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5.

 それからリシェーラは一度部屋に帰ると引き出しから財布を取り出し、再び部屋を出る。

 ディートリッヒの用事がどのようなものかは分からないが、部屋に来ると言うのならもてなさなければならない。

 昼に来るならルミオンにそうしたようにコーヒーでも出せばいいのだが、彼が来る予定なのは夜だ。

 ディートリッヒは眠れなくなるからという理由で夜にコーヒーを飲むのを嫌う。そんな彼に出すなら酒がいいだろうと久しぶりの王都へと繰り出した。


 馴染みの店で一口サイズにカットされたチーズをいくつか購入し、そしてその隣の、こちらも馴染みの店で酒を6本ほど購入した。

 この日に全てを飲み干そうというつもりはない。だが酒ならなんでもいいというルミオンとは違い、人には好みというものがある。だからディートリッヒの好みの酒を用意したかったのだが、あいにくリシェーラは彼の好みを知らなかった。何度かルミオンとディートリッヒとの3人で飲みに行ったのだが、彼の好みを察することは出来なかったのである。

 そのため趣向の違うものをいくつか買い漁ったのだが、何分いつもはこんなに買い込むことがないためその重さはズシンと腕にのしかかる。


 それに加えて、今は式典が開催されているだけあって人出が多く、慣れた道を歩くのもやっとである。


「重い……」

 こんなに買い込むんじゃなかったと後悔しながらノソノソと歩いていると、頭上から聞き慣れた声が降る。

 

「何だ、それ? あ、もしかして俺への差し入れか?」

「なわけないでしょう?」

 見上げて確認するなんて手間をかけなくても、この声はルミオンであると確信したリシェーラはふざけた様子の彼の言葉を遮るようにして否定する。


「まぁ、そうだろうけどな。宰相殿に買い物頼まれたのか?」

 ルミオンはリシェーラの抱えていた荷物を全てさらい取ると「ちょっと外すわ」と仲間の騎士たちに告げて、城へと歩き出す。

 

「いや、これは私のです」

「リシェーラの? それにしては量が多くないか? ま、まさか、お前、ついに男でも……!」

「まぁ、飲みたい気分なんですよ……」

 

 男を紹介すると言ったルミオンにはディートリッヒが部屋に訪ねてくるとは言いづらく、曖昧に言葉を濁した。

 

「そうか。あんま飲みすぎんなよ? ってことでこれは俺がもらっとこう」

「あ、それ一番高かったやつ!」

 

 宰相補佐官室の前へとたどり着くとルミオンは袋から一本、ワインを取り出した。背の高いルミオンが頭の上までそれを高く持ち上げたせいで取り返すこともできずに、リシェーラは彼の背中をポカポカと叩く。

 

  「まあまあ、どうせリシェーラだけじゃ飲めないんだからいいじゃないか」

「じゃあせめて他のにしてよ。それ、そんなにアルコール度数高くはないやつだから!」

「これが絶対一番うまい!」

「知ってるわよ! だから返してくれって言ってるんでしょ!」

 背中を殴るだけじゃ効果はないと悟ったリシェーラは彼の腹を思い切り殴った。

 一番美味く、そして値のはる酒を奪い取られた彼女にとってルミオンがこれくらいの打撃を受けるのは当然の報いなのだ。

 とはいえいつも部屋にこもりっきりのリシェーラの力はそう強くはない。だというのにルミオンは大げさなまでに腹を抱えて眉をしかめた。


「リ、リシェーラ……そこはマジで勘弁してくれ。さっき強盗に殴られたばっかだから!」

「え、そうなの?」

「式典ではいろんな人が来るからな。祭りに便乗して強盗とかスリとか多いんだよ」

「それは……こんなとこにいる余裕なんてないじゃない……」

「まぁそうだが、うちの可愛いお嬢ちゃんが大荷物持って歩いてたら助けてやるのがおっさんのサガってもんだ」

「そんなもんですか……。なら、これももっていってください」

 予想以上に忙しい中、わざわざここまで荷物を運んでくれたお礼だとリシェーラは返却された袋から後2本、酒を取り出してルミオンの胸へと突き出した。


「え、いいのかい?」

「さっきの団員さんたちと飲んでください」

「リシェーラ……」

「絶対に一人でなんか飲まないでくださいよ? ルミオンは酒飲むと絡みが面倒くさいんだから」

「それはないぜ、リシェーラ……」

「はいはい、ほら帰った、帰った。団員さんたち待ってますよ」

「ん、まぁそうだな。じゃあ、これはありがたくいただくよ」

 胸に戦利品を抱えながら、片手を軽く振るルミオンに応えて手を振り返す。部屋に入ると窓からは暗闇が差していた。こんなに遅くなったかと感じ、ルミオンに手伝ってもらわなければ帰りがもっと遅くなっていたのかとゾッとした。

