三話
「ウチ、寿司とか大好きなんよー」
「あー分かる分かる。ラーメンとかに並んで外食の定番だもんな。まぁ、一般庶民は回る寿司だけど」
「そうそれやねん、ウチも一回でええから回らへん寿司行ってみたいわあ」
「お、じゃあ言った時に馬鹿なことしないように練習しようぜ」
「ええやんええやん、ほなちょっと寿司屋のマネしてよ、ウチが客として入るさかい」
「オッケー、んじゃここカウンター席で……へいらっしゃい!!」
「あ、玉子くださーい」
「大中小、どれにしやす?」
「え、サイズあるんですか!? え、えーっと、中で……」
「松竹梅、どれにしやす?」
「ランクあるんですか!? えーっと、どんなんですか?」
「ウズラの卵、ニワトリの卵と色々揃ってるよ!」
「あ、思ったより普通……って、あと一つは何なんですか?」
「そいつは聞かねぇ方が身の為ってもんだぜ、嬢ちゃん……」
「た、玉子やめます!! おススメは何ですか?」
「カリフォルニアロールだヨ、HAHAHA」
そこまで言った瞬間、タマちゃんとは違う女性の声で「今日は根本的におもしろくなーい」と駄目出し一閃をくらった。やっと調子上がってきたかなーとか思いながら頑張ってた漫才が中断される。
何時もの如く図書館で端の方にある二人掛けの机を二つくっつけてタマちゃんにだけ見せる漫才をしてるのだがバッサリ俺たちの漫才は斬られた、せめて最後まで聞いて欲しい、マジで。最後に怒涛のオチがあったらどうすんだよテメーいや今回は無いけど。
「君達さぁ、時たま衝撃的に面白くないよ」
と、ワタクシども若輩に駄目出ししてくれちゃってるのはタマちゃんの隣に居る女性。
隣に居る女性だけでは説明不足、その正体はなんとタマちゃんの先輩だ。先輩だからタマちゃんの髪型をパワーアップしてツインテールだったりしたら面白かったのだが、普通にストレートである。くそぅ、ルリもボブカットだし、奇抜を追及する人間はなかなか居ないのか。
「先輩さん……途中で駄目出しするんなら見ないで下さいよぉ」
図書館の隅にある椅子にぐったり倒れこんでみるが、先輩はただニコニコ笑うのみ。否、ニヤニヤ笑うのみ。
漫才は端っこでやれば最終究極形態司書様に咎められにくいと学習した俺とルリだが、ここでもう一つ障害が現れた。そう、この先輩さんである。
始まりは些細な事でこの先輩はタマちゃんが尊敬してる、つまり例の行きたい学校に在学してる人らしく、その日はタマちゃんの勉強を見る約束をしていたのだそうだ。その日、というのは何日か前で、つまり通い詰めの俺たちが顔を合わせるのも必然ってワケで出会ってしまい。
『玉藻笑わせたいなら、まず私を笑わせないと話にならないよ』
こんな感じの言葉だったような気がするのだが、こうやって俺とルリの敵が一人増えたのだ。ラスボス前の中ボスって感じ。いや、別に倒すもとい笑わせなきゃタマちゃんに見せられないわけじゃなくて、タマちゃんと一緒に眺めてるだけなんだけど。
ちなみにタマちゃんは半分無視である、チラッとこっちを見てくれはするのだが、本を手放さない。これは俺に対する挑発だと思っておこう。
「姉さん、文句言うんやったら見んといてぇな。ウチら、これでも頑張ってるんやさかい……」
ルリは机に突っ伏しながら顔を隠してぶつぶつ言ってる。まぁ、ここまで真正面からつまらないといわれると応えるらしい。
俺も結構きてます。
「人は叩かれて強くなるものなのだよ、鈴原ちゃん」
先輩さんは気楽に語尾を常に上げるほど御満悦な様子で言った。
確かに批判されてこそ研磨される技術ってのはあると思うのだが、ここまで漠然と「面白くない」と言われても正直どうしたらいいか。いいネタが思いつきません!!
