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夢見る少女と星喰みの唄  作者: 背奴輪
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第四話 ②禅寺院 伽藍 捜査

警察署に入った善良な納税者である私を、警官達は常連の下着泥棒が来客した様な和やかさで迎え入れてくれた。


遠巻きに眺められる気恥ずかしさで、映画の影響で買ったソフト帽を目深にかぶり直し、市民窓口まで向かった。


「どのようなご用件でしょうか?」


窓口の女性はひきつった笑顔で対応してくれた。私も敵意が無い事を示すため出来るだけ笑顔を作ってみる。


「葛西警部補を呼んでくれ」


「あの……、ご家族の方でしたら……」


「禅寺院が来たと言えばわかる」


眉をひそめる女性に、私は受付机を二度中指で叩き急がせた。別段急用は無いが、以前の甲冑強姦事件の際に私は三日もこんなところに拘留されてたのだ。もう、ここの空気を吸うのは充分だ。


その時だ。

通路の奥から騒がしい足音が響いてきた。どうやら、足音の主は自分の靴を駄目にするのが好きらしい。もしくは、この警察署を自らの足で破壊出来ると信じているかだ。


「渡辺てめぇコラ! くそが、また何かやらかしたのか!?」


「久しぶりだな、葛西。禅寺院だ」


葛西は大股で私に近寄ると、鍛え上げた太い腕で私の胸ぐらを突き飛ばすように掴んだ。一瞬、本当に衝撃で心臓が止まるかと覚悟した。


「お前は、柔道経験者だったはずだがいつの間に富田流に鞍替えしたんだ?」


「何、訳わかんねぇこと言ってやがる。てめぇ、俺らが迎えに行く前に自ら来るとは良い度胸じゃねぇか」


「……茶番は済んだか? こんなところに一秒でも居たくないから手短に話すぞ。依頼を受けて、ある少女を探している。貴様らがスピード違反の取り締まりばかりに精を出している間、疎かにしている市民の安全ってやつを私が代わりにやってやる。せめて協力ぐらいしろ」


「あ? てめぇ、このくそが! ちょっと来い、てめぇ殺してやる!」


私は呆れて肩をすくめると、未だに掴んでいる胸ぐらに更に力を入れ直され、そのまま警察署の裏にある喫煙所へと引きずられて行った。

喫煙所には数人の警官が煙草をキリストに救われた信徒のような面持ちで吸っていた。私は彼らに2゜程頭を下げて苦労を労った。


「なるほど、殺すにはうってつけの場所だな。自殺志願者しかいない」


警察署に来る途中に買ったピールというタバコを葛西に差し出すと、葛西は嫌悪する目付きで睨み自らのホープに火を付けた。


「黙れ変人。なんでお前の顔を見るたびに俺はストレスを溜めなくちゃいけないんだ?」


「ストレス社会だからな。ところでこの少女を知ってるか? 姫城絵理という」


私が掲げて見せた写真に、葛西は一瞥もくれずに鬱陶しそうに顔を歪めた。


「逆に何故てめぇは知らないんだよ。先週駅前で拡声器使って情報求めてただろうが。そいつの家族がてめえのトコに来たのか?」


探偵らしく依頼人の個人情報を守るため、片手を上げて質問を遮った。

「先週は大鹿を探して野山を駆け回っていた。その前は老人が無くした古銭を探していた。私は依頼者からその写真と名前しか聞かされていない。私は出来るだけ早く決着を着けたいんだ、彼女の情報と警察の知り得ている情報を教えてくれ」


「あぁ? 情報一つねぇのかよこの無能探偵。それに警察の情報をてめぇみてぇなヤクザモドキにおしえなきゃならねぇんだ、クソ」


「教えてやりゃあいいじゃねぇか」


「あ?」


葛西と共に声のした方を振り向くと歴戦の老兵のような警察官が、煙草の火種を潰しながら立ち上がっていた。その警官の名前は知っていた。この街で育ったものなら一度はコウさんと呼ばれるこの警察官に頼ったとも言われるベテラン警官だった。


