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3.

 ルミオン曰く、もう何年も前に騎士の職を辞したのだというその相手とは一ヶ月後に顔を合わせることとなった。


 何でよりによって式典のある一ヶ月後に……とすぐさま愚痴をこぼすリシェーラであったが、式典に参加するために王都に来るんだと言われれば納得せざるを得なかった。

 

 このちょうど2日前、一ヶ月後の式典の招待客名簿を覚えておくようにと宰相から渡されたばかりだった。中には先の魔物退治の英雄となった、前騎士団副団長の名前も載っていた。その時には傷口のカサブタが少しずつ剥がれて行くのを感じたがその傷が癒えるのも案外遠くはないのかもしれない。

 

 それからは日々追われるような生活を送った。

 宰相室と宰相補佐官室の間のドアの行き来すら億劫になり、リシェーラは常に綺麗に整えられている宰相室で仕事を開始した。もちろん、初めから綺麗な状態の部屋を汚すようなことはしない。ただ与えられた机に資料の山ができるだけだ。


「リシェーラ、2日前の締め切りだった第3騎士団の配備表がない」

「回収してきます」

「あ、ついでに給仕室で補給する備品の一覧も書いてもらってきて」

「了解です」

 実際にはリシェーラがあらゆる人を追っては必要品の確認をしたり、締め切りが守られていない書類を回収したりしていたのだが、時間に追われていることに変わりはない。

 その様子は一部では『鬼の巡回』と呼ばれていたのだが、もちろん当人は知らない。彼女はただ仕事を全うしていただけなのだから。ちなみにそれを聞いたルミオンは腹を抱えて一通り笑い終えると、リシェーラの仕事が少なくなるようにと騎士団の書類を全てまとめて提出しに行った。


「さっきルミオンがこれ置きにきたよ」

「これ、騎士団の……。今度お礼しなきゃ……」

「酒でいいってさ」

 ルミオンらしいと寝不足で青白くなった顔でまだまだ元気そうにハザールはカラカラと笑う。

 リシェーラもまた、そのセリフはなんともルミオンらしいと呆れて笑いがこぼれた。

 そして頬の緩んだ2人はすぐに手元の書類に目を落とすと表情をなくす。笑いが出るうちはまだ大丈夫だと思いながら。



 式典前日、宰相として式典に参加するハザールを無理矢理ベッドへと突っ込んで睡眠を取らせるとリシェーラは最終確認に走った。

 徹夜なんて何日目か数えてはいないけれど、精神はむしろハイになっており、頭は冴えきっている。だが身体はもう限界だと動くのを躊躇いつつある。

 それでもリシェーラは己の身体にムチを打った。彼女にとって式典が本番なのではない。今日こそが、ハザールを寝かせているこの時間こそが、宰相補佐官として本領を発揮する時なのである。

 リシェーラだけではない。黒子として働く誰もが城を奔走する。この日ばかりは城の至る所から光は漏れる。

 すでに来客は客間に通してあるため、夜中に音を立てることは許されない。

 暗闇の中を行き来する彼らは一様に口を一文字に閉じてはただ与えられた仕事を全うした。



「ハザール、起きてください」

「もう朝、か……」

「服はこちらに、資料は机の上に揃えてあります」

「リシェーラ、ご苦労だったね」

「ありがとう、ございます……」

 夜が明けるとリシェーラの仕事は一時的な休憩が与えられる。

 少なくともそれは数日間の徹夜によってなかったことにされた睡眠を十分にとれるだけはある。

 ハザールに労われ、リシェーラは宰相補佐官室に戻ると座り慣れた椅子に身体を預けて意識を手放した。

 どうせ籠りきりになるのだから宰相補佐官室にもベッドを用意しておけばいいのにとハザールやルミオンは再三リシェーラに提案しているのだが、それを聞き入れられたことはない。ベッドが必要ならば自室に帰ればいいのだと言って聞かないのだ。

 ちなみにそのベッドが使われた回数はリシェーラが宰相補佐官室の床に倒れこんで寝ていた回数よりも少ない。彼女は己の限界を弁えていながらも、それをなんともなしに越してしまうのだ。


 背もたれに上半身の体重を預けるリシェーラは時折コクリコクリと船を漕ぎながら夢の中で、ハザールとルミオン、そしてディートリッヒにベッドで寝るようにと諭されていた。

 ここでまさかディートリッヒが出て来るとはこんなに自分は根に持つタイプだったのかと呆れてしまう。彼は話したいことがあると言っただけ。ただそれだけだった。リシェーラが想像したような内容を話すとは限らないのだ。だから彼が約束を忘れて実家に帰ったとしてもリシェーラに責める権利などあるはずもない。

 残ったのはリシェーラがディートリッヒを想っていたという事実だけ。



「……リシェーラ、リシェーラ」

「何? よく、寝てたんだけど」

 結構深い眠りについていたはずのリシェーラはルミオンに起こされた。それも勢いよく肩を揺さぶられたせいで胃の中の内容物と冴えない頭がよく混ぜられ、気持ちが悪い。


「飯食いに行こうぜ」

「……ルミオン、式典は?」

  「終わった」

「……そう」

 騎士団団長として、ルミオンは式典の初めから最後まで出なければならない。そんなルミオンが宰相補佐官室にいるということはつまりそういうことなのだが、起き抜けのリシェーラの頭は回転が鈍っていた。

 変な姿勢で眠っていたせいで凝ってしまった首を手で支えながらグルリと回すとゴキゴキとお馴染みの音を立てる。

 凝りをほぐしながらリシェーラはご飯を食べに行くならこの格好はどうにかしないとマズイなとボンヤリとこれからの行動を思い浮かべる。

 一応宰相補佐官室には着替えが何着か常備されており、徹夜していたとはいえ合間をみては着替えていた。


「着替えてから行くから先に行って場所取っておいて」

「ん、了解」

 寝癖がひょっこりとついた頭を軽く撫で、そしてルミオンが去ったのを確認した後で鍵とカーテンを閉め、手早く着替える。

 着替えると言ってもリシェーラの服は城内に勤める女中達のように凝った作りではなく、どちらかといえば男性物に近い作りになっているため、頭から被って数箇所ボタンや紐で止めるだけでいい。

 着替えたついでに棚からブラシを取り出して、一本に整えた髪を結わき直すとすぐにルミオンの後を追った。



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