3 海の中で。
ジナーフは借りたバンダナを頭に巻いていた。
白いTシャツに紺のデニムのハーフパンツのスタイルになってるので、見た目はこの村のどこにでもいる少年という感じ。
ふたりは早速船で沖合に出て行った。目指す場所は、いつもの採石場。
風がかなりあったのでブルージーは帆を張った。
帆は風をいっぱいに孕んでスピードを上げて海面を滑るように進んでいく。
「すっげぇ速いじゃん! 空中を飛ぶのとはまた違う速さだよな!」
わくわくしながら舳先から身を乗り出すようにして、ジナーフは行く先を見つめていた。
たまに波に乗り上げたりしてバウンドすると子どもみたいにはしゃいだ。
「ひゃっほぅ!最高だぜ!」
しばらく走った時、ジナーフがブルージーの方を振り向いた。
「なぁ、まだあんたの名前、聞いてなかったよな?」
ブルージーは舵を巧みに取りながら言った。
「あ、そだね。もう言ったかと思ってたんだけど。 あたしはブルージーっていうの」
「そなんだ。なんだか海っぽい名前だよな」
ブルージーは、ふふっ、と笑った。
「なんて意味か知らないんだけどね。んでさ、『ジナーフ』っていうのは、
実は古い言葉で『翼』って意味なんだよね。空を飛ぶっていう君にはぴったりじゃん」
「えっ? そうなの? 初めて聞いたなぁ」
そんな会話を続けているうちに、いつもの場所に着いた。
ブルージーは、ジナーフに潜り方をレクチャーしていた。
「んとね、ジナーフは潜るの初めてだそうだから、いきなり底まで潜っちゃだめだからね。大きく2、3回深呼吸をしたら息を止めて潜って。んで苦しくなってきたら即水面に上がってね」
「ん。分かった。やってみるよ」
ジナーフはそういうと言われた通りに深呼吸すると水中に姿を消した。ブルージーもそれに続く。
ジナーフはそのままどんどん潜っていった。
……ちょっと!まだ底まで行っちゃだめって言ったのに!
ブルージーは内心かなり焦った。 でもジナーフは苦しそうな様子もない。そしてとうとう底にたどりついてしまった。
ブルージーは心配そうにジナーフの肩を叩いた。ジナーフは振り向くと、にかっ!ととびきりの笑顔で、やったぜ! とでも言うように親指を立てた。
でも笑った瞬間、ジナーフの鼻と口から溜めていた空気がごほごぼごぼっ!と、もれてしまった……。
ふたりが浮上してから数分後。
ジナーフは水中で笑ってしまったばっかりに、気管に海水が入ってむせてしまい、まだげほげほしていた。
「だから言ったじゃん。もぉ、人の言う事全然聞かないんだから。」
ブルージーは呆れ帰ってジナーフの背中をさすってやっていた。
「あんなつもり……げほげほ……はなかったんだけどなぁ……」
「今日は潜るの、よしとく?」
ブルージーはたずねてみた。
「ん、もうだいぶ楽になったから、もっかいトライしてみるよ。でもさ、全然苦しくなかったんだよな。潜ってる時には」
「えっ? そうなの? あたしだって底まで潜れるのに1年はかかったんだよ?」
「そうなんだ。俺って結構体力あるかも」
「じゃあ、潜るのはもちょっと休憩してからね」
「りょ~かいっ!」
それからブルージーとジナーフは、何度も潜って採石をした。
もうそろそろ船がいっぱいになって、ブルージーは今日はもう止めておこうかと思っていた時、 ジナーフが浮上してきた。
「なぁ、この石、形が変わってるよな?」
ジナーフが差し出した石は、薄緑を帯びた、腕の長さくらいの半透明の六角柱だった。
いつも採ってるのは、ごつごつしている。
「わぁ……きれいねぇ。 これなら、きっと素敵なボトルができるでしょうね」
「ボトル、って何に使うの?」
「ある街で、魔法をゲットするセレモニーに使うのよ。これ、最高の素材なんだから! 私もいつかは参加して、絶対魔法を使えるようになるんだ!」
「そうなんだ。俺も魔法持ってないから、 そのセレモニーやってみたいなぁ」
ジナーフも興味津々な様子。
「じゃあ、機会があったら、絶対一緒に行こうね!」
「あ……うん!」
ジナーフは一瞬ためらったかのように見えたが、すぐに元気よく返事をした。
「約束だからね! じゃあ帰ろっか。」
「あ、帰りは俺に舵を取らせて。一度やってみたかったんだ。」
「え~? 大丈夫かなぁ?」
若干不安そうなブルージーの手を引っ張って、船の中央に座らせると、ジナーフはおもむろに舵を取ると、風が上手い具合に吹いてきて、帆がぱんっ、と張った。
「よぉ~し! とばすぞ~!」
そういうと船は勢いよく走り出した。
「すごいねぇ! ちゃんと風読んで走ってんじゃん!」
「あったりまえさ! だって俺は空では『風の申し子』って言われてたんだからさ」
「で、調子いいとこ悪いんだけど」
「はい?」
「……村、あっちなんだけど。」
ブルージーが指差した方向とは180度反対の沖に向かって、全速で船は走っていった。
ジナーフが下の世界に来て3日目の朝。
「フォーゲルも完全に乾いたみたいだし、久々に飛んでみたいなぁ」
ジナーフが窓を見上げてつぶやいた。
雲ひとつない真っ青な空。 まぶしいくらいの太陽。 うってつけの飛翔日和だ。
「じゃあ飛んで見せてよ!」
ブルージーが身体を乗り出してワクワクしながら言った。
「え~、だめだよ。飛びたいのはやまやまだけど、明るい時に迂闊に飛んでたら、またヤツらに見つかっちゃうもの」
ジナーフはちょっと困ったように答えた。
「ヤツら?」
「うん。ほら、俺を攻撃してきたヤツらさ」
「じゃあ、どうやって帰るの?」
ブルージーは興味津々といった風で乗り出してくる。
「夜はヤツらは極端に視力が落ちるんだ。だから夜を狙おうかな、と」
「そなんだ。じゃあ、今晩試しに飛んでみたら?」
ブルージーはジナーフをせかすように聞いた。
「そだな。早く帰りたいけど、夜って俺も飛んだ事ないからなぁ。1回テスト飛行してみないとな」
「うんうん。じゃあ今日はたっぷり昼寝しとくといいよ。あたしは海に出るからさ」
そういいながらブルージーは支度を始めた。
「お、ありがたいなぁ。じゃあお言葉に甘えて……っと」
そういうと、木陰に自分で作ったハンモックに横になった。