1話 囚われの姫君
はじめての投稿で稚拙な所もあると思いますが、気長にどうぞ宜しくお願いします。
光彩豊かな様々な色合いで聖母マリアを描いた美しいステンドグラス。
端正込めて作られたであろう玻璃細工は粉々に砕けて空中に舞う。役目を終えたように散る硝子は消える寸前に力をすべて使いきるように光を受けて一層輝いた。
不敵な笑顔を浮かべた青年が硝子の雨の中、慈しむように少女を見据えた。
少女の瞳がこぼれ落ちてしまうのではないのかというほど見開かれる。蛋白石のような瞳には涙の幕が張っていった。
降り注ぐ硝子は光の雨の如く、青年少女の顔を照らしていく。
床に爛々と高い音を立てて落ちる硝子。
割れたステンドグラスの間から柔らかく零れる月の斜光。
青年は視線を少女から別の人物へと移した。
その場に影は三つ存在していた。
ひとつは背の高い闇夜のような髪色の青年。
もうひとつは幻想的な白い少女。
さらにもうひとつは細身の神父である。
青年と神父の間に火花が散る。
何故ならこの二人はたった今、互いを敵と認識した。
石膏で出来たマリア像も色とりどりの花で飾られた客席も、糸が張り詰めたような雰囲気に呑まれ、存在感を失った。
青年が口を開く。
「俺の大事な人に何してくれてんだよ」
凍てつくような低い声だった。嫌によく通る声だ。化け物も震えるであろう絶対零度のその声は、じわりじわりと空間を蝕んでいくように響き渡った。
スーツに黒い外套。健康的な血色の良い肌。そして彼の手の中には黒光りする鉄で出来た拳銃。
対する神父は汚くねっとりと嗤った。
「今さら?遅すぎたようだね・・・君は」
常闇を閉じ込めた瞳。顔中に刻まれたシワが歪に持ち上がり笑顔を作りあげていた。執着と愛憎と稚気と邪悪を混ぜて何倍にも濃くしたような笑顔は底が知れない。
青年はその笑顔と嘲笑に顔をしかめた。実に不愉快そうか顔である。
「やってみなきゃ分からん事も世の中には山のようにあるぜ」
「ほぅ・・・」
余裕綽々の神父は目を細めた。しかし眼光は以前鋭いままである。
青年の目は完全に神父を捉えた。
引き金を引く彼の手に僅かに力が込められる。
「俺はやることはキッチリやる男なんでな」
引き金は大きく引かれた。
空中にある線路を滑るように発射された弾丸は閃光を放ちながら飛び出した。遅れて銃声が大きな教会の小さな礼拝堂の中に響き、駆け抜ける。
傍観する少女はこの日のことを生涯忘れることはないだろう。何年何百年何千年、輪廻を越えて転生したとしても魂に刻み付けられたこの日のことだけは消えることはない。
彼女はうっすらと目を閉じた。まるで、眩しいものを見つめるように─────・・・
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「今日も元気そうだね」
静かな礼拝堂の真ん中で暖かな声が響き渡る。
祈りを捧げるために作られたはずの礼拝堂には二人分の影のみが落とされていた。
美しい礼拝堂だ。
純白の壁にぴかぴかに磨かれた板張りの床。上部の壁には大小様々なステンドグラスが嵌め込まれている。最も大きなステンドグラスは祭壇後ろの聖母マリアを象ったものだ。
そして、真っ白な少女が一人、礼拝堂の中に座り込んでいた。
純白の長髪に血色の良い小さな唇。そして、長く白いまつげに縁取られた───角度によって色の変わる瞳。
神父が注目しているのはこの少女、ただ一人である。
整った彼女には似つかわしくない手錠や鎖が大量に彼女にはかけられていた。
どこを見るわけでもなく呆けたように虚空を見つめ続ける彼女の瞳には神父が映り込んでいる。しかし、彼女はそれを認識しない。
満足そうに神父は嗤う。
闇と汚泥を混ぜて煮込んだような下卑た笑みは禁欲の神父は浮かべてはならないような高揚を湛えている。
「綺麗だよ、嗚呼、とてつもなく綺麗だ・・・私の愛しいディフェリア。愛して止まない私だけのディフェリア」
「・・・・」
ディフェリアと呼ばれた少女は口を開く様子はなかった。
ただ【ディフェリア】という名前に反応し、ぴくりと体がこわばった。そして、今気が付いたかのように神父を見上げる。
「嗚呼!やっと見てくれたねディフェリア。」
彼は感嘆の声をあげると、そっと少女に触れた。まるで壊れ物を丁寧に扱うかのように、触れただけで、汚れてしまうのではないかというほど、儚く、清らかで美しい少女に触れた。