 

  買ったものを机に出しておくのもなんだかあからさまな気がして、机にしまい込む。

 いつもは書類でパンパンなのだがさすがに今はスカスカだ。次にまたパンパンになるのは3日後。式典が終わった後のことだ。

 

 

 後は待つだけだと、リシェーラは緊張で凝り固まった手を組んで待った――が中々ディートリッヒはやってこない。

 ドアから顔を覗かせるが見つからない。使用人に見つかり何か用事でも?と聞かれたが適当にごまかした。それからは恥ずかしくなって覗くことすらできない。

 

 はぁとため息をつきながら窓の外を眺めると鍛練場にはまだ明かりがついていた。

 遅くまでご苦労なことだと思うものの、ルミオンたちが酒盛りをしているのでは?との思いも過ぎる。彼らには宿舎があるが、そこよりも断然鍛練場の方が広い。先代の騎士団長なんかは神聖な鍛練場で酒盛りなんて……と眉間にシワを寄せていたものだが彼は気にしない。むしろ打ち解けられるから積極的に酒盛りをすべきだなんかと唱えている。実際にはただ酒盛り好きの連中が揃っているだけなのだが……と呆れる。


 しばらくはその明かりを眺め、結局はお気に入りの懐中時計の長針と短針が12を過ぎてもなお見続けていた。

 約束さえなければいつまで酒盛りをしているのかと、明日の仕事に響くと一喝しにいくのだが……と思いながら眺め続けた。

 鍛練場の明かりはそれからしばらくして消えた。鍛練場に続く道を何者かが歩いているのが見えたから止めに入ったのだろう。

 ついに酒盛りまで終わってしまったというのに待ち人は来ない。

 

 

 あの日と同じだ。

 また約束を守られなかったことに嘲笑う。何を期待していたのかと。諦めたのではなかったのかと。己が馬鹿馬鹿しく思えてならない。

 

 稀代の天才だと褒め称えられても、他の男たちと変わらぬ待遇を手にしてもやはり女なのだと実感せざるを得ない。

 

 待つしかできないのだ。

 ずっと、ずっと。

 

 棚に入れておいた酒を開け、一緒に用意していたグラスを無視して飲み口を口に寄せる。そして顔ごと上を向く。

 ドクドクと止めどなく真っ逆さまに落ちて来る酒。それを拒むことなくひたすら飲み続ける。親戚きっての酒豪であるリシェーラはその場が城の一室であることも忘れてノンストップに飲み続ける。いつもならそんな飲み方はしない。いつ呼ばれてもいいようにしているのだ。

 一緒に飲む相手、特にルミオンが潰れれば連れて帰るのはリシェーラであり、彼女まで酔いを回すわけにはいかないのだ。自然に飲む量はセーブする。

 

 だが今日はそこまで頭は回らない。

 ただ酒に溺れたい。

 嫌なことは忘れたいのだ。

 

 明後日にはルミオンからの紹介で男に会うことになっている。ならば彼のことなど忘れてしまおう。ルミオンの紹介ならばきっと悪い相手ではないだろう。相手が嫌でなければ結婚するのも悪くない。もう次期補佐官にふさわしい若者を文官から何人か目をつけている。

 引き継ぎだけしっかりして後任を任せてしまおうと酒を煽った。

 空になった酒瓶を放り出して、次の瓶へと手を伸ばす。飲み干して、また次へ。そしてそれを何回か繰り返してまた次へいこうとして今までと同じように棚に手を入れたがその手は何も掴まない。6本も買ったはずなのに、もうないのだ。

 

「おっかしいな? って、ルミオンにあげたんだった! あはははは」

 酒に酔ったリシェーラは豪快に笑い声を上げ、勢いよく椅子のクッションへと身体を投げると見事に弾かれて床へと落とされた。

 

「椅子も床も冷たいよぉ~。……でも気持ち、いい」

 床に頬をくっつけたリシェーラはそう呟いて意識を手放した。


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