「そいつは俺らが捜査を諦めたガキを探しているんだろう? いいじゃねえか、情報くらい教えてやっても誰も不都合じゃねぇんだ」


コウさんの発言に葛西は、ばつが悪そうに舌打ちをした。流石、市民から最も頼られるベテラン警官。市民の信頼を得てきた理由が良く分かる。出世出来ない理由も。


「……聞いたらさっさと帰れよ、質問も無しだ。俺は担当じゃないから詳しい事は知らん。」


葛西は三本目の煙草に火を付け、最大限に不機嫌を主張しながら話を進めた。


「姫城絵理、東嶺第一高校二年生。部活はバレーボール、男は知らん。親は、化粧品会社の重役と英語教師。一週間前の二月七日水曜日、未明行方を絶った。最後に目撃されたのは十九時ごろ第一高校の校門で、部活動終了後いつもなら部員と共に帰る所を約束があると言って彼女だけその場で別れたのが最後だ。」


葛西は四本目を取り出す。私が毎日彼の元に通い続けたら、何日で葛西は肺がやられるのだろうか。


「夜二十二時頃、流石に帰りの遅い娘に業を煮やした父親が連絡したが一切返答が無い。両親が知る限りの彼女の友人宅と学校に連絡したが情報無し。それで、深夜十二時、警察に連絡を入れた。次の日から警察はそれなりの人員での捜査も虚しく、遺留品一つ見つけられ無かった。」


情報は全て出し尽くしたつもりなのか、空になったホープの箱を握り潰すと襟元を整え始めた。


「彼女の周りの人間関係はどうだったんだ?」


「あ? 知らねぇよ、女子高生の人間関係なんて。てめぇの方が詳しいだろ」


「その日周辺に怪しい人物は……」


「質問は無しって言葉の意味知らねぇのか、このクソ! 言ってねぇってことは、無かったんだろ」


そうか、と一言葛西に礼を告げると私は帽子をかぶり直し、彼に背を向けた。煙草の火から遠ざかると、今日の異常なまでの寒さが身に染みた。野宿のプロであるホームレスも今年に入り何人も凍死しているのだ、素人の女子高生には到底無理だろう。


「おい、渡辺!」


葛西が思い出した様に、背中に声を投げつけた。

私は聞いている事を示すため、右手を軽く上げた。


「安藤がてめぇだけ、連絡とれねぇって嘆いてたぞ。少しは社会と関わったらどうだ」


「忠告感謝する。……鈴には正月には帰ると言っておいてくれ」


「何度目だその約束?」


私は葛西の声を無視して再び歩き始めた。


空は夕暮れと呼ぶにはもう遅すぎた。この約束をしたのは、今年の正月以来だった。




「うげぇ、旦那ァ何しに来たんだよ」

神本は奥の部屋から顔を除かせるなり、露骨に顔を歪ませた。受付のボーイは神本と本当に顔見知りだと分かったのか恐縮するように下を向いている。

しかし今日は、探偵という職業が全人類に嫌われているという事を再確認させてくれる日らしい。私が石を投げつけられていても神の子ですら、見て見ぬ振りをするであろう。


「少女を探している。質問に答えてくれたら早めに立ち去ってやる」


「賞金のかかったクイズ以上に答えてやりたい事なんて生まれて初めてだ。ここじゃなんだ、事務所の中に入ってくれ」


神本に促されるままに、くそったれの風俗店の事務所に足を踏み入れた。

この『キティ』とか言う戦前のようなハイカラセンスの風俗店はこう見えてもこの街だと一番影響があり、たいていの身を落とした女の情報は神本の耳に入るはずだった。


事務所は意外に広く事務机を向かい合わせて乱立させてる様は、まるで小さな職員室のようだった。保健実技特化の教職員達はチラリと私を見ては、先程の神本と同じ様な不快に浸った顔をする。


