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4 死者の世界との狭間から

 俺の決意を聞くと、黒髪の少年はぎょっとしたようにこちらを見てきた。それに対し、残りの3人は一切の動揺を見せない。きっとこの部屋の中で彼だけが感覚が普通なのかもしれない。こんな願いを聞いて平然としている方がおかしいのだから。そう思い少年を見つめていると、目の前にいる茶髪の男が口を開いた。


「その願いでほんまにええんやな」


 その口調は俺に尋ねる、というより呟きのように小さい。そして言い終えると、俺の返事も待たずに後ろを向いた。その視線を受け、奥にいる黒髪の少女がゆっくりと頷く。そして、今度は少女が狐面の男へと視線を投げかける。視線だけで行われる会話についていけず、ただ視線の動きを追いかける。

 少女の視線を受けた男は本棚から1冊の本を取り出し、こちらに向かって来た。同時に、黒髪の少年も俺の方へと歩いてくる。2人がこちらにくる前に、タキシードの上着とカマーバンドを脱いでおく。そして中に入れていたコインを丁寧に取り出した。

 故郷を離れてからずっと俺の心の拠り所でもあったコイン。今まで俺を支えてくれた感謝を込めて、最後に両手で強く握りしめる。そして俺の横で手を差し出している黒髪の少年の白い手袋をはめた掌の上にゆっくりと乗せた。少年はコインを受け取ると、コインと俺の顔を何か言いたそうに交互に見てくる。しかし、結局最後まで何も言わずに部屋の隅へと去って行った。

 彼が離れると、今度は仮面の男がテーブルに本を置く。心の中で願いを唱えながらこの本を開く。それだけで俺の願いは叶うという。脱いだ洋服をさっさと着直すと、その本に恐る恐る手を伸ばした。


「ちょっと待ってや」


 突然、やつが話しかけてくる。まさかこの期に及んで止めるんじゃないだろうな? 面倒くさそうにそっちを向けば、立ち上がって部屋の奥へと進んでいた。そして、暖炉の前まで来るとピタリと立ち止まる。そのままゆっくりと、暖炉の上の棚に飾られたばかりのオレンジの百合の花の中から、1番小ぶりのものに手を近づけた。するとその花が根元からポトリと掌の中に落ちる。一体何がしたいのか分からずやつの一挙一動を見つめる。


「んー、このままじゃ縁起良うないな」


 縁起? もうこのままあいつ無視して本開いてもいいだろうか? さっさと本を開きたいと視線でアピールし続けているのだが、やつは俺に構うことなく掌の中の花を見つめブツブツ言っている。

 すると、暖炉のすぐ傍でじっとその様子を見つめていた黒髪の少女が近づいてやつと向き合った。そして、やつの手にの上から自分の手を被せるように乗せ百合の花を優しく見つめる。さっきまでのどこか嘘くさい微笑みとは違う。なんとも優しそうなその瞳につられて、俺も百合の花を見つめた。

 視線の先にあるオレンジの百合からゆっくりと色が抜けてゆく。鮮やかなオレンジが薄い黄色へ、最後に純白へと変化していった。真っ白になった百合の花を満足げに見つめると、少女は「あとはスタチスが」と言うと、重ねた掌を外した。


「ありがとさん」


 そう言うと、やつは白百合に小さく息を吹きつける。すると、花がぽうっと輝いた。白百合がぼんやりと輝いている。光る花…… これは…… 俺はこれに似た光景を見たことがある。それは一体いつだったか? 多分、遠い昔…… 今は亡き故郷で、だろうか? 

 思い出せそうで思い出せない記憶がもどかしい。思い出したい気持ちとは裏腹に、視線は前の前の幻想的な光景引き寄せられる。次第に花から光が消えてゆく。全ての光が消えると、やつはその花を大切そうにこちらへ持ってきた。そして、俺の向かい側に再び座り白百合を差し出してきた。


「お守りのコイン貰ってもうたから、良かったら代わりにこれ持っててや」


 差し出されたものを見つめれば、さっきまで生花だったそれは白百合のコサージュになっている。なんのつもりだ? さっきまであんなに挑発的だったくせに? 視線を上げ、やつの顔を正面から見つめる。すると、やつはにかっと笑った。


「演奏がんばってな」


 なんの邪気も無い笑顔でそう言われてしまった。こんなに面と向かって応援されたのは初めてかもしれない。

 その言葉にほだされてしまったのだろうか? 顔を上げる前までは嫌味の1つで言ってやろうと思っていた。けれど、今はそんな気がすっかり消え失せてしまっていた。大人しくスタチスの掌から贈り物を受け取る。生きた百合がそのまま時を止めたような眩しいぐらいに白い百合のコサージュ。早速胸ポケットに付けてみる。その様子を見ていたスタチスが満足そうに笑った。


「さすが俺やな。ぴったりや」

「言ってろ。じゃあな」


 こうやって軽口を言い合えるのも、きっとここにはもう来ることが無いと感じているからだ。あの日から10年間、ずっと気を張って生きてきた。ここでは外の世界と違い、素のまま俺に久しぶりに戻れたような気がする。

 最後に椅子から立ち上がり、部屋にいる全員に向かって観客に向けるように堂々とお辞儀をする。顔を上げ、最後に部屋全体をじっくりと見回す。そして、腰をかがめるとゆっくりと本をめくった。

 その瞬間、本からあふれ出る眩しい光に包まれる。痛いぐらいの眩しさの中顔を上げれば、スタチスがこちらを見て笑っていた。その口元は「がんばってな」と言っているような気がする。どんどん強くなる光に耐えきれずついに瞼を閉じた。


「あなたの行く末が幸多きことを……」


 目を閉じる直前、最後に俺の耳元で囁くような少女の声が聞こえた。


 しばらくすると、光が消えたのを瞼の裏で感じる。もう開けても大丈夫だろう、そう判断し目を開く。すると、そこは俺の楽屋だった。一体どれだけの時間が経ったのか、疑問に思ったので部屋に掛けてある時計を見上げる。そこに表示されている時間は、俺が舞台袖を出た時間から30分ほど経っていた。


 決勝を前に夢を見たのだろうか?


 随分と都合の良い白昼夢だ。俺は自分で思うよりも追い詰められていたのかもしれない、そう思うと自嘲するかのような笑みがこぼれる。

 とりあえず一旦落ち着こう。気おとり直して、化粧台の前の椅子に座った。鏡を見れば疲れた俺の顔がこちらを見つめ返している。

 そして、その胸元には部屋を出る時には付けていなかった白百合のコサージュが咲いていた。

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