「ね、玉藻も面白いって思わないよね?」
「えっと、私あんまりそういう番組見ないので」
俺とルリを見事に撃沈させた後、先輩さんは筆箱を取り出しているタマちゃんに絡む。奔放だよなぁ、やっぱ向こうの学校でもこういう性格の人居るじゃないか。
なんとなく微笑ましく思っていると、右肩にずっしりと重量感。首だけ回してそちらを見ると、ルリが涙目でこちらに倒れこんできていた。
「そ、そうたろー……慰めてー」
泣くなよ、お前。いくらなんでも泣くなよ。
いやしかし、ルリの事だ。またなんか振りなのかもしれない。まったく、俺は常識人なのに、ルリのせいで変な奴みたいな扱いされて困るなぁ。
「よし、慰めてやろう! ……タマちゃんが!」
「わ、私!?」
という訳で、振ってみました。タマちゃんに無茶振り。
ルリはさながら幽鬼の如く体を起こし、タマちゃんの方へと斜め体勢で机に体を投げ出した。しかもまだ涙目、予想に反して結構本気で泣きかけてるっぽいがそれでもチャンスは逃さない主義らしい。
「ターマーちゃ〜ん……慰めてー……」
涙目で上目遣いは普通、かなり男を落とす武器だと思うのだが、今のルリは絶対怖い。というか、もし顔が可愛くてもこんな不思議体勢じゃ絶対ときめけねぇ。
現に、先輩さんは興味深そうに眺めているだけだがタマちゃんはビクッと身を引いた。口元をたった今出した問題集で隠し、適当に中空を睨みぽつりと。
「え、えっと……鈴原さん、頑張って……?」
かなり投げやりな慰めだった。俺達に慣れたのか最近少しずつ敬語を使わなくなってきているタマちゃんだが、遠慮も少しずつ消えているらしい。うむいい傾向だ、仲良き事は美しき事かな。
「タマちゃぁん、ううぅ……ありがとう……」
そしてその言葉を受けたルリはタマちゃんから離れると俺の方によってきた。
「宗太郎ちょっと付き合えや、ネタ合わせするで」
「あいよ〜、先輩さんあるいはタマちゃんの上位存在として上玉さん。ちょっと俺らネタ合わせするんでタマちゃんと話しててください」
先輩さんは俺たちを見てへらへら笑いながら見送ってくれた。
「上玉ってのも古い言い方だねぇ、しかも本来の意味じゃないし。……まいいよ、いってらっさ〜い」
二人で歩いてきたのはトイレの前。一応、この図書館内にトイレは二つあって、こっちは滅多に人が来ない。よくトイレに行く方なので、この二週間で把握した。
ルリは溜息をついた。
「宗太郎……なんでウチらこんな簡単に笑えるのに、タマちゃんは笑ってくれやんのやろなあ」
「謎に包まれてるよなあ」
きっと感情回路を外されたに違いない、何て思ってみる。
「もう何日もやっとるのにミジンコも笑わへん、ウチら才能ないんやろか……」
ここは突っ込むべきだろうか?
「おいおい、お前ってもしかして……自信失くなってきてる?」
ルリは頷くように溜息を吐いた。
うーむタマちゃんだけならいいトコのお嬢様オーラでてるし、どこかズレてるんだろうかとか思って納得してたのだが。先輩さん改め上玉さんが入ってきたせいか?
「お前さぁ……それでも、人前で泣くなよ。真剣なのは分かるけど」
「……しゃあないやん」
……。
「よっしゃ、確かに俺らはあんまり面白くない」
「……」
ルリは黙っている。
「そりゃタマちゃんは勉強とか超頑張ってるみたいだけど、俺たち別にそんなにやらないじゃん? んじゃ、その勉強するはずの時間をどうしていた? ……遊んでただろ、俺達。夢を見るのは誰でも出来るけど、叶えられるのは頑張った人間だけだ。俺達はタマちゃんを否定しちゃったけど、俺達だってちゃんと出来てなかったかもしれない」
「毎日、ネタ合わせしてるやんか……」とルリは小さく反論した。
「そこは……あれだよ、どうやったらなれるとか。ネタが面白いだけじゃなくて、ほら、色々とさ」
ふと、いつかテレビ番組で見た事を思い出した。お笑いには発声練習も重要らしい、という曖昧なことしか覚えていないが、こんな近くにも答えがあったんだ。俺達は、地道な所を抜かしていきなりやりたい部分だけをやってたんだ……と思う。
「お前は、勉強したくないから漫才師目指してる訳じゃないだろ。やろうぜ練習、俺達は才能が無いんじゃなくて、知らなかっただけだ」
「……そやな」
ルリは、阿呆みたいに口を半開きにしながら、素直に頷いた。
多分、俺もルリも気づけたのはタマちゃんのおかげだ。友人たちの愛想笑いだけじゃ、きっと気づけなかったと思う。俺たちはタマちゃんを変えるつもりで、いつの間にかタマちゃんからも教えられていた。
「そやな、うちら若いんや!! まだまだいけるで!!」
力強く頷き。涙の後を拭いて。鈴原 瑠璃は大きな一歩を踏み出した。ふむ、もう大丈夫だろう、あとはタマちゃんのところに戻るのみ。
「ったく、いっつもこんなにしおらしかったらいいんだけどな、お前。ルリのせいで、常識人の俺まで変な目で見られるんだぜ?」
「え? 常識人? むしろ常時奇人ちゃうん?」
どうやら元気が戻ったようなので、一発頭をはたいてやった。
席に戻ると、帰ったのか既に上玉さんの姿は無かったタマちゃんだけが一人で座っている。
「おろ、タマちゃん、姉さんはどこ行ったん?」
ルリの質問でタマちゃんは俺たちに気付いたようで、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、えっと……ごめん、先に帰ったみたい」
なんだか、少し顔色が悪い。何があったのか分からないけど、上玉さんと喧嘩でもしたんだろうか……いやいやタマちゃんは上玉さんと争いそうに無いよな。
可愛い顔が台無しだぜベイビー、とか言ってみたい気もするが、そういう台詞は「冗談でもそういうこと言うな」とルリにぶっ叩かれるので自重。
「どうしたんだよ、タマちゃん。なんか先輩と言い合ったのか?」
一応聞いてみる。ルリの悩みを解決した俺は人生の先達モード。なんか無敵な気分だ、なんでもやってやれそうな気分だ。
しかし、タマちゃんはふるふると首を左右に振るだけ。愉快に、サイドポニーが跳ねる。
「いえ……ちょっと先輩は自由研究のレポート作るって言ってて忙しいって」
嘘ではないだろう、こんな器用な嘘を吐きそうにないし。タマちゃんは、座りながら俺達を見上げて笑った。
「日向君達はそろそろ帰るんでしょ? 私はもうちょっとここに居るから先に帰ってていいよ」
「うーむ、上玉さんがいないな。帰るか」
「そやな」
何が何だかよく分からないままに、俺とルリはタマちゃんと別れた。