ヤニの臭いで充満する事務室の中を突っ切ると、奥には応接間のつもりなのか向かい合ったソファーとテーブルがあった。

神本はテーブルの上で寝ている一回り大きな赤いジャージを着た若者を蹴り落とすと、私に座れと顎で促した。

以前ここに座った時の、大本木というヤクザにナイフで促されたのに比べれば接客態度はかなり改善されたのだろう。


「ところで旦那ァ、以前俺らにあんだけの事しておいて、よく顔を出せたもんだァ」

神本はソファーに深々と座ると上目遣いで私を睨んできた。もしくは、禿げかかった頭部を自慢してきたか。


私は彼の頭部に写真をつきだした。

「この少女を探してる。名前は姫城絵理、高校二年」


神本は不満げに写真を受けとると、直ぐにクズ特有の笑みを浮かべた。


「あァ、この娘最近行方不明になった子だろ! 駅前でポスター見たぜ、特上品だ。旦那に以来するたァ、依頼人もヤキが回ってんだな」


「今日会う奴の殆どが、そう言ってたよ。で、見覚えは?」


私はテーブルに置いてあったこの店の宣伝マッチを手に取ると、嫌にでも慣れてしまった手つきで火をつけた。


「ないね」


嫌煙家の神本はグラビア女優がプリントされたクリアファイルで煙を扇ぎながら笑って言った。


「別に強引に連れ戻すつもりは無い。ただ、聞き及んでいたりはしないのか?」


「ないねェ。もしこんな特上品が入ったならライバル店でも俺に抱かれてるはずだからなァ。あ、ここ笑うとこな。そういえば、その嬢ちゃんは俺より詳しい奴がいるぜ」


楠木ィ、と神本は大声で叫ぶとパンチパーマをした巨漢のデブがのそりとクズ共の中から立ち上がった。

楠木と呼ばれたデブは、待ってましたと言わんばかりの顔で近づいてくると、中指と薬指で器用に姫城絵理の写真を受け取った。


「旦那、エリちゃん探してるんですって? おらぁ、いろいろ写真探したがぁ、こいつは初めてだ。もらっていいかい?」


デブはなめ回す様に写真を見て言った。彼の鼻息が当たって、写真も可愛そうだ。


「本人と交換だったらな。お前か拉致監禁しているんだろう」


「ちげえよ! 俺はな駅前でエリちゃんのお母さんが必死になって、エリちゃんを探してるのを見て一目惚れしちまったんだ」


「……どっちにだ」


「親の方に決まってんだろ! 女子高生に欲情する奴は変態だ!」


「……」


「それで、調べたら親はお堅くて触れる事すら出来ねぇから、行方不明かも知れねぇエリちゃんならやれるんじゃないかって、身を落としたんならどっかにいるはずだっつって全国の店に電話したんだよ! だけど何処にもいやしねぇ!」


「つまり、お前は変態なのか……」


私は触れるのも嫌だったがデブの腹を殴って写真を奪い取ると、メモ帳の中に納めた。


「嫉妬しなくても、別におらぁ旦那でもイケますぜ」

デブは殴られた腹をニヤニヤしながら擦っている。


「この世で最も怖いのはイカれた変態だな。つまり、お前の店にも全国の風俗産業にも姫城絵理は入りこんでいないんだな?」


「あァ、どっかにいるんなら俺が知りたいくらいだぜ」神本は大袈裟な手振りをして言った。「ちなみにこれから大本木さんのとこ行くなら無駄だぜ、あの人今死にかけてるからな」


「当然の報いだな。それじゃあ、今薬を統括しているのは誰なんだ」


「知るかよ、もうウチは小売店辞めたんだ。これでクリーンな風俗店さァ! それに薬でイカれて誰かに飼われてンだったらもう死んだと一緒だね、諦めた方が依頼人の為だと思うね」


私は適当に頷くと、煙草の火種を潰し席を立った。もう、これ以上彼らに利用価値があるとは思えなかった。


「なァ、旦那ァ一つ俺からも質問していいかい?」


「どうかしたのか」


「前来たとき、俺ら旦那のこと嫌いだから二度と来ないでくれって言ったのは覚えているかい?」


「あぁ、覚えている」


「そうか、つまらねぇ事聞いたな。二度と来ないでくれ」


私は適当に手をあげると、『キティ』を後にした。



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