彼女の陶器のような滑らかな肌を堪能するように上から下へ、下から上へと指を滑らせていく。
少女は少しみじろいだ。
指は、頬、肩、背中、太股の順に下り、太股、腹、胸の順で上がっていく。高揚に満ちた神父の顔は最早、神の使いにはあらず、しかし、その表情はどこか慈しんでいるようにも見える。対して少女は悲しみも恐怖も歓喜も何もそこにはなかった。
二人分の呼吸が交差する。
神父の唇が抵抗なく無垢に触れようとした────
「神父さま!マルゴナート神父さま!」
ごんごんと厳重に閉ざされた楔扉がけたたましく叩かれた。
弾かれたように神父は無垢の少女から離れ、2歩3歩後ずさる。挙動不審と成りつつも、彼は口を開く。
「なんですか?何かあったのですか?」
「それが、俺の家内が腹がイテェって言いはじめてよぉ!アイツも妊娠してしばらく経つんで、そろそろ産まれるかも知れねぇんだ!助けてくれ!」
ドア越しの会話が成立する。
「わかりました!直ぐ伺いますから、貴方は早く奥様のもとへ急いでください!」
「分かった!ありがとうよ神父さま!」
そうしてドアの外から大きな足音と共に男の声は小さくか細くなって消えていった。
神父は音もなく立ち上がり、厳重に閉ざされたドアを開けに板張りの床を歩いて向かった。
カツンカツンと小気味良い音が暫くすると重厚な音へと転換される。そして、扉は開かれた。
扉に手をかけた神父はゆっくりと振り替える。
「また明日来るよ。今夜は少し忙しくてこれなさそうだ」
こくり、と少女はうなずく。
それを嬉しそうに見やると、重い扉は彼の手によって再び固く閉ざされた。轟音と共に閉ざされた扉からは一切の音が遮断される。
あたりは静寂に包まれた。
ステンドグラスからもれる光は存在しない。もう太陽は海の中に沈んで明日再び地上を照らすため微睡みに堕ちている頃だろう。
大きな聖母マリアのステンドグラスだけが月の光を透かしている。淡くどこまでも青い光が、柔らかく、優しく、辺りを太陽の名代のように照らしている。
鎖が床と擦れる音と共に少女は立ち上がった。静謐の瞳は何よりも美しい光彩をたたえているのにもかかわらず、その瞳はどこか虚ろで光がない。何よりも透き通っているのに、濁っている。今にも折れてしまうのではないかと言うほど華奢な体躯から力を振り絞るように歩く。
礼拝堂の祭壇の奥、聖母マリアの背中に守られる場所には深さ20㎝程の人口水場が設置されていた。水面には透明な花が多種多様様々に浮かんでいる。わずかな光を受けて、花は光を反射し、水面に淡く色を落とした。
少女は軽く足を浸ける。とぷんという滑らかな音と暖かな水の温もりがじわじわと彼女の足先から体の中心へと染み込んでいく。物憂げに見つめるわけでもなく、ただ少女はふと、天井を見上た。天井には星見図がいっぱいに描かれている。明るい星には大きな炭素石が嵌め込まれていた。
ゆっくりと星座をなぞるように指を動かす。
獅子座、天秤座、牡牛座、牡羊座、蠍座、蟹座、水瓶座、双子座、魚座、乙女座、射手座、山羊座、と、声に出すわけでもなく、空をなぞる。
そろそろ月が一層輝く時間である。上等なベットで眠ろうかと少女が立ち上がろうとする。
カチャン
─────が、しかし、突如として現れたその音に彼女の四肢はぴたりと動くことをやめた。
静かな水面に石を投げ込んだ時のように、音の波紋はどんどん広がって行く。
少女はゆっくりと音のする方を振り返り、首をかしげた。音なんてするはずがないことを彼女は誰よりも知っていた。けれど絶えず先程の音を皮切りにしたように轟轟と風の音は静寂を塗り潰していく。
カチャンカチャン
未だに音はそこから聞こえる。少女はただ、じっと音のする方を眺めていた。
「よっと」
声が聞こえた。神父の声ではない、もっと若くて、扉越しからでも聞いたことのない声だった。
軽快な足音がする。その音は、段々と少女の方へと近づいていた。少女は決して動かない。ただそこに人が居るのであろうということは検討はついていた。
灰色の雲の裂け目から月が顔を出す。
今日一番の青色の光を受けたステンドグラスは余すことなくその光を礼拝堂の中へと注ぎ込んだ。
そして、光は影を食らうように侵食していった。そこに立つ人物の影も綺麗さっぱり溶かして。
そこに立つのは青年である。
照らされた礼拝堂で、少女の前に立ったのは、闇夜のような紺色の髪に燃えるような橙の眼を持った青年であった。




