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夢見る少女と星喰みの唄  作者: 背奴輪
2/5

第一話  ①リーン・ウィンタース 過ち

 生きている、まだ俺は生きている。


 ずきずきと痛む全身が、四肢は無事だと伝えてくれる。まだ動けるぞと教えてくれる。


 あれ程の魔法光と大規模な爆発だったのだ、敵はかなり高位な魔術師と見て良いだろう。護衛隊の中腹の俺たちが迫撃を受けたという事は、相手は確実に王女様を狙っている。いや、正確には元王女だが。

 

 俺は自らの異能である審眼を起動し、身体を立て直す準備を始める。

 二発目がここへ打ち込まれる前に、ここから移動しなければならない。一発目をくらわないで済んだのは、ひとえにグルグさんが真っ先に魔術を察知し、俺の身体を押しのいてくれたからだ。駆け出しの時から何度もこうして、グルグさんに助けられた。本当に感謝してもしきれない。


「グルグさん、ありがとうございます。敵は……」


 俺に覆いかぶさったグルグさんの身体がやけに軽く、いつもみたいに庇ってくれたというよりは、だらりと俺にもたれ掛かっている。

 顔の前にあるグルグさんの胸部を見ても審眼に反応が無い。

 審眼という異能は見た相手の数値化された情報を瞬時に把握できるというものだが、それは俺の場合生きているものに限られている。

……つまりそういう事だ。


 その時、微かな足音がこちらに向かってきている事に気がついた。

 それは辺りを警戒するように、慎重に足を運んできている。


 敵だ。

 まず、味方であれば俺と同じ皇国騎士団の団員であり、騎士団支給のブーツを履いているはずだ。ブーツの底は堅く、少しだけ地面に対して力を込めやすくなっている。この、音は少しだけ軽い。何万回とガキの頃から騎士団の軍靴の音を聞いたんだ。間違えるはずがない。

 それに、騎士団ならカチャカチャっとプレートがベルトに擦れる音が歩くたびにするため、もはや騎士団の人間ではないことは明確だった。


 足音が近づいてくる。もう目を開けば顔を拝める距離だ。

 

 カサッという足音が俺の足元で響いた。

 俺はすかさずその音の方へ、グレグさんの遺体を思いっきり押しのけた。遺体は想像以上に軽く、ゆっくりとした軌跡を描いて足音の主に向かって飛んでいく。

 体勢を立て直すと俺は直ぐ様剣の柄を掴んで、グレグさんの遺体を追うように駆け出した。できれば遺体を見たくは無かった。引きちぎれた上半身も、生々しい傷跡も。審眼で表示されなくなったステータスも。それでも、今は悔やんでいる暇なんてなく、こいつを斬り伏せる事こそが、グレグさんへの恩返しなのだと信じるしかなかった。

 

 足音の主は、飛んできた遺体に一瞬驚いたようだが冷静に腰につけた剣に手を伸ばし、遺体とその奥から駆けてきた俺に対し睨んでいる。よく、訓練されてるようだ。


 アイザク・イーガン

 体力 140/150

筋力 82

 俊敏 59

 知力 39

 異能 調息


 詳しい情報を見ている暇なんて無いが、審眼で得た情報はこんなもんだ。


体力切れが一切無くなる異能、調息。筋肉がぶっ壊れるまで、攻撃を続けられるのは脅威だか、この状況ではそう焦る程ではない。


 問題はこいつが魔術師じゃないってことだ。分かってはいたが他に敵は数人いるみたいだ。

 男の服装を見るに、正規軍のような規格化された装備ではないが、盗賊のようにみすぼらしくもない。だとしたら、こいつらは?

 頭をふって思考を切り替える。今はどうだっていい。今対処すべきは目の前のこいつだ。

 

 男は剣を抜きグレグさんの遺体を払いのけると、俺を目掛けて構え直おそうとしている。俺に対しまっすぐ見据えている事から、近くに仲間がいないことが分かる。俺もお前も。

 

 俺は鞘から剣を抜くと男が完璧に剣を構え直前、その剣刃の中腹目掛けて叩きつけた。筋力は同程度で、俊敏は俺の方が上なのだ。ここは思い切っていいだろう。

 男の身体の前から剣が弾かれたのを確認する前に、俺は駆け出したスピードをそのままに肩から身体をぶち当て、男の体勢を崩す。ここまでは予定どうりだ。

 

