、そそっ宗太郎!? 何でおんのここに!?」
「お前にメールしても通じなかったから、気付くまで待とうと思って懐かしき場所に来ただけ。いや、マジ暇な時はよく来るんだよな、ここ。新しい司書さんも話し相手になってくれるし」
「宗太郎君……あ、あの、お久しぶり……?」
慌てて挨拶をすると宗太郎君は軽く返してくれた。
「ひっさしぶりー。つうかなんで二人とも声震えてんの? 俺が図書館にいるってーのがそんなにビックリか?」
何もこのタイミングで来なくてもいいと思う。どう反応すればいいのか分からないし、どんな顔で向かい合えばいいのか分からない。
「そうや宗太郎、何でウチにはタマちゃんのメアド教えてくれへんかったんよ!? ビックリしたわ。なんでウチの知らん間に二人がこんなに仲良くなってんねん!! 呼び方も宗太郎君やし!」
「そういえば言ってなかったっけ? 悪い悪い、でも別に用があったわけじゃないだろ? タマちゃんがピンチなら、その時にお前呼べばいいと思ってさー」
鈴原さんが怒っても、日向君は涼しい顔。そんな二人の様子に少し口元が緩み――また笑わされた、と何だか愉快な気分になる。
「宗太郎君は何でそんなに無頓着かなぁ……私とも、メールだけで全然会ってくれないし」
「おぅ? タマちゃん、実は遊びたかったのか? そうかそうか、それなら言ってくれりゃあいいのに。今度、三人で遊びに行くか」
二人は恩人だ。直に言っても手伝っただけ、としか言わないだろうけど。それでも、二人のおかげで私の進む道が見えたんだ。
今の私は、図書館で本だけ読んでいる人間でも、部屋に引き篭もるような人間でもない。
目の前の二人も変わっている、ただ夢を語るだけじゃなくて夢をかなえる手段を模索している。
あの頃には戻れないけど、戻りたいとも思わない。
「ええなあ、久しぶりに会えたんや。今度三人で遊びに行こか!! ウチ、海行きたい海ー」
「う、海? 私、最近行ってないというか、お、泳ぐのあんまり得意じゃないというか」
「オッケー、電車乗り継げばすぐだな。ま、タマちゃんもゆっくり練習しろよ、俺が居たらナンパもないだろーしな」
私は二人と同じ列に並んで歩いていく。
真面目に生きる事は大切だけど、真面目に生きるだけが全部じゃない。
あの時、突然現れて本を読んでいた私に話しかけてきた二人組はそれを教えてくれました。
頭の中では鈴原さんと私と宗太郎君が海で楽しむ姿が浮かびます。
私……こんな人たちに出会えて嬉しいです。




