第三話 ②リーン・ウィンタース 毒の魔女
「おい、リーン、リーン! ほら、あそこの茂みにいる奴が見えるよね!?」
隻眼の魔女は虫取網をブンブンと振り回しながら、俺の服を引っ張った。魔女がはしゃぐ度に、彼女の無造作に伸びた深紫色の髪が、パタパタと揺れている。
「いや、見えないっすけど……」
「いや、審眼持ちなら見えろよ」
魔女が虫取網の底でわき腹をつついてくるため、仕方なく審眼を発動すると確かに奥の茂みに生物がいることが分かった。
ヌカグモ
全長 32cm
重さ 2.5kg
「うわ、きっしょ。なんすかあの無駄にでかい蜘蛛」
「ふっふっふっ、あれはヌカグモって言ってね、毒の代わりに微量の放射能を武器に闘う珍しい蜘蛛なんだよ! いやぁ、こんな近くに普通いないんたけど得したなぁ! どっかから逃げてきたのかな?」
彼女は自分の眼帯の上から左目をポリポリと掻きながら、ことも無げに言った。なるほど、次のあんたの言うこと何となく分かったぞ。
「俺、捕まえにいかないっすよ」
「は? 何の為にお前を雇ったとと思ってるんだよ!」
「ボディーガードだし、蜘蛛捕まえる金のも、あんたが勝手に誘き寄せた魔獣と闘うのも料金に入ってねぇよ!」
「使えない警護人だな……。まぁ、捕らえておく容器もないしヌカグモは諦めるか、ん? あれは!」
何かを見つけた魔女はバタバタと、森の奥へと駆けて行った。自分も一応審眼で辺りを警戒しながら後を追う。
マリー・ブランヴェリエ
体力 45/60
筋力 29
俊敏 40
知力 145
異能 食虫毒
魔女が何も無い所でつまずいて、尻餅ついてるのを目で追ってしまった為に、彼女のステータスを垣間見てしまった。
毒の魔女、マリー・ブランヴェリエ。
魔術学会にも全国魔女協会にも、籍をおいていない異例の天才魔女。ただしこれは、彼女自身が流布してる自己紹介みたいなもんだ。
魔術学会に入れないのは出自が不明瞭で入会出来ないだけだし、全国魔女協会に所属出来ないのは改宗し魔神との契約を彼女がやりたがらない為である。常日頃から、権威に属していない事を美徳のように言ってるが、蓋を開ければこんな単純な理由なのだ。
ただ、自ら天才と言っちゃっても、ずば抜けた知力の数値と彼女オリジナルの異能の前では納得してしまうのが少し悔しい。
そう、知力145という傑出した数値。並の人間が努力した程度では到達しない、いわば限界点。それじゃあ、あの日の出来事はいったい……。
「おい、リーン」
ブランヴェリエは、手に持っていた何かをいきなり投げつけてきた。右に大きく逸れた暴投を、体を捻って左手で捕ってみると、それはイボの生えたキノコだった。
「毒があるけど美味いんだよ、それ。さっき渡した薬飲んだのなら死にはしないし食ってみなよ」
ブランヴェリエは既に火炎魔術で焼いたのか、既に毒キノコを食べていた。彼女の異能の特性で、彼女には毒が効かないといっても俺は違う。誰が食うか。
「捨てなくてもいいじゃん、勿体無いなぁ」
「致死性のある毒キノコなんて対抗あっても食べるかよ。それより、ブランさんの目当ての物は手に入ったんですか」
「ん? だいたい、八割くらいかな。ほんとはヤマタムカデとアオマフキが欲しかったんだけど、どっちも土の中に住んでるしね」
お腹いっぱいとでも言いたげに、ブランヴェリエは肩にかけた木箱を叩く。彼女の虫取に付き合わされるのはこれで五度目だが、彼女は体力が尽きて帰れなくなるか、木箱に拉致された毒虫達が自ら殺し合いを始めるまで虫取を続けるため、俺がきりの良い所で止め時を作らなければならないってことはもう学んでいる。
「それじゃあ、今日はこれくらいでいいっすね。俺、今日の夕刻までに王宮官街いかなきゃならないんすよ」
「自首でもするのか?」
「……降下門の修理の為に条件不問で人員募集してあったんで、一応申し込んでおこうかと」
「ふーん、皇国亡命者は大変だなぁ。傭兵業務は儲からないのね」
「右腕自由効かないって注意付で登録書に書いてあるんで、なかなか募集来ないんですよ」
そっかぁー、とブランヴェリエは気の抜けた返事をすると虫取網を杖代わりに帰路につきはじめた。
彼女が言うことを聞いてくれることなんて珍しいくらいで、俺は密かに胸を撫で下ろす。
このままだと、作業員募集の締切に間に合わないという理由もあるがここで帰りたかった理由はそれだけじゃない。
この黒森を抜けた先は、ローガノ林道へと出る。そこは、五年前、俺が仲間を見捨てて逃げ出したあの場所だから。