 幸いにも、男は崩れるように後ろに倒れたため、俺は無理に上半身をねじり、迎える様に掲げようとした男の剣を持つ腕を切り落とした。


「ぐっうッ」


 声を漏らし、蒼白の顔で俺を睨み返す。その目は怒りで燃えているようでも、全てを悟り受け入れてるようでもあった。

 俺にはよくわからないし、こういう時に投げかける言葉も知らない。


 立ち上がろうとする男の首元に剣刃を振り下ろすと、不快な感触と共に、脳内にちらつく審眼による男の情報が消え失せた。


 しかし、他の騎士団員は何をしているのだろう。

 これだけ、大規模な魔法が撃たれたのだ。確実に気が付くはずで、もうすぐ助けにくるか、各所で応戦が始まる頃じゃないのだろうか。


 答えを求め男の死体から視線を外すと、答えは直ぐに分かった。


 辺り一面が焼け野原なのだ。

 元王女の護衛隊として騎士団が広がっているであろう場所の全域が。


 ちょっとまて、魔法は一発しか撃たれていないはずだし、俺は気を失ってなどいなかったはずだ! ここまで広域に展開する破壊魔法なんて、聞いたことが無い!


 ゾクリとした感覚が背筋を伝う。足元を支えていた何かが崩れかける。


 確実にグレグさんの異能が硬皮でなければ、俺も死んでいた。では、皆は?


 振り返ると王女護送用の馬車は、ごうごうと火柱を立てて燃えていた。

 いや、大丈夫。中にいる侍女には申し訳ないが、これはダミーなのだ。本物の王女は後列の……。


 俺は衝撃に駆られたかのように駆け出した。


 まずい、敵の真意が分からないが騎士団は全滅している可能性が高い。

 そして、俺がいた中部に敵兵が集まらないということは、ダミーはバレているのだ。非常にまずい状況だ。


 焦りで足がもつれかかる。気持ちばかりが先に先にと急ごうとする。


 焼けた野原を急ぎ、後列にたどり着くと仲間の死体と共に数人の男が立っているのが見えた。真ん中のローブを着た長身の男が肩に人を担いでいる。あれがきっと王女様なんだろう。生きているかはここからじゃ分からない。

 

 集団のもとまで駆けつけると焦りをそのままに、一番手前の背を向けている男の首に剣刃を叩きつけた。今は一人ひとりに相手をしている暇はない。勢いのまま審眼の情報が消えたかどうかも確認せず振り抜き、奥の奴らに対峙した。


 完全に相手は気がつき俺を見ている。

 敵は四人。たぶん、相当きついが問題は無い。懸念は常軌を逸した魔術使いだけだ。

 勝つためにはスピードが問題だ。相手が呆気にとられているうちに王女様を取り返す。

 俺は審眼を凝らし、剣を腰の位置に構え直し真ん中のローブの男に駆け出す。


 その時だ。

 審眼の情報で、誰が魔術使いか分かってしまったのだ。

 分かったのがそれだけなら、どんなによかった事か。


 □□□ □□□□

 体力 1978/1980

 筋力 470

 俊敏 580

 知力 600

 異能 ???

    ???

    補給


「ッ――!」


 なんなんだ、こいつは!

 ありえない。我々人間種のみならず他のどんな種族、そう例えば竜族だってこんな数値にはいかない。こいつは、一体……!

 

 審眼の情報を確認し終えた瞬間、強烈な痛みを右肩に感じた。

 俺は倒れないように大地を踏みしめようとした。が、出来なかった。自分は空中を飛んでいた。いや、正しくは吹き飛ばされているのだ。強烈な力によって。

 

 俺は半回転して焼け焦げた匂いのする雑木林に左脇から突っ込んだ。受身をとる余裕すらなかった。


「あっ……ガッ、げほ」

 

 意識が飛びそうな痛みの中、右腕の有無を確認する。どうやら感覚は一切ないが、ついてはいるようだ。

 ローブを着た男は振り上げた足を下ろすと、俺に向かって手をかざした。魔眼を持っていなくても、次の瞬間何が起こるか分かる。それが起きる時に、俺は死んでいるってことも。

 

 魔術の発動まで五秒ある。問題は、俺はもう剣を握るだけの力が無いということだ。


 さて、その五秒で俺は何をすべきなのだろうか?



 

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